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3太地喜和子はなぜ死んだのか
中上健次死去後間もない10月13日、文学座の看板女優であった太地喜和子さんが「事故死」しています。長田渚佐著『欲望という名の女優 太地喜和子』に、「事故死」の不可解さが詳細に書かれています。同書によると、太地氏は公演先の下田の海に車ごと転落して「水難死」したのですが、芝居がはねてからスナックで飲んでいた、その店のママの運転する車で、従業員など男性一人を含む4人で、深夜のドライブに出かけて起こった事故だったとのこと。しかし不可解なことには死んだのは、太地喜和子ただ一人。当夜太地は、子羊の柔らかいブーツを履いていたそうですが、そのブーツには傷一つついていなかったという。水棲動物以外、水に落ちてもがかない生き物は皆無です。柔らかいブーツに傷一つついていなかったということは、太地はまったくもがかずに死んだか、もがけない状況で海底に落ちたかのいずれかです。午前2時すぎ、車は水深3.8メートルの海底に転落、他の3人は脱出して助かったそうですが、太地一人、後部座席に浮くようにして死んでいたそうです。
同乗者が3人もいて、しかも男性がいたわけです。仮に太地が脱出に手間どったとしても、助ける気があれば男性が手を貸せば難なく救助できたはず。しかしもがいた跡がないわけですから、おそらく転落前から太地は意識不明状態にあったとみるのが妥当でしょう。深夜の海底ダイビングは、「事故死」と見せかけるための工作であった可能性は非常に高い。さらに不可解なのは、車が落ちたのは、伊東消防署の目の前だったという。たまたま近くにいた女性(深夜の2時頃、消防署の側にいた??????!!!)が事故を目撃して消防署に連絡。すぐに駆けつけた消防署員によって3人は救助され、意識不明の太地にも人工呼吸が施されたが蘇生せず、「水難死」が確認されたという。警察の検証はこの後のことであったという。誰がみても非常に不自然な、人為的なシナリオが透けて見えます。3人の救助だけが前提にされた謀殺のシナリオです。消防署員がやるべき処置を施した上での水難死確認の報告を受ければ、警察の現場検証もそれを前提にしてなされます。かくてこの不可解な死は、「事故死」という公認の印を押されたわけです。著者の長田氏も太地の関係者も、そうとはっきり口にはしていませんが、「事故死」という判定には納得できない気持ちを抱いているようです。もちろん、わたしのいうような謀殺だとは夢考えてはいないはずですが、太地喜和子は、不可解な状況下で「事故死」を余儀なくされたことだけは確かです。
わたしが今、太地喜和子の怪死をとりあげるのは、その名からも判断できるように和歌山に縁のある人物だからです。事実彼女の両親は和歌山太地に出自をもち、親戚縁者も現在も太地にいるとのことも同書で知りました。太地家は旧家だそうで土地の有力者も当然含まれていますが、地理的には太地は新宮の近くです。城主中上健次亡き後の新宮進出を狙う柄谷・浅田、大作にとっては、当地に縁のある有名人は邪魔なだけ。あらゆるジャンルの、めぼしい人物の調査ファイルを集めている創価学会のことです。創価学会本部のすぐそばにある、老舗劇団文学座の詳細なファイルも、当然作成していたはずです。ましてやその華やかさで演劇界のみならず、幅広い人気を博していた女優太地喜和子は、マークリストの上位に位置していたと思われます。有名人を一人でも多く取り込みたいというのが大作の基本方針ですが、太地喜和子はもとより、文学座そのものが創価学会になびくことなどありえぬ話です。それかあらぬか、太地喜和子の死去後は、文学座の主柱であった杉村春子や荒木道子も相次いで亡くなっています。さらにはベテラン俳優、演出部員も次々と死去。男優は老大家からベテランまでほぼ健在ですが、女優が看板を背負っていたいた文学座にとっては、強力なエンジンをもぎとられたような感じがします。
創価学会は近年、創価大学教授などを使いながら、それまで縁のなかった演劇界にまで手を伸ばしはじめています。乗っ取りの名手大作のことゆえ、目の先にある老舗劇団を乗っ取ろうと考えても不思議ではありません。そのためには強烈な個性をもつ人気女優は邪魔ものです。太地喜和子は二重の意味で抹殺の対象になったのかもしれません。乗っ取り遂行のためには実力者は排除。この鉄則は、演劇界のみならず、あらゆる場面で貫徹されました。福岡・九州はその集中打を浴びた感じです。上野英信はすでに87年に亡くなっていますが、92年には井上光晴、丸山豊、94年は葦書房社長久本三多、95年には谷川雁、福岡グリーンコーポ専務理事兼重正次。九州の思想的心臓部を担ってきた人々です。彼らの相次ぐ死が不可避のものであったのか、人為的なものであったのかはにわかには証明でませんが、少なくとも彼らの死が、柄谷・浅田、大作・西武の福岡、九州攻略を可能にしたことだけは事実です。人的空白地帯には、計画生産による人工的「スター」が突如として浮上してきました。
なお和歌山絡みでもう一人怪死者をつけ加えておきます。和歌山1区選出の前保守党議員、中西啓介元防衛庁長官です。95年に長男とご本人のスキャンダルで議員辞職。00年6月の衆院選で自民党の推薦を受けて立候補するも、8選ならず落選。01年12月中旬、肝臓と糖尿病で入院、02年1月27日、心不全で死去、60歳。その政治姿勢を問うよりも、中西氏の失脚、死去なしには、文化犯罪者の和歌山進出は不可能であったということを強調しておきます。
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