Ufoとひふみ神示良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO3181 

(天使のつぶやき)


御代出づ、三四五、一二三、裏の御用 で検索 


julaさんのメール

jula です。

御代出づ、三四五、一二三、裏の御用 で検索しました。

じゅらーっと行きます。

ロックさんごめんなさい〜〜。

(今回結構我田引水の解釈してますが悪しからず)

各帖への書きこみですが以下のような要領としています。

◆特に気になったセンテンス、キーワードなど

●jula の解釈

三四五の解釈 jula 的には、生まれ変わった太陽がてんし様となり、 あめつちの神々様祭り合わせて建直しをすると取りました。


何事も天地に二度とないことで、

やり損ひしてならん多陀用幣流天地(たたよへる くに)の

修理固成(かため)の終りの四あけであるから、

これが一番大切の役であるから、

しくじられんから、

神がくどう申してゐるのざ、

神々さま、臣民みなきいて呉れよ。

一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならんから、

早う一二三の御用して呉れよ。

何も心配ないから神の仕事をして呉れよ、

神の仕事して居れば、どこにゐても、

いざといふ時には、神がつまみ上げて助けてやるから、

御用第一ぞ。

一日(ひとひ)に十万の人死ぬ時来たぞ、

世界中のことざから、気を大きく持ちてゐて呉れよ。

七月の三日、ひつくのか三。

上つ巻 第34帖 (034)


◆多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけであるから 一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならんから、 早う一二三の御用して呉れよ

●一二三(火次水)の御用≒都市攻撃の次にノアの大洪水

これによって、富士は晴れたり日本晴れ≒サタンによって作られた世の中をキレイさ っぱり掃除する。≒建替(建直すための準備、掃除)


今度の戦はとの大戦ぞ。

神様にも分らん仕組が世の元の神がなされてゐるの ざから、

下(しも)の神々様にも分らんぞ。

何が何だか誰も分らんやうになりて、

どちらも丸潰れと云ふ所になりた折、

大神のみことによりて この方らが神徳出して、

九分九厘という所で、神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして、

悪のかみも改心せなならんやうに仕組みてあるから、

神の国は神の力で世界の親国になるのぞ。

とは心の中に があるかがないかの違ひであるぞ。

この方は三四五(みよいつ)の神とも現われるぞ。

江戸の御社(みやしろ)は誰でも気楽に来て拝める様にして置いて呉れよ、

この方の神示(ふで)書く役員、神示うつす役員、 神示説いてきかす役員要るぞ、

役員は人の後について便所を掃除するだけの心掛ないとつとまらんぞ、

役員づらしたら直ぐ替身魂使ふぞ。

七月の十七日、

一二のか三。

下つ巻 第09帖 (051)

◆この方は三四五(みよいつ)の神とも現われるぞ。

●この方≒太陽であり、てんし様であり、みろく の総称

三四五(みよいつ)の神≒てんし様五六七の神≒みろく


臣民ばかりでないぞ、

神々様にも知らせなならんから、

なかなか大層と申すのぞ。

一二三(ひふみ)の仕組とは、

永遠(とは)に動かぬ道のことぞ、

三四五(みよいづ)の仕組とは、

みよいづの仕組ぞ、

御代出づとは神の御代になることぞ、

この世を神の国にねり上げることぞ、

神祀りたら三四五の御用にかかるから、

その積りで用意して置いて呉れよ。

この神は世界中の神と臣民と、

けだものも草木もかまはねばならんのざから、

御役いくらでもあるぞ。

神様と臣民 同じ数だけあるぞ。

それぞれに神つけるから、

早う身魂みがいて呉れよ、

みがけただけの神をつけて、

天晴れ後の世に残る手柄立てさすぞ。

小さいことはそれぞれの神にきいて呉れよ、

一人ひとり、何でもききたいことは、

病直すことも、それぞれの神がするから、

サニワでお告うけて呉れよ、

この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。

病も直してやるぞ、

その神たよりたなら、

身魂みがけただけの神徳あるぞ。

この世始まってない今度の岩戸開きざから、

これからがいよいよぞ。

飛んだところに飛んだこと出来るぞ。

それはみな神がさしてあるのざから、

よく気つけて居れば、

さきの事もよく分かるようになるぞ。

元の神代に返すと申すのは喩へでないぞ。

七から八から九から十から神烈しくなるぞ、

臣民の思う通りにはなるまいがな、

それは逆立してゐるからぞ。

世界一度にキの国にかかりて来るから、

一時は潰れたやうに、

もうかなはんと云ふところまでになるから、

神はこの世に居らんと臣民申すところまで、

むごいことになるから、

外国が勝ちたやうに見える時が来たら、

神の代近づいたのぞ、

いよいよとなりて来ねば分らん様では御用出来んぞ。

七月の二十日、

ひつ九のか三。

下つ巻 第14帖 (056)

◆一二三(ひふみ)の仕組とは、永遠(とは)に動かぬ道のことぞ、

三四五(みよいづ )の仕組とは、みよいづの仕組ぞ、

御代出づとは神の御代になることぞ、

この世を神の国にねり上げることぞ、

神祀りたら三四五の御用にかかるから、

その積りで用意して置いて呉れよ。

●一二三(ひふみ)の仕組とは、永遠(とは)に動かぬ道≒避けられない、

一度は通らなければならない道、径論


上(うえ)、中(なか)、下(しも)の三段に身魂をより分けてあるから、神の世 となりたら何事もきちりきちりと面白い様に出来て行くぞ。

神の世とは神の心のままの世ぞ、

今でも臣民 神ごころになりたら、何でも思ふ通りになるぞ。

臣民 近慾(ちかよく)なから、心曇りてゐるから分らんのぞ。

今度の戦は神力と学力のとどめの戦ぞ。

神力が九分九厘まで負けた様になったときに、まことの神力出して、

ぐれんと引繰り返して、神の世にして、

日本のてんし様が世界まるめてしろしめす世と致して、

天地神々様にお目にかけるぞ。

てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五(みよいづ)の仕組ぞ、

岩戸開きぞ。

いくら学力強いと申しても百日の雨降らすこと出来まいがな。

百日雨降ると何んなことになるか、臣民には分るまい、

百日と申しても、神から云へば瞬きの間ぞ。

七月の二十三日、

ひつ九の

下つ巻 第20帖(062)


◆神力が九分九厘まで負けた様になったときに、まことの神力出して、ぐれんと引繰り 返して、神の世にして、

日本のてんし様が世界まるめてしろしめす世と致して、

天地神々様にお目にかけるぞ。

てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五(みよいづ)の仕組ぞ、

岩戸開きぞ。

いくら学力強いと申しても百日の雨降らすこと出来まいがな。

百日雨降ると何んなことになるか、臣民には分るまい

日本のてんし様が世界まるめてしろしめす世と致して、

天地神々様にお目にかけるぞ。

●神力が九分九厘まで負けた様になったときに・・・

≒都市攻撃によって、この世の中には神様なんていなかった・・・と思っていると、 というところでしょうか。

日本のてんし様が世界まるめてしろしめす世と致して、天地神々様にお目にかけるぞ 。

≒太陽が生まれ変わり、てんし様となって、天の神々、地の神々をひきあわせ、和合 させます。

そしてその神々を臣民にあわせます。

いくら学力強いと申しても百日の雨降らすこと出来まいがな。

百日雨降ると何んなこ とになるか、臣民には分るまい≒ノアの大洪水の結果、飛沫となった海水が中空に飛び散り、百日間雨を降らせます。


臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、

なかなかさうはならんぞ、

臣民に神うつりてせねばならんのざから、

まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、

みな曇りてゐるから、これでは悪の神ばかりかかりて、

だんだん悪の世になるばかりぞ、

それで戦すむと思うてゐるのか、

自分の心よく見てござれ、

よく分るであろがな、

戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、

それからが大切ぞ、

胸突き八丁はそれからぞ、

富士に登るのにも、

雲の上からが苦しいであろがな、

戦は雲のかかってゐるところぞ、

頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ。

一、二、三年が正念場ぞ。

三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。

八月の三日、

ひつくのか三。

下つ巻 第34帖 (076)


●ここでの戦とは、どうも都市攻撃を指しているような感じがします


一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが 、

世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、

五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、

獣と臣民とハッキリ判りたら、

それぞれの本性出すのぞ、

今度は万劫末代のことぞ、

気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。

今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、

臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。

八月十三日、

のひつくのか三。

富士の巻 第04帖 (084)


◆一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、

世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、

五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ

●上つ巻 第34帖 (034) から引用


何事も天地に二度とないことで、

やり損ひしてならん多陀用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)の終りの四あけであるから、

これが一番大切の役であるから、

しくじられんから、神がくどう申してゐるのざ、

神々さま、臣民みなきいて呉れよ。

一二三(ひふみ)の御用出来たら三四五(みよいつ)の御用にかからなならん から、

早う一二三の御用して呉れよ。


●太陽から生まれ変わったてんし様、まつりあわされたあめつちの神々様により、多陀 用幣流天地(たたよへるくに)の修理固成(かため)が行われます。

≒建直

これが完了したらいよいよ五六七(みろく)の世となります。


今は善の神が善の力弱いから善の臣民苦しんでゐるが、

今しばらくの辛抱ぞ、

悪神総がかりで善の肉体に取りかからうとしてゐるから よほどフンドシしめてかからんと負けるぞ。

親や子に悪の神かかりて苦しい立場にして悪の思ふ通りにする仕組立ててゐるから気をつけて呉れよ。

神の、も一つ上の神の世の、

も一つ上の神の世の、

も一つ上の神の世は戦済んでゐるぞ、

三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地光りて何もかも見えすくぞ。

八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いて呉れよ、

いよいよ世が迫りて来ると、

やり直し出来んと申してあろがな。

いつも剣の下にゐる気持で心ひき締めて居りて呉れよ、

臣民 口でたべる物ばかりで生きてゐるのではないぞ。

八月の十五日、

ひつくのひつ九のか三しるさすぞ。

富士の巻 第06帖 (086)


◆三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地光りて何もかも見えすく ぞ

●建直しが完了した世界では、天地光ります。

今までは、光を斜めから戴き、結果影が生まれてしまいました。

三四五の世では光は北から、真上から戴き影は最小限となります。

しかし、建直しが完了した五六七(みろく)の世になれば、天地光りて影自体が無く なったかのようになってしまいます。


石物いふ時来るぞ、

草物いふ時来るぞ。

北おがめよ、

北光るぞ、

北よくなるぞ、

夕方よくなるぞ、

暑さ寒さ、やはらかくなるぞ、

五六七(みろく)の世となるぞ。

慌てずに急いで呉れよ。

神々様みなの産土(うぶすな)様 総活動でござるぞ、

神々様まつりて呉れよ、

人々様まつりて呉れよ、

御礼申して呉れよ。

九月十二日、

一二か三。

天つ巻 第27帖 (134)



富士とは火の仕組ぞ、渦うみとは水の仕組ぞ、今に分りて来るのぞ。

神の国には、政治も経済も軍事もないのざぞ、

まつりがあるだけぞ。

まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ。

これは政治ぞ、

これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ、

分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。

手足は沢山は要らぬのざぞ。

火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあればよいのざぞ。

ヤとワと申してあろうがな、

その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。

今の臣民 自分で自分の首くくるやうにしてゐるのぞ、

手は頭の一部ぞ、手の頭ぞ。

頭、手の一部でないぞ、

この道理よく心得ておけよ。

神示は印刷することならんぞ、

この神示説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものは一二三(ひふみ)と申せよ。

一二三は印刷してよいのざぞ。

印刷結構ぞ。

この神示のまま臣民に見せてはならんぞ、

役員よくこの神示見て、

その時によりその国によりて

それぞれに説いて聞かせよ。

日本ばかりでないぞ、

国々ところところに仕組して神柱つくりてあるから、

今にびっくりすること出来るのざぞ、

世界の臣民にみな喜ばれるとき来るのざぞ。

五六七(みろく)の世近づいて来たぞ。

富士は晴れたり日本晴れ、

富士は晴れたり日本晴れ。

善一すぢとは神一すぢのことぞ。

この巻を「天つ巻」と申す、

すっかり写して呉れよ、

すっかり伝へて呉れよ。

九月十四日、ひつ九のか三。

天つ巻 第30帖 (137)


◆富士とは火の仕組ぞ、

渦うみとは水の仕組ぞ、

今に分りて来るのぞ。

手足は沢山は要らぬのざぞ。

火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣 (おみ)とあればよいのざぞ。

ヤとワと申してあろうがな、

その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。

●都市攻撃、ノアの大洪水のことを言っているように思えます。


戦済みても後の紛糾なかなかに済まんぞ。

人民いよいよ苦しくなるぞ。

三四五(みよいづ)の仕組出来ないで、

一二三(ひふみ)の御用はやめられんぞ。

此の神示読んで三四五の世の仕組よく腹の中に入れておいて上(かみ)の人に知らしてやりて下されよ。

三四五とはてんし様の稜威(みいづ)出づことぞ。

十月二十日、

ひつ九のか三。

日月の巻 第04帖 (177)


◆三四五(みよいづ)の仕組出来ないで、一二三(ひふみ)の御用はやめられんぞ。

此の神示読んで三四五の世の仕組よく腹の中に入れておいて上(かみ)の人に知らして やりて下されよ。

三四五とはてんし様の稜威(みいづ)出づことぞ

●てんし様の稜威(みいづ)

稜威(みいづ)は最後に資料のせました。

やはり、太陽から生まれ変わりてんし様となるようです。

またその際、ひふみ神示を読み解いた者達が、良く話して聞かす必要ありということ のようです。


一二三(ひふみ)の食物(たべもの)に病無いと申してあろがな、

一二三の食べ方は一二三唱(十七)へながら噛むのざぞ、

四十七回噛んでから呑むのざぞ、

これが一二三の食べ方頂き方ざぞ。

神に供へてから此の一二三の食べ方すれば何んな病でも治るのざぞ、

皆の者に広く知らしてやれよ。

心の病は一二三唱へる事に依りて治り、

肉体の病は四十七回噛む事に依りて治るのざぞ、

心も身も分け隔て無いのであるが会得る様に申して聞かしてゐるのざぞ、

取り違い致すでないぞ。

日本の国は此の方の肉体と申してあろがな、

何んな宝もかくしてあるのざぞ、

神の御用なら、何時でも、何んなものでも与へるのざぞ、

心大きく持ちてどしどしやりて呉れよ。

集団(まどい)作るなと申せば、

ばらばらでゐるが裏には裏あると申してあろが、

心配(こころくば)れよ。

十二月七日、

ひつくのかみふで。

日の出の巻 第08帖 (221)


◆集団(まどい)作るなと申せば、ばらばらでゐるが裏には裏あると申してあろが、

心配(こころくば)れよ。

●宗教団体のようにはしてはなりません。

そう言うとみんなバラバラでは居ますが裏の御用をさせるには、裏の御用をするため の集まり方があります。

裏の御用≒諸世紀、ひふみを読み解き理解する。

百匹目の猿現象というように、それを理解する者達が現れれば、現実化する。

神が懸かって現実のものとして実現する、というニュアンスがあるように思えます。

裏には裏ある ≒裏の御用をするための集まり方

これは正にメール交換グループのことを指しているように思えます。

また、バラバラではあるけれど和するよう心配りながらやってください とも言っているようです。


富士は晴れたり日本晴れ、

いよいよ岩戸開けるぞ。

お山開きまこと結構。

松の国 松の御代となるぞ。

旧九月八日から大祓ひのりとに天津祝詞の太のりと「一二三(ひふ み)のりとコト」入れてのれよ。

忘れずにのれよ。

その日からいよいよ神は神、

けものはけものとなるぞ。

江戸道場やめるでないぞ、

お山へ移してよいぞ、

役員一度やめてよいぞ。

またつとめてよいぞ。

めぐりあるから心配あるのぞ。

めぐり無くなれば心配なくなるぞ。

心配ないのが富士は晴れたりぞ、

富士晴れ結構ぞ。

日津久の御民 何時も富士晴れ心でおりて下されよ。

肉体ちっとの間であるが、

魂は限りなく栄へるのざぞ。

金に難渋して負けぬ様にして下されよ。

金 馬鹿にしてはならんぞ。

あせるでないぞ。

あせると心配事出来るぞ。

神が仕組みてあること、

臣民がしようとて出来はせんぞ。

細工はりうりう滅多に間違ひないのざぞ。

見物して御座れ、見事して見せるぞ。

不和の家、不調和(ふわ)の国のささげもの神は要らんぞ。

喜びの捧げもの米一粒でもよいぞ。

神はうれしいぞ。

旧九月八日とどめぞ。

六月二日、

みづのひつ九のか三。

水の巻 第09帖 (283)



元津大神、心の中で唱へ奉り、

スメラミコト唱へ、

次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、

天のひつくの大神と唱へ奉れ。

タマの宮は、かむながら祝詞でよいぞ。

一二三(ひふみ)のりともよいぞ、

シメは当分造りめぐらしてもよいぞ。

今までのシメは此の方等しめて、

悪の自由にする逆のシメざから、

シメ張るなら、元のシメ、

誠のシメ張れよ。

七五三は逆ざぞ。

三五七ざぞ。

天地のいぶきぞ。

波の律ぞ。

風の律ぞ。

神々様のおんいぶきの律(なみ)ざぞ。

八月の六日、

アメのひつ九の神。

夜明けの巻第10帖 (330)



あら楽(たぬ)し、

あなさやけ、

元津御神の御光の、

輝く御代ぞ近づけり。

岩戸開けたり野も山も、

草の片葉(かきは)も言(こと)止(や)めて、

大御光に寄り集ふ、

誠の御代ぞ楽しけれ。

今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、

楽しき苦労ぞ目出度けれ。

申、酉すぎて戌の年、亥の年、子の年 目出度けれ。

一二三(ひふみ)の裏の御用する身魂も今に引き寄せるから、

その覚悟せよ。

覚悟よいか。

待ちに待ちにし秋来たぞ。

八月の七日、

アメのひつくのかみ。 

ひふみ、よいむなや、こともちろら ね、しきる、ゆゐつわぬ、そおたはくめか、うをえ、にさりへて、のます、あせえほ れけ、

八月八日、秋立つ日、

アメの一二のおほかみ。

夜明けの巻 第12帖 (332)


◆一二三(ひふみ)の裏の御用する身魂も今に引き寄せる

解読をし、ひふみを理解する身魂をメール交換グループに引き寄せる?

それとも、現実に会わせるということでしょうか?


神の心の判りた臣民から助ける御用にかかりて呉れよ、

助ける御用とは清めの御用で御座るぞ、

天地よく見て悟りて呉れよ。

三四五(みよいづ)の御用は出来上がりてしまはんと御用してゐる臣民にはさっぱり判らんのであるぞ、

つかわれてゐるから判らんのであるぞ、

出来上がりてから これは何んとした結構な事でありたかとビックリ するのざぞ。

アメのひつ九のか三とはアメの一二の神で御座るぞ、

アメの(つきひ)の神で御座るぞ、

元神で御座るぞ、ムの神ぞ、ウの神ぞ、

元のままの肉体持ちて御座る御神様ぞ、

つちのひつ九のおん神様ぞ、

つちの(ひつき)の御神様と今度は御一体となりなされて、

今度の仕組 見事成就なされるので御座るぞ、

判りたか、

九二つちの神 大切申せとくどう知らしてあろがな、

今迄の臣民人民、九二の御先祖の神おろそかにしてゐるぞと申して知らしてあらう、

神は千に返るぞ、

九二つちつくること何んなに難儀な事か人民には判るまいなれど、

今度さらつの世にするには人民もその型の型の型位の難儀せなならんのざぞ。

それでよう堪(こば)れん臣民 沢山にあるのざぞ、

元の神の思ひの何万分の一かの思ひせんならんのざぞ、

今度 世変りたら、臣民 此の世の神となるのざぞ。

国の洗濯はまだまだ楽であるが、

ミタマの洗濯 中々に難しいぞ、

人民 可哀想なから延ばしに延ばして御座るのざぞ、

幾ら言ひ聞かしても後戻り許りぢゃ、

言ひ聞かして改心出来ねば改心する様致すより もう手ない様になってゐるのざ。

何時どんな事あっても神は知らんぞ、

上から下までも誰によらん今迄の様な我儘させんぞ、

役員 馬鹿にならなならんぞ、

大のつく阿呆になれよ、

のつく阿呆にあやまって呉れるなよ、

阿呆でないと今度の誠の御用なかなかざぞ。

命捨てて命に生きる時と申してあろがな、

非常の利巧な臣民人民アフンで御座るぞ、

今にキリキリ舞するのが目に見へんのか。

何時も変らぬ松心でおれと申して御座ろがな、

建替へ致したら世界は一たん寂しくなるぞ、

神が物申して居る内に改心せなならんぞ、

後悔間に合はんと申してあろがな。

十一月二十三日、ひつ九のかミ。

雨の巻 第07帖 (341)

特殊文字


◆三四五(みよいづ)の御用は出来上がりてしまはんと御用してゐる臣民にはさっぱり 判らんのであるぞ

建替へ致したら世界は一たん寂しくなるぞ

● 都市攻撃、ノアの大洪水、百日間の雨それらによって一旦地上は洗い清められ建替え られます。

そして、てんし様があめつちの神々様をまつりあわせ、建直しをします。

そこまで行かないと一旦何のためにここまで、こんなにするのかがちんぷんかんぷん ですよ。と言った具合でしょうか。

どうも・・・

立替(建替)→ 建直しを実施する前段階の取り壊し、解体を指しているように思え ます。

立直(建直)→ 解体後の再構築を言っているように思えます。


一番尊い所 一番落してあるのぢゃ、

此の事判りて来て天晴れ世界唸(うな)るのぢゃ、

落した上に落して もう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、

引繰り返すのでないぞ、

引繰り返るのぢゃぞ、

此の事 間違へるでないぞ。

此の道 難しい道でないぞ、

欲はなれて、命はなれてなる様にしておりて下されたら それでよいのぢゃ。

今が神国の初めぞ、

今までのことすっかり用ひられんのに未だ今迄の事云ふて今迄の様な 事考えてゐるが、

それが盲聾(めくらつんぼ)ざぞ、

今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ、

皆 鼻ポキン許りぢゃなあ。

まだまだ俘虜(とりこ)になる者 沢山あるなれど、

今度の俘虜(とりこ)まだまだぞ、

何れ元に帰って来るから、

元に帰って又盛り返して来るなれど、

またまた繰り返すぞ、

次に又捕へられる者 出て来るのざぞ、

次はひどいのざぞ、

是も因縁ざぞ。

神の国は誰が見ても、どう考へても、

二度と立ち上がられん、

人民 皆外国につく様になって、

此の方の申した事、神示に書かした事、

皆 嘘(うそ)ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ、

人民臣民 早合点して御座るが九分九分九厘と申してあろがな、

事務所作らいでもよいぞ、

事務所作るのは表の仕組ぞ、

裏の御用 事務所禁物ぞ、

それぞれの役員殿の住むとこ皆それぞれの事務所でないか、

よく相談してやりて下され、

段々判りて来るぞ。

表と裏とあななひぞ、

あななひの道と申してあろ、

引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのであるぞ、

今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にするでないぞ、

地でも改めしてまだまだ曇り取らなならんぞ、

磨けば皆結構な身魂許りぢゃぞ、

人民の肚さへたら天もさへるぞ、

心鎮(しづ)もれば天も鎮もるぞ、

神勇むぞ。

我(が)はぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されんぞ、

我の無い様な事では、我で失敗(しくじ)た此の方の御用出来ないのざぞ、

毒にも薬にもならん人民 草木にかへしてしまふぞ。

此の神示 無闇(むやみ)に見せるでないぞ、

神示は出ませんと申せよと申してある事 忘れるでないぞ。

天の規則 千でやる事になってゐるのざぞ、

今度 規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、

神くどう気付けておくぞ。

次に世に出る番頭殿 まだ神なきものにして御座るから一寸先も判らんぞ、

先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、

三日天下でお出直しぞ、

その次もその次も又お出直しぢゃ、

此の神示よく見てこの先何うなる、

其の先どうなると云ふ事、

神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治ないぞ、

すればする程 悪うなるぞ、

神にはこうなる事判って呑んでゐるのざから、

何んなことあっても心配ないなれど、

それでは臣民 可哀想なから、

此の神示ウタにして印刷して世によき様にして皆に知らしてやれよ、

表の集団でよいぞ、

神は天からも地からも日も夜も九十(コト)で知らしてゐるのに、

九十(コト)聞く身魂ないから、

九十(コト)きく御身(みみ)曇りてゐるから、

人民は判らんなれど、

余り判らんでは通らんぞ、

早う洗濯掃除せよと申してゐるのざ。

人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、

掃除ぞと申して知らした事忘れたか、

地に足つけよと申した事判らんのか、

百姓になれ、大工になれと申した事判らんのか、

(てん)の地もあるぞ、

天の百姓、大工もあるのざぞ。

善と悪と小さく臣民分けるから判らんのざぞ、

大きく目ひらけよ。

松食(お)せよ、

松おせば判らん病直るのぢゃぞ、

松心となれよ、

何時も変らん松の翠(みどり)の松心、

松の御国の御民幸あれ。

十二月十八日、

ひつ九のかみ。

雨の巻 第14帖 (348)

使用された特殊文字


◆落した上に落して もう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、引繰り返すのでな いぞ、引繰り返るのぢゃぞ

人民 皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆 嘘(うそ )ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ

事務所作るのは表の仕組ぞ、裏の御用 事務所禁物ぞ、

それぞれの役員殿の住むとこ皆それぞれの事務所でないか、

よく相談してやりて下され、

段々判りて来るぞ。

表と裏とあななひぞ、

あななひの道と申してあろ、

引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのであるぞ、

今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にするでないぞ、

地でも改めしてまだまだ曇り取らなならんぞ、

磨けば皆結構な身魂許りぢゃぞ、

人民の肚さへたら天もさへるぞ、

心鎮(しづ)もれば天も鎮もるぞ、

神勇むぞ。

我(が)はぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されんぞ、

我の無い様な事では、我で失敗(しくじ)た此の方の御用出来ないのざぞ、

毒にも薬にもならん人民 草木にかへしてしまふぞ。

此の神示 無闇(むやみ)に見せるでないぞ、

神示は出ませんと申せよと申してある事 忘れるでないぞ。

天の規則 千でやる事になってゐるのざぞ、

今度 規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、

神くどう気付けておくぞ。

●上下引繰り返るのぢゃ、引繰り返すのでないぞ、引繰り返るのぢゃぞ →フライパンの上でひっくり返すのではなく、ごろんとひっくり返るのです。

ノアの大洪水を言っているようですね。

人民 皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆 嘘(うそ )ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ →都市攻撃やノアの大洪水なんてありっこ無い。もしくはそんな関心も無い状況を言 っているように思えます。

事務所作るのは表の仕組ぞ、裏の御用 事務所禁物ぞそれぞれの役員殿の住むとこ皆そ れぞれの事務所でないか、

よく相談してやりて下され、段々判りて来るぞ。

→裏の御用とは、諸世紀、ひふみを読み解く、理解する、ハラにおさめる。

人民の肚さへたら天もさへるぞ、心鎮(しづ)もれば天も鎮もるぞ、神勇むぞ。

→百匹目の猿の元、集合無意識に根付かせる元としての御用。

ひふみを肚におさめた ならば、神はこの世でそれを現実化していくことが出来るのです。

我(が)はぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されんぞ、

我の無い様 な事では、我で失敗(しくじ)た此の方の御用出来ないのざぞ、

毒にも薬にもならん 人民 草木にかへしてしまふぞ。

→過去に、自分を前面に押し立てて失敗した、もしくは自分を押し殺しすぎて失敗し た、自他を見誤って身動きが取れなくなった、そのような経験からの学びが無い者で は御用は務まらんぞ、といった感じではないでしょうか。

天の規則 千でやる事になってゐるのざぞ

→これ、さりげなく、千成さんとこでやることにしてるぞ!と言っているような気が するのですが、気のせいでしょうか?


千成記

もちろん気のせい。(^-^)


これまでは「いろは」でありたが、愈々一二三(ひふみ)の力 加はるぞ、

「いろは」はやさしいが「一二三」は新(あら)いから、

新事(あらごと)もするから その覚悟致されよ、

その覚悟よいか、

きたない心すててゐると、

小さい心大きくなって自分でもびっくりする様 結構が来るぞ。

警察いらんと申してあるぞ。

八月九日、

一二

マツリの巻 第02帖 (406)



山本健吉

『いのちとかたち』

1983 新潮社

original

transelater

「稜威」

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0483.html

そこで本書は、このような感染可能な「やまとだましひ」をさぐりながら、その背 景に「イツ」という観念が動いていたのではないかと推理が進む。

イツとは「稜威」と綴る言葉で、この言葉がわかる日本人は専門家をのぞけばほと んどいないのではないかとおもう。

あえて民族学用語をあてはめればマナにあたるかもしれないが、マナとはだいぶんちがう。

稜威は折口信夫なら外来魂ともいうことになる。

古代文学史では天皇霊に稜威をつかうこともある。

折口か柳田かは忘れたが、琉球語では稜威は「すでる」にあたると 読んだことがある。

山本健吉自身は「よみがえる能力を身にとりこむこと」とか「別 種の生を得ること」とか「生きる力の根源になる威霊を身につけること」というふう に稜威を説明しているが、ちょっとピンとこない。

いずれにせよ本書は、こうした稜威をめぐる重要な一節を挟んでおきながら、そこ に深まらないで、ふわりと枕詞や歌枕の話に移行するためにあれこれの引用をしはじ めるのだが、ぼくにはそれもまた次の理由でおもしろかった。

それは、枕詞や歌枕が歌という様式をつかって稜威に入るためのものではなかった かと思えたからである。

本書はそこまで踏みこんで言わずに、枕詞や歌枕を「生命の 指標」と言うにとどめているのだが、ぼくは日本語と和歌の本来の関係にひそむ「言 葉としての稜威」という力からみて、そういうこともあっていいと考えた。

本書からの収穫である。

どうみても「たらちねの」「ひさかたの」「たまきはる」といった言葉の呪力は歌 のためにつかう言葉の蘇生というよりも、それらの言葉に託された意味の再生を願っ た「冒頭の稜威」にほかならないからである。

触れるなかれ、なお近寄れ。これが日本である。

これはまた、ぼくの信条である。

また、これが稜威の意味である。

限りなく近くに寄って、そこに限りの余程を残していくこと、これが和歌から能芸 におよび、造仏から作庭におよぶ日本の技芸というものである。

そこには稜威が仕込まれている。

その稜威からなんらかの生活の再生が連打されるのだ。

たとえば刀の研師(とぎし)たちはその刀が再生しうることを知っている。

その再生への確信を、日本刀ばかりではなくて、どこまで日本文化のさまざまな現象に 広げられるのか。

屏風絵や俳句や内露地の飛石に認めることができるのか。

本書はそのようなことを、最後は世阿弥の能にまで広げて語ろうとしたのであるが、志は途中で終わっている。

何が稜威であるかを指摘そこなった。


番外編

1999年は・・・

九十(コト)九十(コト)九十(コト)は九分九厘のところで!

なんて感じでしょうか

以上


千成記

julaさんの検索パワーの凄さ!

これだけ、ジュラ〜っと並べていただくと、超難解な神示も、それぞれの 関連性がわかってきますね。

「なるほどそういう意味だったのか」

とみなさん納得していただきつつあるのではないでしょうか!

それにしてもこの神示うまく考えてありますね。

全体を小さいピースに分けて、ばらばらに配置して、同じ単語が入っている 帖をジュラ〜っと並べないと理解できないようにしてある。

ジュラ〜っと並べるには、検索機能の完備したコンピューターが人々に 行き渡るまで理解できない!

そして検索の達人julaさんの登場!

しかしjulaさんがいかに達人でも、体力がないとこれだけたくさんは−−。

みなさんにとっては斜めに読むだけでもお疲れかと−−。

番外編の解釈おもしろかったです。

でも1999年だとjulaさんの検索切りのウルトラ技がみなさんに見ていただけなかったかも!