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a b c d 沼レ コード 2005ぉぉぉぉぉおおおお |
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(1)残された者達 世界が新世界へと移行して行くのと同時に、路頭に迷うことを余儀なくされた者達がいた。彼らは、世界にまだ夢という者が存在していた頃、夢を持つ多くの人間のため、その夢を仮想現実として 実現させることを生業としていた。 俗に「夢想代理人」と呼ばれる者達である。 彼らのすべき事はただ一つ。夢を実現させることである。 では、なぜ彼らが誕生していったのか。その経緯について少しふれることにしよう。 本来夢とは、本人における欲と同意語の場合がことさら多い。また同時に、叶わぬ事である場合も多い。なぜなら、簡単に叶ってしまうレベルの欲は、夢と呼ぶに値しないからである。 ひとつ例を挙げるとするのなら、限界まで食事をしたいと言う欲を持つものがいたとする。その人物 が、飽食の日本にいる場合これは、ただの欲として片づけられてしまうが、極貧の発展途上国においては「夢」として扱われる。夢とは、そう言うものである。本来、手が届くはずのないものなのだ。 しかし、かつて、多くの人間が夢を持つことができていた。それはひとえに彼ら、「夢想代理人」の功績だった。叶わぬはずの夢を失う事への恐怖感が人一倍強かった男が、最も最初の「夢想代理人」 だと言われている。彼は、その人間の持つ夢を先に叶えた人物として、その人間の前に立つことで 夢は叶うという「夢」を見せることに成功していた。 その後、爆発的に増加していった「夢想代理人」は、テレビという媒体を利用することを覚え、 さらに「夢」をばらまいていった。 ある少年が言う。「いつか僕も、キングクリムゾンのようなバンドを作りたい」と。数日後には、 数名の「夢想代理人」達が筋肉少女帯と言うバンドを結成した。 ある少女が言う。「いつかあたしも、ヘップバーン見たいな女優になりたいわ」と。数日後には、 一人の「夢想代理人」が夏目雅子という名で銀幕デビューを果たした。 一事が万事先駆者が現れた。多くの人間がそのサクセスストーリーを見ては、心を躍らせ、夢を持つことを忘れなかった。 それが、「夢想代理人」達による偽りのシナリオだとしてもだ。 そうやって、名も知られぬまま社会にとけ込んでいった彼らは、ある日愕然とすることになる。 夢の消失。 新世界への移行。 この世界はいつからか、夢を持つことをしなくなっていた。 ここに悲劇があったとするならば、それは2つ。 ひとつは、あまりにも彼らの名前が世に出ていなかったこと もうひとつは、夢を仮想実現する彼ら自身が夢を持たなかったこと 故に、彼らは夢の存在をなくすことなく、新世界に存在することとなったのだ。夢を持たない人間 にとって、実現されるものは何もない。彼らは、予定調和の如くなすべき事もないまま、消えていった。 5月2日 完成 |
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(2)事実上の最後の一人 「やぁ、ここであったことに、まるで運命を感じてしまう。 是非、あなたの夢を聞かせてくれませんか?」 「・・・あたしですか?夢は女優になる事です。」 高校時代、たまたま演劇部に入った。きっかけは通俗だけど、かっこいい先輩がいたから。 あたしは、その演劇部で舞台に立つ喜びを知った。それは、具体的に言ってしまえば 役者として人前に立つことで得られる昂揚感が、あたしを虜にしたと言う事で、 それから、ひとつの些細な夢を持つようになった。 大学は、俳優養成学校。もちろん、東京の大学。正直な感想を言うと、 やっぱりすごい。高校の部活なんかとは、比べ物にならない。 それに皆うまい。発声がどうとか、演技がどうとか、確かにそれも有るけど、 何より雰囲気がうまい。こんな所でうまくやっていけるだろうか? ひどく不安だけど、それでも、夢を実現させるためには頑張るしかなかった。 程なくして、学校を卒業。その頃には、あたしには何かある、という 漠然とした何かが宿っていた。だから、オーディションは受けない。それは、 あたしが選ばれる人間じゃなくて、選ぶ人間だと言う根拠の無い自負からの選択。 つまりは、スカウト待ち。受動的対応じゃあ、何事もうまくいくはずは無い。 それはあくまでも、不特定大多数の一般人においての話だから。 そんなある日、あたしは不意に声をかけられた。それは、待っていた一言で その一言であたしは、銀幕デビューを果たした。・・・はずだった。 翌日、あたしは裸になっていた。 あたしの夢は女優。 でも、現実のあたしは体を売る女 「分かっていると思うが、夢を与えなくてはいけないんだ。これでは、むしろ逆効果に なりかね無いという事を、しっかりと自覚しているのかね?」 今になって、かつて先輩に叱られた事を思い出した。今になっても、未だ、 自分と言う存在に疑問が残る。確かに自分の作るシナリオは、あまりにも現実味 を帯びすぎている。夢を与えなければならない、と言う観点から見る限り 駄作である事は誰の目にも明らかだろう。だが、だからといって夢をあたえ続ける事に一体 何の意味があるのだろうか?子どもの頃から女優になりたいと心から 思っている者にとって、現実を知ることがいかに絶望的であるだろうか。 こんな話がある。 人間は、考えうる限り最も最悪な事態を想像することで、現実における 絶望を回避しようとする習性があるというものだ。最善を考え最悪な事態に陥るより、 最悪を考えその通りになる方が、理想と現実の距離感が少なくなり、心にかかる負担が少なくなる。 と言うのがその理由である。 だったら、自分の考えは間違っていないのではないだろうか? 現実を示し、そして現実を知った方がいくらか絶望を回避できる。そうだ、間違ってはいない。 しかし、彼女は、その譲らない性格のため、いつの間にか孤立し、「夢想代理人」 を辞める事を余儀なくされた。 新世界、これまで夢と言う形で絶望を与えていた「夢想代理人」達は、 自らが絶望すると言う形できえていった。 残ったものはただ一人。 かつて、誰からも相手にされず、寂しく「夢想代理人」から去った一人の 女だけであった。彼女の名は「瞳」。 5月13日 完成 |
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(3)希望的観測の行方 笑う。笑う。笑う。笑う。笑う。 その笑いには、希望はない。喜びはない。しかし、絶望もない。ただただ笑うだけ。新世界それは 幸せだと考えられている。価値観は常に世界の変動、そして流れによって変化する。希望、夢を持たず、ただただ笑う事は現在において幸せである。 ひとつ矛盾にはなるが、瞳は絶望していた。 新世界。夢を持つあまねく全ての人が、バクヲの実食によって夢を失う事で絶望から救われ、 ただただ笑い続けた。新世界において、夢の存在を持っていたのは、唯一「夢想代理人」だけだった。 しかし、「夢想代理人」は、あくまでも自ら夢を持つものではなく、夢を与えるものであった。 夢のなくなった新世界、彼らは自らのアイデンティティーを失い、静かに消えていくことになった。 夢を持たない新人類。自らのアイデンティティーを失った「夢想代理人」。瞳はその両者の中間の存在として、現在新世界の中を、絶望していたのだ。 それは同時に、バクヲの提唱する新世界における幸せの否定でもあった。瞳は、夢を持ってはいなかった。瞳は、夢を失ってはいなかった。その分だけ、夢を持たず、ただただ笑い続けるだけの新世界に絶望したのだ。 もう遙かに過去の話になるのかもしれない。まだ夢が存在、すべからく全ての人々が夢を もっていた頃、世界には数え切れないほどの数の「マイクの部屋」が存在していた。 「マイクの部屋」とはあくまでも俗称で、その真実は誰も知らない。ただ、かつて全ての子どもが この「マイクの部屋」を、まるでオーストラリアで行われるバンジージャンプの如き通過儀礼 として経験していった。その結果、これまでの世界が形成されてきたことは揺るぎない事実である。 だが、すでに現在この世界には「マイクの部屋」存在しない。 瞳はかつて「夢想代理人」だった頃、「マイクの部屋」について聞き及んでいた。 「そうだ。今、あたしがマイクの部屋を作ることで、この世界は救われるかもしれない。またみんなが夢を持ち、そして、絶望と栄光を譲り、奪い合う世界になるんだ。それは、とても素晴らしい事ね。あたしは、これまでにない、まったく新しい夢想代理人になるの。真実を伝えるのよ。真実を教えるのよ。いつしか、この世界は新世界と呼ばれ、あたしは英雄として、歓喜のファンファーレの中 、晴れ渡る広場を練り歩くの。」 いつしか瞳は、バクヲを敵視するようになっていた。手遅れになる前に、何としても「マイクの部屋」を作らなければいけない。瞳は、必要以上の使命感をもって立ち上がろうとしていた。それは、かつてバクヲが歩き出した状景に酷似していた。 5月23日 完成 |