八のつく帖
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jula です。 ひふみ神示の中で、”八”がつく年月日そして、”かのととり”を含む帖を抽出して みましたので送信します。
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昭和十九年八月二日、 旧六月十四日(1944年) 72 八のつく日に気つけて呉れよ、 だんだん近づいたから、 辛酉(かのととり)はよき日、 よき年ぞ。 冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。 八月二日、 ひつくのかみ。 下つ巻 第30帖 (072)
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昭和十九年八月二十五日、 旧七月七日(1944年) 98 神々様みなお揃ひなされて、 雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神、五柱、 七柱、八柱、十柱の神々様がチャンとお心合はしなされて、 今度の仕組の御役きまりてそれぞれに働きなされることになりたよき日ぞ。 辛酉(かのととり)はよき日と知らしてあろがな。 これから一日々々烈しくなるぞ、 臣民 心得て置いて呉れよ、 物持たぬ人、 物持てる人より強くなるぞ、 泥棒が多くなれば泥棒が正しいと云ふことになるぞ、 理屈は悪魔と知らしてあろが、 保持(うけもち)の神様ひどくお怒りぞ、 臣民の食ひ物、足りるやうに作らしてあるに、 足らぬと申してゐるが、 足らぬことないぞ、 足らぬのは、やり方わるいのざぞ、 食ひて生くべきもので人殺すとは何事ぞ。 それぞれの神様にまつはればそれぞれの事、 何もかなふのぞ、 神にまつはらずに、臣民の学や知恵が何になるのか、 底知れてゐるのでないか。 戦には戦の神あるぞ、 お水に泣くことあるぞ、 保持の神様 御怒りなされてゐるから早やう心入れかへてよ、 この神様お怒りになれば、 臣民 日干しになるぞ。 八月の辛酉の日、 ひつくのか三さとすぞ。 富士の巻 第18帖 (098)
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昭和十九年十二月十八日、 旧十一月四日(1944年) 228 十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、 九柱でよいぞ、 何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、 この方合はして十柱となるのざぞ。 御神体の石 集めさしてあろがな、 篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。 病あるかないか、 災難来るか来ないかは、 手届くか届かないかで分ると申してあろがな。 届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、 手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と 臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、 災難見ないのざから、毎朝 神拝みてから克く合はしてみよ、 合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、 殊に臍の息一番大切ざぞ、 若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、 唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、 何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、 此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。 神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、 大難小難にしてやるぞ、 生命助けてやるぞ、 此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、 手二本 足二本いれて十柱ぞ、 手足一本として八柱ぞ、 此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。 飛行機の災難も地震罪穢の禍も、 大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、 一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、 信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。 十二月十八日、 ひつ九か三。 日の出の巻 第15帖 (228)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 522 今度の【イワト】びらき、神と人との九十運動ぞ。 建替の守護が大切ぞ。 先づ一筋の天地の道から変へるのぢゃ。 次に人の道つくるのぢゃ。 経と緯であるぞ。 人の道と天地の道と間違へてゐるぞ。 人の道は花色々と咲き乱れ、織り交ぜて、楽し楽しのそれぞれであるぞ。 自分で自分のことしてゐるのであるが、又させられてゐるのであるぞ。 大き自分に融け入ったとて小さい自分無くなって了ふのでないぞ。 神人ぞ。天地ぞと申してあらうが。 善もかりぞ。 悪もかりぞ。 よく心得なされよ。 かのととりの日。 一二十(ヒツキノカミ) 黄金の巻 第011帖 (522)
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第十二帖 523 昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 523 守護神守護神と申してゐるが、 魂の守護神は肉ぞ。 肉の守護神は魂ぞ。 くるくる廻って又始めからぢゃ。 前の始と始が違ふぞ。 皆相談し合ってよきに弥栄えるぞ。 為さねば後悔ぞ。 始めからの神示読めば判るやうに示してあるでないか。 神示読まんから迷ふのぞ。 神は人民の気引くぞ。 神示読めよ。 神示出るぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第012帖 (523)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 525
しるしは
為せ、為せ、為せば成る時ぞ。 為さねば後悔ぞ。 元たてよ。 かのととり。 一つ九十 黄金の巻 第014帖 (525)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 526 人から見てあれならばと云ふやうになれば、 この方の光出るぢゃ。 行出来ねばお出直し、 お出直し多いなあ。 独断 役には立たんぞ。 イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、 又九分九厘でひっくり返る。 天明九十六才七ヵ月、ひらく。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第015帖 (526)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 528 【神、拝しても筋違ふと水の泡ぞ】。 まだ迷うてゐるが、それでは仕組成就せんぞ。 褌しめて一本道の真心結構。 金がよければ金拝め。 人がよければ人拝めよ。 神がよければ神拝め。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第017帖 (528)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 530 己の行 出来て居らんと、人の悪口 云はなならんことになるぞ。 己の心 日々夜々改めねばならん。 心とは身と心のことぞ。 元の活神が直接の、直々の守護を致す時来たぞ。 気つけおくぞ。 国々、所々、村々、家々、皆 何なりとしてめぐりだけの借銭済し致しくれよ。 大峠ぞ。 早合点するなよ。 小さい容れもの間に合はん。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第019帖 (530)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 531 動かんふじの仕組のなるとの仕組。 ことたま、 かずたま、 ひふみ、 いろたま、 いろは。 かのととり。 ひつ九十 黄金の巻 第020帖 (531)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 533 神まつれ、 祖先まつれ、 子孫まつれ、 心まつれ、 言葉まつれ、 行まつれ、 食物まつれ、 着るものまつれ、 住居まつれ、 土地まつれ、 感謝感謝で喜び来るぞ。 奇跡では改心出来んのであるぞ。 かのととりの日。 ひつ九十 黄金の巻 第022帖 (533)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 536 こんなになったのも この方等が我が強過ぎたからであるぞ。 我出すなと申してあろう。 この度のイワト開きに使ふ身魂は、 我の強い者ばかりが、 めぐりだけのこと償って、 償ふことぞ。 天地かもう神でも我出せんことであるぞ。 神々様も懺悔して御座るぞ。 まして人民。
てん かのととりの日。 一二十 黄金の巻 第025帖 (536)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 538 何故、喜び受けぬのぢゃ。 宗教は無くなって了ふぞ。 誠光るのぢゃ。 光のマコトの宗教生れるのぢゃ。 その時は宗教でないぞ。 心得なされよ。 かしはでとカシハデと二つあるぞ。 拍手はちかひとチカヒのしるし。 手摺(す)るのは願ひのしるし。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第027帖 (538)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 542 人民それぞれに用意して呉れよ。 自分出しては集団(マドイ)こはすぞ。 力出んぞ。 早うつくれよ。 的(マト)とせよ、と申してあろうがな。 マトは光りのさし入る所、 的として月一度出せよ。 自分の小さいこと知れる者は、 神の国に近づいたのであるぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第031帖 (542)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 543 神の道に進むために罵られることは人民の喜びぞ。 その喜び越えて神の喜びに入れば罵られることないぞ。 神敬ふはまだまだぢゃぞ。 早うサトリて、神に融け入れよ。 かのととりの日。 一二十 黄金の巻 第032帖 (543)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 544 神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ。 今度 此処へ神が引寄せた者は、 みなキリストぢゃ。釈迦ぢゃぞと申してあらう。 磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかりぞ。 それだけに罪深いぞ。 岩戸あけて、めぐり果たせたいのぢゃ。 このこと肚によく判るであらうが。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第033帖 (544)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 545 世界平とう、胸の掃除からハラの掃除ぞ。 理智がまことの愛ぞ。 (ア九(ク))も神の御子。 絶対の責任は神、 相対の責任は人民。 親よりも師よりも神愛せよ。 その親、師は神から更に愛されるぞ。
かのととりの日。 一二十 黄金の巻 第034帖 (545)
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特殊文字 |
昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 546
お父様が
お母様が おくやまから出たものは おくやまにかへり、 またおくやまから更に弥栄となって出るのであるぞ。 大切なもの皆与へてあるでないか。 人民は只それをどんなにするかでよいやうに、 楽にしてあるぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第035帖 (546)
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特殊文字 |
昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 547 まことに求めるならば、神は何でも与へるぞ。 与へてゐるでないか。 御用は神示見んと判らん道理判らんか。 誰にも知れんこと知らして、型して見せてあるでないか。 かのととりのひ。 一二十 黄金の巻 第036帖 (547)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 548 集団(マドイ)は天国の組織同様にせよ。 横にはウクスツヌフムユルウの十柱ぞ。 縦にはアイウエオの五柱、 結構ぢゃなあ。 横だけでもかたわ、 縦だけでもかたわ、 この方 見えんアであるぞ。 顕れは神示ぢゃ。 よく相談し合って結構致しくれよ。 弥栄えるぞ。 秘文読めば判る。 神業奉仕すれば自らめぐり取れるのぢゃ。 めぐりないもの一人もこの世には居らん。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第037帖 (548)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 549 心次第で皆救はれる。 悪には悪の道、 それ知らん善の神では、 悪抱き参らすこと出来ん。 因縁あっても曇りひどいと御用六ヶ敷いぞ。 この世の人民の悪は幽界にうつり、 幽界の悪がこの世にうつる。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第038帖 (549)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 551 何うにも斯うにも手つけられまい。 この世は浮島ぞ。 人民の心も浮島ぞ。 油断禁物。 あなた ひふみの食べ方 心得たら、 今度は気分ゆるやかに嬉しウレシで食べよ。 天国の食べ方ぞ。 一切は自分のものと申してあらう。 上も下も右も左も皆自分のものぞ。 自分ぞ。 其処にまこと愛生れるぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第040帖 (551)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 552 このほうの許へ引寄せた人民、 八九分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を神が助けて、 めぐり取って御用さしてゐるのぞ。 奉仕せよ。 どんな御用も勇んで勉めよ。 肚に手あてて考へて見よ。 成程なあと思ひあたるであらうが。 喉元すぎて忘れて居らうが。 かのととり。 ひつ九十 黄金の巻 第041帖 (552)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 553 神示読めば神示の気通ふぞ。 神示読めよ。 神示うつせよ。 うつす御役 結構ぢゃなあ。 うつせ。 うつせ。 人にうつせよ。 世界にうつせよ。 悪のミタマなごめ抱き参らすには理解大切ぢゃ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第042帖 (553)
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昭和二十四年十一月二十七日、 旧十月八日(1949年) 554 野見よ。 森見よと申してあらう。 水の流れにも宗教あるぞ。 これを人民勝手に宗教に一度下げるから、 神冒すことになるのざ。 引下げねば判らんし、 心で悟れよ。 覚(サ)めの生活 弥栄えるぞ。 天国の礎、出足の地場は(二二)からぢゃ。 二二(フジ)の道は秘文(ヒフミ)の道ぢゃ。 和ぢゃ。 あなた かのととり。 一二十 黄金の巻 第043帖 (554)
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