Ufoとひふみ神示良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO3113 

(天使のつぶやき)


ウ、ムがある帖 


julaさんのメール

jula です。

最近トッチさんの意訳、解説が無理なくいい感じにまとまってきていると思う今日こ の頃。

「分からない、難解、意味不明、解釈に今一合点行かない!」

と言ったところを無理に解釈せず

「流す時は流す、問うときは問」

そんな時はみんなで揉む〜で、どう解釈すればいいのかが見えてきつつある、

また解釈の方向性が溜まってきた結果みたいですね。

これもトッチさんの他者の話、意見を柔軟に取り入れつつ自分のものとして融和、昇 華してしまう能力故と思います。

私だとトッチさんみたいに上手く取り込みきれないです。

ついでにAB型のためか、突発的な思いつきが多いですし・・・。

ミカエルのエルねた。

ジュラエルなんて無いな〜と、しかし、やはりトッチさんの場合はトッチ○ルになっ ちゃうってやつですね(ミカさんが喜びそうだ?!)

そんでもって、ついでに、ディフェンスで8を寝かせてきましたか。

8を寝かせると無限。ムは無限の無。

そういえば

“ウはムであるぞ”

なんてのがありますね。

ウ、ムがある帖は以下です。(別展開の新たな攻撃!?!?)


玉串として自分の肉体の清い所 供へ奉れよ、

髪を切って息吹きて祓ひて紙に包んで供へまつれよ、

玉串は自分捧げるのざと申してあろがな。

お供への始めはムとせよ、

ムはウざぞ、

誠のキ供へるのざぞ、

餅は三つ重ねよ、

天地人一体ざと申してあろがな。

御神前ばかり清めても誠成就せんぞ、

家の中 皆 御神前ぞ、

九二中 皆 御神前ざぞ、

判りたか。

夜寝る前に守護神の弥栄ほめよ、

いたらざる自分悔いよ、

修業出来た信者の守りの神 道場に祀れよ、

万霊道場に祀れよ、

役員の守りの神は本部に祀れよ、

神々様 本部に祀れよ。

外国とは幽界の事ぞ、

外国と手握るとは幽界と手握る事ざぞよ。

五月十二日、

ひつ九のかミ。

青葉の巻 第02帖 (471)

◆“お供への始めはムとせよ、ムはウざぞ”

無心でおつとめ(務)してください。

その無心の務めが無限となりウ、有、産むとなっていきます。

そうやって誠の気、喜を供えてください。

そのような様子を神はお見通し。

ご神前ばかり清めたのではダメ。

御魂磨きなさい。

そして

「神示をよく読み解いて、誰にでも分かるように開示していきなさいよ」

といったところなのでしょうか。

(幽界 については解釈できるようには、まだちょっと噛み砕けていません。)


ナルとは成る言(コト)ぞ。

成るは表、

主(曰(シ)ゆ)ぞ。

ウムとは(ウム)のこと。

生むは裏、従(二ゆ)ぞ。

ナルは内、ウムはソト。

ナルには内の陰陽合せ、

ウムにはソトの陰陽合せよ。

成ると生むは同じであるぞ。

違ふのぢゃぞ。

成ることを生むと申すことあるぞ。

生むこと成ると見ることあるぞ。

ナルとは(ナル)こと、

自分が大きく成ることぞ。

自分の中に自分つくり、内に生きることぞ。

ウムとは自分の中に自分つくり外におくことぞ。

このこと判れば石屋の仕組判る。

(十一月裏四日)

一二十

黄金の巻 第047帖 (558)


なりなると申してあろうが。

なると申すのは内分は同じであるが、形の変ることであるぞ。

ウムとナルとは同じであって同じでないぞ。

夏の巻 第05帖 (722)

◆なりなりてなりなる≒7777、

もしくは七七七七 

などと書かれているところもありそうです。


ウムと申すことは、自分をよりよく生長さすこと。

一つ生めば自分は一段と上に昇る。

この道理わかるであろうがな。

産むことによって、自分が平面から立体になるのであるぞ。

毎日、一生懸命に掃除してゐても、何処かにホコリ残るもんぢゃ。

まして掃除せん心にホコリつもってゐること位、誰にでも判ってゐるであろうが。

神示で掃除せよ。

大病にかかると借金してでも名医にかかるのに、霊的大病は知らん顔でよい のか。

信仰を得て霊的に病気を治すのは、一瞬には治らんぞ。

奇跡的に治るとみるのは間違ひ。

迷信ぞ。

時間もいり手数もいる。

物も金もいる。

大き努力いるのであるぞ。

取違ひ多いのう。

夏の巻 第09帖 (726)

◆卑近なところを例えに出すと、まさに、神示の解釈をウんで、自分の成長の糧とし て、ナッテ来ている?


無限のものと、有限のものと、ムとウとをまぜまぜにして考へるから、人民の頭は 兎角ウになりがちぢゃぞ。

慾、浄化せよ。

夏の巻 第23帖 (739)


ウはムであるぞ。ウとは現実界ぞ。

ムとは霊界であるぞ。

ウもムも同じであるぞ。

ムからウ生れて来ると申してあること、よく心得よ。

神の仕組、狂ひないなれど、人民に判らねば、それだけこの世の歩みおくれるのぢゃ。

この世は人民と手引かねばならんから、

苦しみが長くなるから、

千人万人なら一人づつ手引いてやりても やりやすいなれど、

世界の人民、動物虫けらまでも助ける仕組であるから、

人民 早う改心せねば、気の毒いよいよとなるぞ。

秋の巻 第25帖 (766)


食物は科学的栄養のみに囚われてはならん。

霊の栄養大切。 

自分と自分と和合せよと申してあるが、肉体の自分と魂の自分との和合出来たら、も一段奥の魂と和合せよ。

更に、又奥の自分と和合せよ。

一番奥の自分は神であるぞ。 

高い心境に入ったら、神を拝む形式はなくともよいぞ。

為すこと、心に浮ぶこと、それ自体が礼拝となるからぞ。 

山も自分、川も自分、野も自分、海も自分ぞ。草木動物 悉く自分ぞ、

歓喜ぞ。

その自分出来たら天を自分とせよ。

天を自分にするとはムにすることぞ。

○に化すことぞ。

ウとムと組み組みて新しきムとすることぢゃ。

月光の巻 第25帖 (812)

◆ある意味、神示を読み解いていく作業は、自分の魂に問い掛けることにも繋がって いるのかも知れませんね。

自分の内面・魂に問いかけまたハラに収めていくことの繰り返し、その精度が上がる に連れて、無限のつながりとなっていくのかもしれません。

有とは無の一部である。 なぜなら無とは本来無限であり、その現れの一部として有があるから。

とでも言えるのでしょうか。