おみやげ

朝起きて窓の外を見ると銀世界。

―――なんて光景は、ここ箱館に来てからはすっかりお馴染みになってしまった。

それでも辺り一面を覆った雪に朝日がキラキラと反射する様などは、それを目にする度に歳三の俳諧人としても心を擽った。

そんな感じに窓から見える景色は綺麗だったが、寒い。

ここ最近は流石蝦夷地、と思わせるだけの寒さがずっと続いていた。

この日は比較的暖かい日だとは言えたけれど、寒い事に変わりは無い。

うっかりするとまたベッドの中に潜り込んでしまいたくなる。

しかしそうも言ってはいられない。

朝食の時は一応皆揃う事になっているのだ。

ぶるっと震えながらも、急いで着替え、ぐしゃぐしゃに乱れた髪を整える。

「出ようかな・・・」

さァ朝食のために部屋を出よう、という時に歳三はまた窓の外へと目をやった。

なんだか今日は良い天気だ。青々とした、広い空。

ここまで寒くは無いし、雪もこんなに降らなかったけれど、ふいに故郷を思い出してしまう。

元々室内でじっとおさまっていられるようなタチではない歳三は、決めた。

「出よう」

市街に、である。

そうと決めたら、朝食の間もなんとなくワクワク気分だ。

別に市街に出るのは初めてと言うワケではない。

行くあてはなかったけれど、外へ出る、という事が重要なのだ。

―――何処へ行こう。

そんな事を朝食をとりながら考えていたら。

「何かこの後あるのですか」

「え?」

顔をあげると不審そうに自分を見ている島田の顔に出会った。

どうやら知らないうちに表情に出てしまったいたらしい。

「な・・・何でもないサ」

「・・・それなら良いですが」

島田はそう言ったきり、深くは訊ねてこなかったけれど、今の答えで納得した様子はない。

心の何処かで、何か仕出かすのでは、と思われていそうだ。

悪い事をしようというつもりは無いが、そういう感じを漂わせられると彼の目を掻い潜って城を抜け出したくなる。

そういうワケで、朝食を終えた歳三は早速逃亡―――――もとい、外出の支度を始めた。

外套や襟巻きを出し、防寒対策も万全だ。

そして、いざ、と元気良くドアを開ける。

「何処に行かれるおつもりですか」

「――――――ッッ!!??」

開けたドアの向こうに立っていたのは島田だった。

歳三にしてみれば予想だにしない事態であったが、島田にとっては予想の範疇でしかなかったらしい。

「ちょっと市街に出るだけだ」

悪い事をするのではない、と思い出した歳三は胸を張って堂々と答える。

それでも新選組随一の巨体を誇る島田の前では弱々しい事限り無い。

「本当に『ちょっと』でしょうね?」

「ああ。勿論だ」

「この間も『ちょっと外出』と言いながら、結局、湯の川でごゆっくり一泊されたそうで」

「・・・榎本さんだって、一緒だったのに・・・。でも今日は本当に『ちょっと』だ!」

もし話している相手が細くて小さかったら、横をするりと抜けて通る事も可能だっただろうが、島田が相手ではそうもいかない。

上手い事丸め込むなり何なりしないと外出許可は下りなさそうだ。

「・・・ちょっと待て。榎本さんなら分かるが、何で俺が一々お前の許可を得ないといけないんだ!?」

ここで歳三は原点に振りかえった。

確かに島田は年上ではあるけれど、歳三の行動を抑える権限は無いはずだ。

「・・・沖田さんや斎藤さん達から『土方さんを頼む』と言われておりますので」

それがどうやら理由らしい。

懐かしい名前ではあるが、外へ出たいという衝動を抑えるには少し力不足な理由だ。

「俺は総司の分も人生を楽しむ義務がある!」

そう言って島田を押しのけ歳三は外へ出る―――予定だったが上手くはいかなかった。

「大体、幹部のあなたがホイホイ遊びに出掛けられては困ります!」

「はぁ!?俺はいつも大体城に居るぞ!それに今日は本当にすぐ帰ってくるから出してくれ!」

「本当にすぐ帰ってきますか」

「おう!一刻の半分で戻って来てやらぁ」

「・・・まぁ半刻くらいなら・・・本当にちゃんと戻って来てくださいねっ」

こうして自らが設定してしまった門限のもと、歳三の外出は許される事になった。

しかし、半刻、という時間制限があっては何も出来やしなかった。

元々具体的な予定があったわけではなく、ただ市街に出てみたかっただけから良いけれど。

市街へ出ると、さすがに貿易で栄えていると言っても良いだけの事はあって、異国風の建物は並んでいるし、店にも物珍しい商品が並んでいた。

何に使うのだかちょっと見るだけでは分からないモノから、コレはああいうものだなとすぐに見当のつくようなものまで。

しかし、そういうモノに今は惹かれなかった。

――――折角だから、アレを・・・

と、今買おうと決めたものはそういう日常で使うような道具ではない。

目当てのものが売っているだろうと思われる店を見付け、中へ入る。

商人らしい愛想の言い声を聞きながら、店の棚へと目をやると、予想通りそれはあった。

昔からよく目にしていたものから、最近異国から入って来たらしいものまで。

その中から適当に何種か選び、購入する。

「俺ってやさし―――・・・・・」

たった今買ったモノを軽く振りつつ、そんな事を呟いた。

まだ時間に余裕はあったけれど、早々に戻る事を決める。

きっと、島田が待っているに違いないから。

 

歳三が五稜郭へ戻ると、島田がすぐ部屋に訪れてきた。

きっと門番に歳三が戻ったら教えるよう頼んでいたのだろう。

「やっと戻ってきましたね」

「やっとってな・・・」

懐中時計を見ても、まだ相当時間に余裕がある。

島田の心配性に少し呆れつつ、歳三は市街で仕入れたモノを差し出した。

「?何ですか、コレは・・・」

「良いから開けてみな」

不審そうに島田がゴソゴソと袋を開けると、そこから出てきたものは。

「菓子―――、ですか」

「甘味は好きだろ?一緒に食おうと思ってナ。俺の奢りだ」

「ええ・・・」

きっと妙なモノでも買ってきたと思っていたのだろう。

拍子抜けしたような顔で島田は頷いた。

早速茶を淹れさせ、二人で菓子を食す事にする。

「まさか土方さんがこんなモノを買って来てくださるとは・・・ッ」

これはさすがに予想外だったらしく、島田はその言葉を何度も言った。

「いつも心配かけてるみたいだからな。・・・それにしても、そこそこ長い付き合いにはなるが、こんな風に二人で何か食べるというのは初めてだな」

「そうですな・・・他に誰か呼びましょうか?」

島田はそう提案したけれど、歳三は首を横に振った。

そして彼にしては行儀悪く、饅頭を一口頬張りながら言う。

「他の奴らなんか呼んだら、すぐに無くなっちまう」

皆食の事ともなれば遠慮は無い。

「それもそうですね」

島田も菓子を頬張りながら、笑う。

彼はガタイも良いし、ちょっと厳ついけれど、笑うと意外に愛嬌があった。

年下だけど上司である歳三と二人きりという状況で、彼がどう感じているのかは知らないが、歳三の方は結構嬉しいのだ。

戦死者や脱走者が相次ぐ中、唯一新選組初期から共に居る。

よくもまぁここまで付いて来たものだ、と歳三ですら思ってしまう。

それだけに、他の隊士には感じないものがあった。

「金平糖もあるのですね」

「ん、ああ?」

見れば、島田の太い指に金平糖が一つまみ。

目にする度に金平糖は小さい小さいと思っていたが、こうして島田に摘まれているのを見ると、ますます小さく見えた。

しかもそんな小さなモノを厳つい島田がいかにも美味そうに食べる姿を見ていると、思わず噴き出してしまいそうになる。

――――駄目だ・・・・・・ッ

彼を視界に入れると笑いそうになってしまうので、わざと視線をずらす。

そして、そのずらした歳三の目にふと止まったものがあった。

「――――――――何だ、コレは?」

きつね色で平たくて丸い。

「ああ、それは“びすけっと”ですな」

「?美味いのか?」

「ええ。結構美味しいですよ」

島田はどうやら既に何処かで食べた事があるらしい。

「私に訊くより、食べてみたらどうですか」

それはもっともな事なので、歳三も“びすけっと”を一枚摘んで、端の方だけちょっと齧ってみる。

「そんなちょっとじゃ、味なんて分からないでしょう?」

歳三の齧る様子を見て島田が言った。

確かに今歳三が齧った分だけで味を判断しろと言うのは難しい。

そこで今度は思いきって一口でいく。

“びすけっと”はサクサクとして確かに美味かった。最初は塩っぽい味かと思ったが、甘い。

「・・・美味いもんだな」

「でしょう!?」

島田は島田で、まるで自分が褒められたかのように御機嫌だ。

「にしても、お前一体何処でこれを食べた?」

それを問うと、島田はニコニコと笑いながら言う。

「ここに入って、榎本さんに頂いたのですよ。あの時確か土方さんにも声を掛けましたけど・・・『そんなモンいらねぇ』と仰ってましたっけ」

「そうだったか・・・」

言われてみればそんな事があったかもしれない。

多分その時は西洋の菓子以上に頭を占めるものがあったのだろう。

そうでなければ珍しがりの新しいもの好きが断わるワケが無かった。

「こんな美味いものならあの時食っておけば良かった―――でもコレ、後に味がひくなぁ」

歳三がそう言いながら茶を飲んでいる間にも、順調に菓子の数は減って行く。

金平糖もいつの間にか、ぐんと数が減っていた。

このままでは自分の食べる分が、と危うんだ歳三も手を伸ばす。

人生でこんなに甘味を食べたのはコレが初めてかもしれない。

「あ、なァ。コレは何?」

“びすけっと”を食べながら、今度は別のものについて、また島田に訊いてみた。

歳三が不思議そうに摘み上げたのは、紙に包まれた小さな球体。

その紙の中には赤透明の丸いものがあった。

「“きゃんでぃ”ですよ」

「“きゃんでぇ”?」

「飴玉ですよ。それとあと、こっちのがですね――――」

と、歳三が訊きもしないうちに、他の菓子の説明まで丁寧に始めてくれた。

やはり、詳しい。

しかも目を輝かせて説明してくれるものだから、容赦無く歳三の笑いのツボを突いてくる。

「ふ、ふ・・・・・・ッ」

堪えろと言われても無理な話だ。

危うく食べていたものが変なところに入りそうになり、歳三はお茶をがぶ飲み。

「なんですか突然」

島田にしてみれば、ただ普通にしていただけである。

だから歳三が噴き出した理由など知る由も無い。

「いや、別に・・・」

本当の事を言って良いモノかどうか、迷う。

外見と「菓子好き」という中身が一致しない、なんて。

「お前があんまり楽しそうに菓子を語るモンだからよ・・・ッ」

軽く咳払いをしてからそう言ってはみるものの、気を抜いたらまた噴き出してしまいそうだ。

「いいじゃないですか」

「悪いとは言ってねぇよ。ただ似合わねぇなぁって・・・」

結局さらりとヒドイ事を言ってしまった気がしなくも無いが、島田は気にしない。

もしかしたら、もう前にも誰かに言われたのかもしれなかった。

「もう、いくらでも面白がってください。私は好きなんですから・・・何と言われようと頂きます」

そう言うと、また菓子に手を伸ばした。

「ああッ、俺のびすけ・・・」

「早いもの勝ちでしょう」

既に上下関係なんてモノは無い。

遠慮無く次々と島田の口の中へと消える菓子達を見て、歳三も危機感故に慌てて頬張る。

そんなワケで、すぐに菓子はなくなってしまったのだが。

「胸が〜〜〜・・・気持ち悪ぃ・・・」

「妙な対抗心燃やすからですよ」

菓子の食べ過ぎで気持ち悪くなっている歳三に対し、歳三よりも明らかに沢山食べたであろう島田はけろりとしていた。

その島田が、目の前でへばっている歳三に、爽やか過ぎるくらいニッコリ笑いながら言う。

「今度は私が奢りましょうか、菓子」

「もう当分いらねぇ・・・ッ」

げんなりとした声で歳三がそう返すのを聞いて、島田が肩を揺すって笑った。

でも今の歳三につられて笑うほどの余裕など無かったのは言うまでも無い。

そんな昼の光が差し込む部屋の中の事。

笑い声が響く辺り、当分は平和な日々が続きそうだ。