【南京戦と戦争犯罪‐2】
便衣兵と国際法Part2
軍人の名誉
指揮官の必要性


<HOME>

 便衣兵と国際法 Part2
今回もまた、便衣兵です。といっても前回の補足です。

補足1:巻き込まれた民間人の犠牲は?

無裁判での殺害が、必ずしも違法でないことは、前回説明しました。
しかし、便衣兵狩りでは、多数の民間人が巻き込まれたと言われています。
兵隊を殺害するのは合法としても、これは、違法にならないのでしょうか?

戦時国際法の原則としては兵隊と民間人を区別した上で民間人は保護し、兵隊のみを攻撃の対象にしなけらばなりませんが、これは兵隊と民間人の 区別が可能な場合を前提にしており、区別が不可能な場合は民間人の殺害も認められます。

このことから、便衣兵狩りで民間人が巻き込まれたとしても、違法とはならないでしょう。

補足2:違法説に対する反対意見

前回、”犯罪で告発した場合は裁判に依らなければ処刑は認められない”ということに関しては、いくつかの学説を紹介しましたが、 実は、これについては、反対意見もあるんですよね。

たとえば、信夫淳平は、違法な民衆軍について、戦律犯に問われるとし、敵手に落ちれば”直ちに”殺害されると述べています。 これは、犯罪者に対する即決処刑を認めたものといえるでしょう。

これ以外にも、第二次大戦末期の連合国に於て戦犯の処分については、裁判による処罰を支持する意見と、それに反対する意見、 すなわち即決処刑を支持する意見があったといいます。

当時の国際法では、間諜を除く戦時重罪の裁判については、条約法は存在せず慣習法上の規定と考えられていました。 慣習法は一般的慣行の存在が成立要件の一つですから主要国を含む多数の国々の国家実行が一致していなければなりません。
つまり慣習法が成立していたのであれば、一部の例外(一貫した反対国の存在など) を除いて、国家間で意見が対立することは無いはずなんですよね。

これらの(違法説に対する)反対意見からすると、本当に即決処刑を禁止する国際法が存在したのか、大いに疑問です。 仮に、原則としてはそうだったとしても、例外的に即決処刑が認められる場合もあったのではないでしょうか?
合法派の中には便衣兵こそ、その例外に相当するという意見もあるようです。
     ↓
北の狼ファンクラブ 「便衣隊」考編 処刑の手続き問題(終):ベトナム
http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello16.html
[Top Page : http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/index.html]

>勿論、「戦時重罪犯」は「正規に軍事裁判(軍律法廷)」にて処罰を加えるのが一般的な慣行であり、「南京事件」当時、国際慣習法として確立されていた。
>しかし、ゲリラ・便衣兵はその例外と言えよう。


2005/02/12


 軍人の名誉
便衣兵とよく比較されるものに、間諜があります。

間諜を処刑する際には裁判が必要であることが、ハーグ陸戦法規第30条で定められています。 しかし、間諜の処罰になぜ裁判が必要なのかについては、書かれていません。

これについて有賀は、アメリカ独立戦争時に起きたアンドレ事件を引用した上で間諜とそれ以外の者を区別するために 裁判が必要になったと述べています。 そして審判を経ずして「間諜ノ刑」に処す(犯罪者として処罰する)ことは、認められないとのこと。

偵察や普通敵兵に関しては、軍人の名誉を尊重する死であれば審判は必要ありませんから明確な違いがあります。

軍人の名誉は、第二次大戦当時の軍人たちにとっても、重要なものだったようで、たとえば ニュールンベルク裁判で死刑になったヴィルヘルム・カイテルは、戦犯容疑で逮捕された後に次のように 語ったそうです。

■「ヒトラーの戦士たち」グイド・クノップ 原書房 P105依頼人カイテルの意図は、「自分の命令を執行したひとびとから、刑事責任の一部を免除してやる」ことだという。 さらに彼は、それによって「不名誉な絞首刑」を免れ、その代わりに銃殺隊によって「軍人らしく」処刑されたい、 とのぞんでいる。ネルテはそううちあけた。

ネルテはカイテルの弁護人です。

軍人の名誉は、単に軍人にとって重要というだけではなく、国際法に於いても重要な役割を果たしています。

「国際人道法」 モーリス・トレッリ 斎藤恵彦訳 白水社 P31軍人の名誉感覚はながいあいだ戦闘における悪しき行為を阻止する最も確実な手段の一つであった。

このことから軍人の名誉を蔑ろにすることは、戦争犯罪を助長する原因になるといえます。

便衣兵の議論を見ていると、やたらと裁判の有無にこだわる論者を見かけますが、 裁判に懸け処刑することは、罪人と同じ扱いをすることになりますから、 軍人の名誉感覚からすれば、むしろ忌避したいところでしょう。 これは犯罪抑止という点から考えて得策とは、言えません。

つまり戦犯容疑者を捕獲した際に、犯罪者として裁判により処罰するか、軍人として即決で殺害するかは、 大局を見て判断しなければならないことになります。

一見すると、裁判に懸けた方がより人道的な印象を受けるかもしれませんが、現実はそんなに単純ではないということですね。

2005/02/27


 指揮官の必要性
便衣兵狩りが合法であることは、既にさまざまな角度から検証しましたが、 今回は、それ以外の制服を着た中国兵について、国際法を前提に 考えてみたいと思います。

交戦者の資格には四つの条件がありますから、制服を着ていれば それで良いというわけではなく、他の3条件も満たしていなければなりません。その中の一つに

「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト」

という規定があります。
この解釈についても、便衣兵と同じように議論があるようです。

まず、この場合の「頭」が何を意味するかですが、最高指揮官を意味するという意見と部隊指揮官 でも構わないという意見があるようです。

もし、「頭」が部隊指揮官でも構わないとするならば、なんらかの理由により指揮系統が崩壊しても各部隊の指揮官が 残っていれば、その部隊の兵士たちには、捕虜資格が認められることになります。 (もちろん他の交戦者資格の条件も具えていることが前提)

たしかに部隊指揮官さえいれば、兵士たちを統制することは、可能ですから、それだけで充分という気もしますが、 部隊指揮官にも上官がいることを考えると、妥当な解釈とは言えません。

この点については、次の学説が参考になるでしょう。

戦争法 前原光雄 ダイヤモンド社 P145部下のために責任を負ふとは、部下のため上司に對して責任を負ふ意味である。

つまり「頭」(部隊指揮官)は、部下のため上司(上官)に対して責任を負わなければなりません。

部隊指揮官には、上官から命令を受けそれを部下達に遵守させる責任があります。
もし、指揮系統が絶たれ、上官との連絡が取れなくなれば、上官から命令を受けることができず、 その命令を部下達に守らせることもできません。

これでは、上司(上官)に対して責任を負うことは出来ませんから、この部隊指揮官は、「頭」として の資格を喪失したことになります。

また、部隊指揮官自身も上官との連絡が取れなくなった時点で、指揮官不在に陥るのは、言うまでも無 いことです。

そして上官にも、上官がいるはずで、その上にもまた上官が・・・というように上へ上へと辿っていくと、結局、最高指揮官に辿りつきます。

また、信夫はウェストレークを引用して

「戰時國際法提要(上)」 信夫淳平 照林堂書店 P380〜381ウェストレークは『此に謂ふ責任とは單に有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)を意味するのみ。』と 説く(Westlake, U, p. 65)。

と述べています。

指揮系統が断たれ、上官からの命令を受けることが出来なくなれば、部下たちにその命令を守らせることも、命令違反を取り締まることも出来ませんから、「有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)」は、 失われたことになります。

これらのことを踏まえると、全軍が最高指揮官によって統制されていなければ、 交戦者の資格は認められないことになるでしょう。

次に、これを南京の中国軍にあてはめてみます。

南京防衛軍指揮官・唐生智は、12月12日夜、南京市を脱出しました。 これにより南京防衛軍は、指揮系統が崩壞し統制を失いました。 この点については、研究者の間でも大旨意見が一致しているようです。
二つほど例を挙げましょう。

まずは、笠原教授。

■岩波新書 「南京事件」 笠原十九司 岩波書店 P133しかし、南京城複廓陣地と城内には、司令部と上級指揮官を失い防衛軍の指揮系統が崩壞した十数万の将兵、雜兵、軍夫が 日本軍の攻囲下に残されたのである(笠原 南京防衛線と中国軍)。

次に東中野教授。

■「「南京虐殺」の徹底検証」 東中野修道 展転社 194〜195「ダーディンは「配下の參謀にさえ知らされなかった唐生智の逃亡は、支那軍を、指揮官不在 leaderless とした」と指摘している。 このため支那軍は「部下ノ為ニ責任ヲ負フ者」を持たない無統制の集団となってしまったのである。」

いずれも南京防衛軍が指揮官不在だったことを認めています。

また、東中野教授も引用していますが、ダーディン記者も記事の中で「指揮官のいない軍隊」と書いています。

つまり、唐生智の南京脱出により各部隊の部隊指揮官は、「有效的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)」を失い「部下のため上司に對して責任を負ふ」ことも出来ない状態になったわけです。

指揮官不在で指揮系統が崩壞し無統制な集団となった南京防衛軍の兵士たちに交戦者の資格が無い事は明らかです。

2005/03/26→20060204改訂


<HOME>