Ufoとひふみ神示良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO3041 

(天使のつぶやき)


ひふみ神示における「捨てる」とは其の二 


世界中がいくら集まって、よき世にいたす相談いたしても、

肝腎のが判らんから、まとまりつかん。

たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。

その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。

改心ぢゃ。

弥栄行くことぢゃ。

金持つと金の地獄に

理屈もつと理屈の地獄に、

神に捉はれると神の地獄に

落ちて苦しむぞ。

持たねばならんし、中々ぢゃなあ。

先づ求めよ、

求めねばならん。

先づ捨てて求めよ、

求めて行ぜよ。

(一月三日)

黄金の巻 第090帖 (601)

(使用された特殊文字

◎イザナミの命イザナギの命別れ別れとなった片割れ八方の世となっているため、

肝心要の摂理が見えなくなっています。


生命すててかからねば、まことの理解には入れん道理。

身慾信心では駄目。

いのち捨てねば生命に生きられん道理。

二道二股 多いと申してあらう。

物の文明、

あしざまに申す宗教は亡びる。

文明も神の働きから生れたものぢゃ。

悪も神の御働きと申すもの。

悪にくむこと悪ぢゃ。

善にくむより尚悪い。

何故に判らんのか。

弥栄と云ふことは歩み一歩づつ喜び増して行くことぞ。

喜びの裏の苦に捉はれるから判らんことに苦しむのぢゃ。

苦と楽 共に見てよと申してあらう。

偶然の真理、早う悟れよ。

(一月三日)

黄金の巻

第097帖 (608)

◎喜と苦は、善悪と同様表裏一体なんですね。


の中のの中の は一であり、

二とひらき、三と生命するぞ。

理は一(ヒ)で二(フ)で、三(ミ)であると申してあらう。

一(ヒ)も二(フ)も三(ミ)も同じであり、

違って栄えるのざ。

一二三(ヒフミ)であるぞ。

このこと教へられても判るまい。

ハラで判る大切こと、ハラ大切ぞ。

かたまってはならん。

に捉はれるとは判らん。

地の定規ではかってはならん。

如何なる天国も自分でつくるのぞ。

そろばん捨てよと申してあらうがな。

よろこびは理(ミチ)ぞ。

数ぞ。言ぞ。真理ぞ。愛善ぞ。

生命のイキと云ふこと判るであらう。

天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。

天国は霊人のみの住む所でないぞ。

そなた達も今住んでゐるでないか。

霊人も現界に住んでゐるでないか。

現界をはなれて天国のみの天国はないのであるぞ。

故にこそ、現界で天国を生み出し、天国に住めんものが、死んで天国へ住める道理ないのぢゃ。

アメツチと申してあらう。

この道理よくわきまえよ。

善とか悪とか真とか偽とか愛とか憎とか申すのは相対の天国ぞ。

まことの天国には喜びのみが生きてゐるのであるぞ。

喜びの中にとけ入って、喜びのものとなってゐるのであるぞ。

喜び食し、喜び着、喜びを呼吸し、喜び語り合って、嬉し嬉しとなるのぞ。

いらんものは形が変って来る。

新しき生命 湧き出るのであるぞ。

善が悪と、真が偽と変った時は死となるぞ。

その死は新しき別の生命と現はれて、新しき形の、新しき世界の善となり真となるのぞ。

善も悪もないのざと申してあらう。

善悪はあるが無いのざと申してあること判りたか。

自分自身、己の為の善は死し、

善の為の善は弥栄えるぞ。

死んだものは新しき形をとって生命するのであるぞ。

弥栄の道、神の喜び人間の喜びの中にあるぞ。

愛ざと申して愛に囚はれて御座るぞ。

真ざと申して真に囚はれて御座るぞ。

喜びに生きよ。

宗教に囚はれてはならん。

道に囚はれてはならん。

喜びに生きて、喜びに囚はれるなよ。

お互に喜びの湧き出づることでなければ真の愛でないぞ。

理(ミチ)でないぞ。

天国に理あると申すが、今の人間の申したり、考へたりするやうな道でないぞ。

道なき理と申してあらうが。

喜びが理であるぞ。

嬉し嬉しの理、早う合点せよ。

生命栄えるもの皆喜びであるぞ。

信仰とは、その喜びの中にとけ入ることぞ。

生も死もなくなるのざ。

時間や空間を入れるから、知(血)、通はなくなるのぞ。

(一月二日)

白銀の巻 第03帖 (614)

(使用されている特殊文字


はじめの喜びは食物ぞ。

次は異性ぞ。

何れも大きな驚きであろうがな。

これは和すことによって起るのぞ。

とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。

よろこびは神ぢゃ。

和さねば苦となるぞ。

かなしみとなるぞ。

先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。

そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。

ぢゃがこれは外の喜び、

肉体のよろこびぞ。

元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。

その大きな喜びを与へてあるのに、何故 手を出さんのぢゃ。

その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。

何故に神示を食べないのか。

見るばかりではミにつかんぞ。

よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。

喜びが神であるぞ。

次には神との交わりぞ。

交流ぞ。

和ぞ。

そこには且って知らざりし おどろきと大歓喜が生れるぞ。

神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。

神が霊となり花むことなるのぢゃ。

人民は花よめとなるのぢゃ。

判るであろうが。

この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。

永遠につづく結びぢゃ。

結婚ぢゃ。

何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。

よろこびぞ。

花むこどのが手をさしのべてゐるのに、何故に抱かれんのぢゃ。

神は理屈では判らん。

夫婦の交わりは説明出来まいがな。

神が判っても交わらねば、神ととけ合はねば真理は判らん。

なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。

神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。

消えざる火の大歓喜ぞ。

これがまことの信仰、

神は花嫁を求めて御座るぞ。

早う神のふところに抱かれて下されよ。

二月一日。

月光の巻 第38帖 (825)