トッチさんのメール
トッチです。
第七帖から第十九帖までは、第三帖から六帖までの補足説明的なもののようです。
これらはサタンのまやかしに惑わされないため、また、立体の仕組みを理解する上で必要な知識なのでしょう。
平訳だけで十分と思いまして個別の解説は省きましたが、必要であれば後の機会にやってみます。
総じて言えば、
1、低次元の霊でも高い次元の霊と見間違う程の存在がある。
2、人間に降りて神の言葉を伝えるものや、人間に取り付くものは殆ど低い霊である。
3、しかし、場合によっては高い霊が人間に宿っている場合がある。
これはミロクの場合がそうですね。
4、正神的存在は奇跡など起こさない。
大宇宙の法則そのものが奇跡といえる。
イエスやサイババ、しいてはブッタも奇跡を起こしているようですが、これはサタンの息がかかっている何よりの証拠と言えそうですね。
そして、これらは滅びます。
奇跡に囚われないで下さい。
浄化した高級霊ともなれば人民に判るような感応は殆どありません。
5、霊には愛を持って接する事。
●弟十七帖と第十九帖だけ個別に解説を入れています。
五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第七帖(66)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(915)
仙人と申すものは如何に高度なものであっても、
それは幽界に属す、
仙人界には戒律があるからぞ、
神界には戒律なし、
戒律ある宗教は亡びる、
マコトの宗教には戒律はないぞ。
しかし神界にも仙人的存在はあるぞ。
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(意訳)
仙人と云うのは如何に高度なものであっても、
それは幽界に属するものです。
その理由は仙人界に戒律があるからです。
神界に戒律はありません。
戒律のある宗教は亡びます。
真・誠の宗教に戒律はありません。
しかし、神界にも仙人的な存在はいます。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第八帖(67)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(916)
竜体をもつ霊は神界にも幽界にもあるぞ、
竜体であるからと申して神界に属すると早がってんならん。
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(意訳)
竜体を持つ霊は神界にも幽界にもいます。
竜体であるからと云って神界にのみ属すると早合点してはいけません。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第九帖(68)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(917)
霊界にすむものは多くの場合、
自分の住む霊界以外のことは知らない。
その霊界が総ての霊界であるかの如く思ふものであるぞ。
同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのであるなれど、
段階が異なってくると判らなくなるのであるぞ。
他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからである。
人民界のことをよく知ってゐる霊は、
人民界を去って間もない霊か、
地上世界に長く住んでゐた動物霊か、
人民に憑依してゐた霊であるぞ。
特別な使命をもつ天使は別として、
人霊以外の霊で人民に憑依するのは、
日本では天狗風(てき)、
神風(てき)、
仙人風(てき)、
狐風(てき)、
狸風(てき)、
猫風(てき)
などが大部分であるから気つけおくぞ。
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(意訳)
霊界に住むものの多くの場合、自分の住む霊界以外のことは知りません。
その霊界が総ての霊界であるかの如く思っているのです。
同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのです。
ですが、段階が異なってくると判らなくなるのです。
他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからです。
人民界のことをよく知っている霊は次ぎのような霊達です。
人民界を去って間もない霊
地上世界に長く住んでいた動物霊
人民に憑依していた霊
特別な使命をもつ天使は別として、人霊以外の霊で人民に憑依するのは日本では天狗風(てき)、神風(てき)、仙人風(てき)、狐風(てき)、狸風(てき)、猫風(てき)などが大部分です。
ですから、注意しなさい。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十帖(69)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(918)
人間の肉体に他の霊が入って自由にしてゐるのだと、
多くの霊覚者やサニワが信じてゐるなれど、
事実そう見へるなれど、
それは誤りであるぞ。
人間の肉体は原則として真理の宿り給ふ神の生宮であるから、
下級霊は中々に入ることは出来ん。
例外はあるなれど、肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、
時によって動物的、幽界的となるものであるから、
それと同一波調の動物的霊が感応する、
感応はするが肉体の内部迄は入り込めない、
しかし感応の度が強ければ入ったと同様に見へる状態となるのである。
先祖霊も大体同様であるぞ。
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」
(意訳)
人間の肉体に他の霊が入って自由にしているのだと、多くの霊覚者やサニワが信じています。
事実その様にも見えますが、それは誤りです。
人間の肉体は原則として真理の宿り給う神の生宮ですから、下級霊は中々に入ることが出来ません。
例外はあります。
肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は時によって動物的、幽界的となります。
ですから、それと同一波調の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部迄は入り込めないのです。
しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える状態となるのです。
先祖霊も大体が同様です。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十一帖(70)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(919)
霊には物質は感覚の対象とはならない、
霊には、人間の肉体は無いのと同じである。
祖先霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意せよ。
動物霊が何故祖先のことを知るかと申せば、
その憑依の対象となる人間の肉体霊の知ってゐることを、
直ちに知り得るからである。
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(意訳)
霊には物質は感覚の対象とはなりません。
霊には人間の肉体は無いのと同じです。
祖先霊に化けて、何かを企てる動物霊が多いから注意しなさい。
動物霊が何故祖先のことを知るかと云えば、その憑依の対象となる人間の肉体霊の知っていることを、直ちに知り得るからです。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十二帖(71)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(920)
動物霊が人間の言葉を使ふことは、
フに落ちないと申すものが沢山あるなれど、
よく考へて見よ、例へば他人の家に入って、
其処にある道具類をそのまま使用するのと同じ道理ぢゃ、
判りたか、動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、
その人間のもつ言葉を或る程度使いこなせるのであるぞ、
故に日本人に感応すれば日本語、
米人なれば英語を語るのであるぞ。
今の偉い人民がこの神示をよむと、
理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、
下級霊の所産だと断ずるなれど、
それは余りにも霊界の事を知らぬ霊的白痴であることを、
自分で白状してゐるのぞ、
気の毒ぢゃなあ、
ましてこの神示は八通りに読めるのであるから、
いよいよ判らん事になるぞ。
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(意訳)
動物霊が人間の言葉を使うことは腑に落ちないと云う方たちが沢山います。
ですが、よく考えて見なさい。
例えば、他人の家に入って、其処にある道具類をそのまま使用するのと同じ道理です。
判りましたか。
動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、その人間のもつ言葉を或る程度は使いこなせます。
故に、日本人に感応すれば日本語、米人に感応すれば英語を語るのです。
今の偉い人民がこの神示を読むと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、下級霊の所産だと断じます。
なれど、それは余りにも霊界の事を知らない霊的に白痴であることを、自分で白状していることと同じす。
大変に気の毒な方たちです。
まして、この神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らない事になります。
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五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十三帖(72)
昭和三十六年八月三日、
旧六月二十二日(1961年)
(ひふみ神示 第三十四巻)(921)
時に、例外として人間の魂と動物の魂と入れ替ってゐることもあるぞ、
この場合は肉体に入り込んだと考へてよいぞ。
こう言ふ場合、例へばそれが狐ならば狐の様相を露呈するから、
誰にでもすぐ判るなれど、
悪行を積んだ霊ともなれば巧みに、
その時代々々の流れに合せて化けているから、
中々見破ること六ヶ敷いぞ、
心得なされよ。
或る種の霊は、
自分自身は高度な神界に住んでゐると誤信してゐるものもあるが、
こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い、
人間が知らぬ世界のことを、
自信を以って強く告げられると、
多くのサニワは参って了ふぞ。
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(意訳)
時に、例外として、人間の魂と動物の魂とが入れ替っていることもあります。
この場合は肉体に入り込んだと考えてよいのです。
こう言う場合、例へば、それが狐ならば狐の様相を露呈するから、誰にでもすぐ判ります。
ですが、悪行を積んだ霊ともなれば巧みに、その時代々々の流れに合せて化けているから、中々に見破ることは難しいです。
人民は心得ていなさい。
或る種の霊は自分自身は高度な神界に住んでいると誤信しているものもあります。
こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多いです。
人間が知らぬ世界のことを、自信を以って強く告げられると、多くのサニワは参ってしまいます。
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