便衣兵狩りが合法であることは、既にさまざまな角度から検証しましたが、
今回は、それ以外の制服を着た中国兵について、国際法を前提に
考えてみたいと思います。
交戦者の資格には四つの条件がありますから、制服を着ていれば
それで良いというわけではなく、他の3条件も満たしていなければなりません。その中の一つに
「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト」
という規定があります。
この解釈についても、便衣兵と同じように議論があるようです。
まず、この場合の「頭」が何を意味するかですが、最高指揮官を意味するという意見と部隊指揮官
でも構わないという意見があるようです。
もし、「頭」が部隊指揮官でも構わないとするならば、なんらかの理由により指揮系統が崩壊しても各部隊の指揮官が
残っていれば、その部隊の兵士たちには、捕虜資格が認められることになります。
(もちろん他の交戦者資格の条件も具えていることが前提)
たしかに部隊指揮官さえいれば、兵士たちを統制することは、可能ですから、それだけで充分という気もしますが、
部隊指揮官にも上官がいることを考えると、妥当な解釈とは言えません。
この点については、次の学説が参考になるでしょう。
■戦争法 前原光雄 ダイヤモンド社 P145部下のために責任を負ふとは、部下のため上司に對して責任を負ふ意味である。
つまり「頭」(部隊指揮官)は、部下のため上司(上官)に対して責任を負わなければなりません。
部隊指揮官には、上官から命令を受けそれを部下達に遵守させる責任があります。
もし、指揮系統が絶たれ、上官との連絡が取れなくなれば、上官から命令を受けることができず、
その命令を部下達に守らせることもできません。
これでは、上司(上官)に対して責任を負うことは出来ませんから、この部隊指揮官は、「頭」として
の資格を喪失したことになります。
また、部隊指揮官自身も上官との連絡が取れなくなった時点で、指揮官不在に陥るのは、言うまでも無
いことです。
そして上官にも、上官がいるはずで、その上にもまた上官が・・・というように上へ上へと辿っていくと、結局、最高指揮官に辿りつきます。
また、信夫はウェストレークを引用して
■「戰時國際法提要(上)」 信夫淳平 照林堂書店 P380〜381ウェストレークは『此に謂ふ責任とは單に有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)を意味するのみ。』と
説く(Westlake, U, p. 65)。
と述べています。
指揮系統が断たれ、上官からの命令を受けることが出来なくなれば、部下たちにその命令を守らせることも、命令違反を取り締まることも出来ませんから、「有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)」は、
失われたことになります。
これらのことを踏まえると、全軍が最高指揮官によって統制されていなければ、
交戦者の資格は認められないことになるでしょう。
次に、これを南京の中国軍にあてはめてみます。
南京防衛軍指揮官・唐生智は、12月12日夜、南京市を脱出しました。
これにより南京防衛軍は、指揮系統が崩壞し統制を失いました。
この点については、研究者の間でも大旨意見が一致しているようです。
二つほど例を挙げましょう。
まずは、笠原教授。
■岩波新書 「南京事件」 笠原十九司 岩波書店 P133しかし、南京城複廓陣地と城内には、司令部と上級指揮官を失い防衛軍の指揮系統が崩壞した十数万の将兵、雜兵、軍夫が
日本軍の攻囲下に残されたのである(笠原 南京防衛線と中国軍)。
次に東中野教授。
■「「南京虐殺」の徹底検証」 東中野修道 展転社 194〜195「ダーディンは「配下の參謀にさえ知らされなかった唐生智の逃亡は、支那軍を、指揮官不在 leaderless とした」と指摘している。
このため支那軍は「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者」を持たない無統制の集団となってしまったのである。」
いずれも南京防衛軍が指揮官不在だったことを認めています。
また、東中野教授も引用していますが、ダーディン記者も記事の中で「指揮官のいない軍隊」と書いています。
つまり、唐生智の南京脱出により各部隊の部隊指揮官は、「有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)」を失い「部下のため上司に對して責任を負ふ」ことも出来ない状態になったわけです。
指揮官不在で指揮系統が崩壞し無統制な集団となった南京防衛軍の兵士たちに交戦者の資格が無い事は明らかです。
2005/03/26→20060204改訂
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