Ufoとひふみ神示良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO3126 

(天使のつぶやき)


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十一帖(73)・第三十四帖(76) 


トッチさんのメール

トッチです。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十一帖(73)

昭和十九年八月三日、

旧六月十五日(1944年)

この神に供へられたものは、何によらん私することならんぞ、

まゐりた臣民にそれぞれ分けて喜ばして呉れよ、

臣民喜べば神も喜ぶぞ、

神喜べば天地光りて来るぞ、

天地光れば富士(二二)晴れるぞ、

富士は晴れたり日本晴れとはこの事ぞ。

このやうな仕組でこの道ひろめて呉れよ、

それが政治ぞ、

経済ぞ、

真通理(マツリ)ぞ、

分りたか。

八月の三日、

ひつ九のか三。


(意訳)

この神に供えられたのは、何によらん私することなりませんよ。

参った臣民にそれぞれ分けて喜ばしてくださいよ。

臣民喜べば神も喜びますよ。

神が喜べば天地光って来ますよ。

天地光れば富士(二二)晴れますよ。

富士は晴れたり日本晴れとはこの事ですよ。

このような仕組みでこの道を広めてくださいよ。

それが政治です。

経済です。

真通理(マツリ)です。

分かりましたか。

八月の三日、

ひつ九のか三。


(解説)

ミロクの仕組みが機能する事により与えられた物は、自分だけの為に独り占めするような事をしてはいけませんよ。

皆と共有してください。

参った臣民にそれぞれ分けて喜ばしてくださいよ。

臣民が喜べば神も喜びます。

神が喜べば天も地も光るのです。

天地光れば富士(二二)晴れます。

富士は晴れたり日本晴れとはこの事ですよ。

このような仕組みでこの道を広めてくださいよ。

それが政治です。

経済です。

真通理(マツリ)です。

分かりましたか。

八月の三日、

ひつ九のか三。

得ようとするより分け与える喜びを知らなければいけないようです。

そうしますと、おのずと良いメグリとなるのでしょう。

それを浸透させて行って下さいとの事のようです。

ミロクの世のあり方なのですね。


トッチさんのメール

トッチです。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十四帖(76) 

昭和十九年八月三日、

旧六月十五日(1944年)

臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、 なかなかさうはならんぞ、

臣民に神うつりてせねばならんのざから、

まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、

みな曇りてゐるから、

これでは悪の神ばかりかかりて、

だんだん悪の世になるばかりぞ、

それで戦すむと思うてゐるのか、

自分の心よく見てござれ、

よく分るであろがな、

戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、

それからが大切ぞ、

胸突き八丁はそれからぞ、

富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、

戦は雲のかかってゐるところぞ、

頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ。

一、二、三年が正念場ぞ。

三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。

八月の三日、

ひつくのか三。


(意訳)

臣民は直ぐにでも戦が済んで良き世が来るように思っていますが、なかなかそうはなりませんよ。

臣民に神がうつってしなければならないのですから、まことの世の元からの臣民は幾人もないですよ。

みんな曇っているから、これでは悪の神ばかり関わって、だんだん悪の世になるばかりです。

それで戦が済むと思っているのですか。

自分の心をよく見てごらんなさい、よく分るでしょう。

戦いが済んでも直ぐに良い世の中にはなりませんよ。

それからが大切です。

胸突き八丁はそれからですよ。

富士に登るのにも、雲の上からが苦しいでしょう。

戦は雲のかかっている所ですよ。

頂上(いただき)までの正味のところはそれからですよ。

一、二、三年が正念場です。

三四五(みよいづ)の仕組と言っているでしょう。

八月の三日、

ひつくのか三。


(解説)

臣民はもうすぐ戦争が終わって良い世の中になると思っていますが、なかなかそうはなりませんよ。

何故かと言えば、臣民は神懸りにならなければなりません。

真の世の元からの臣民は幾人も居ないからです。

みんな身魂が曇っていますので、これでは悪の神ばかりが関わって、だんだんと悪の世になるばかりです。

それで本当に良い世の中を迎える為の戦いが済むと思っているのですか。

自分の心をよく見てごらんなさい、よく分るでしょう。

戦争が終わっても直ぐに良い世の中にはなりませんよ。

それからが大切です。

胸突き八丁はそれからですよ。

富士に登るのにも、雲の上からが苦しいでしょう。

身魂磨きに苦労している今は、雲のかかっている所ですよ。

頂上(いただき)までの正味のところはそれからですよ。

一、二、三年が正念場です。

三四五(みよいづ)の仕組と言っているでしょう。

(ミロクの仕組みを肚に入れ、固める時です)

*書かれたのが昭和19年の夏である事を考慮しました。

戦争が終わったからと言ってもミロクの世に近づいている分けではありません。

今の世の中を見れば証明されていると思います。

ミロクの世を迎える為には、臣民1人1人これからが正念場と言っています。

今現在、臣民の皆様は三四五の仕組み突入でしょうか。


julaさんのメール

jula です。


臣民に神うつりてせねばならんのざから、

まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、

みな曇りてゐるから、

これでは悪の神ばかりかかりて、

だんだん悪の世になるばかりぞ、

臣民があたかも鏡となって、そこに神が写るように・・・

などと考えると、他の帖で出てくる

“鏡”と「みな曇りてゐるから」

の説明ができそうにひらめきました。

あと

「悪の神ばかりかかりて」

はストレートに

悪の神による神懸かりばかりとなって〜

の方が本来の神懸かりに対する対比となってより明快かなと思いました。

実際に現代は 悪の神による神懸かりばかりとなってしまっているのではないでしょ うか・・・。

あと富士は晴れたり日本晴れで、

富士(二二) とかかれていますよね。

これ何か対比といういか、双子というか、二つと無いもの同士といった印象を持って います。

太陽のミロクと月のミロク、

人と神、

人が神の写し鏡となるということであれば、

自我もありつつ、神の思いも又果たせる といった感じかな?

などとも思えます。

曇った鏡には悪の神懸かる

晴れた鏡には本来の神が懸かる

と掛けてあるということでひとつ。