【南京戦と戦争犯罪‐4】
ブラッセル会議
マルテンス条項


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 ブラッセル会議
便衣兵についての議論を見ていると、ブラッセル会議・露国案が 話題になることがあるようです。
露国案では便衣兵の即決処刑を認めているからなんですが、 問題は、その即決処刑を認めた部分が、最終的にブラッセル宣言では削除されてしまったことにあります。
(ブラッセル宣言は、条約として発効してませんから、慣習法上の問題になります)

これを理由に、当時の国際法では、すでに便衣兵の即決処刑は禁止されていたという意見もあれば
(例えば→http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/aandv/ilow04_04.htm)
露国案は当時の慣習法を表しており、便衣兵の即決処刑は、国際法違反とは言えないという意見もあります。
(例えば→http://nankinrein.hp.infoseek.co.jp/page028.html)

この点については、実に分かりやすい解説がありますので、そちらを引用しましょう。

■万国戦時公法 陸戦条規 有賀長雄編 P92 
即チ露國提案ハ全ク従來既定ノ戦規ニ基キ一モ新案ヲ挿マス、又概シテ仁愛ヲ過度ニシ 爲ニ實用ニ適セサルノ患ナシ。

つまり露国案は、「従來既定」すなわち(ブラッセル会議当時の)現行法そのままで新しいものは一切含まれていないということです。
と、いうことは、即決処刑を認めた箇所も現行法ということになりますから、当時の国際法では便衣兵の即決処刑が認められていた という結論になります。

それじゃぁ、今日はここまで!

……と言いたいところなんですが、これだとちょっと簡単過ぎなので、もう少し話を広げようと思います。 とりあえずタイムマシンに乗った気分で、もっと時代を下ってみましょう。

― 時は1930年代 ―

当サイトで、度々参考にさせて頂いている信夫淳平博士の登場です。
信夫淳平は『上海戦と国際法』の中で「便衣隊の如きもの」について「交戰上の資格如何は、尚ほ殘されたる一の未決問題」とした上で、 その「性質」や「擬律」(犯罪事実に法律を適用すること)については、「交戰者資格限定のC~」と「既往の戰争に於ける先例」 から判定する以外ないとしています。
この本が出版されたのは、1932年ですから、南京戦のわずか5年前。
つまり、南京戦当時でさえ便衣兵を如何に処分するかについては、「未決問題」だったわけです。

便衣兵の即決処刑を違法と断定するのは、当時の状況から考えると、あまりにも強引過ぎるといえるでしょう。

2005/06/18


 マルテンス条項
日本軍による便衣兵狩りを違法とする論者の中には、マルテンス条項を根拠としている場合があるようです。 マルテンス条項とは、陸戦の法規慣例に関する条約の前文の一部で、次の部分を指します。

「解説 条約集 〈第7版〉」 編代/小田滋・石本泰雄 1997年 三省堂 P657 一層完備シタル戦争法規ニ関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、其ノ採用シタル条規ニ含マレサル場合ニ於テモ、 人民及交戦者カ依然文明国ノ間ニ存立スル慣習、人道ノ法則及公共良心ノ要求ヨリ生スル国際法ノ原則ノ保護及支配ノ下ニ立ツコトヲ確認スルヲ以テ適当ト認ム

要するに明文規定がない場合でも、民間人、兵隊を人道的に扱いましょうということを謳っているわけです。 さらに

「解説 条約集 〈第7版〉」 編代/小田滋・石本泰雄 1997年 三省堂 P657 締約国ハ、採用セラレタル規則ノ第一条及第二条ハ、特ニ右ノ趣旨ヲ以テ之ヲ解スヘキモノナルコトヲ宣言ス。

ということですから、交戦者資格を持たない兵士についてもマルテンス条項が適用されることになります。 よって、私服に着替えた敗残兵を殺害した日本軍は、マルテンス条項に違反しており戦争犯罪であるとするのが、 マルテンス条項を根拠とする便衣兵狩り違法論の要旨ということになります。

一見すると理論的には、なにも問題がないように見えるのですが、これが正しいとすると、そもそもハーグ陸戦法規の 第一条、第二条はいったい何のためにあるんでしょう?
とくに第二条では民衆軍の資格について定められていますが、信夫淳平によると、これに違反した場合は、ただちに殺害される ということですから、明らかに上の主張と対立しますよね?

ということで、文献を調べてみたのですが、それによると、そもそもマルテンス条項には、法的強制力がなく、 むしろ努力目標と言った方が適切かもしれません。

たとえば、立作太郎の『戦時国際法論』によると、「寛典を勸奬するの意を含めるもの」とあります。 「寛典を勸奬する」(寛大な処分をすすめる)ということですから、強制では無いことになります。

ほかにも、信夫淳平の『戦時国際法講義』には、マルテンス条項に違反する違法な害敵手段と適法な害敵手段の の判断については、「軍隊指揮官はその裁量にて適當に之を取捨すべきである」という記述があります。 軍隊指揮官の裁量で判断してかまわないということですから、かなり柔軟な対応が可能と考えられます。

この考えは、戦後になってからも変わらなかったようで、1954年(講和条約発効から2年後)に執筆した『国際法講座』では 「軍隊指揮官はその正しき裁量にて正しく取捨すべきである」と記述しており、『戦時国際法講義』と比べて若干の表現の違いはありますが、軍隊指揮官の裁量を認めているという点では同じです。

マルテンス条項に法的強制力がない以上、これを根拠に便衣兵狩りを違法とする主張は否定されることになります。


2005/07/17


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