■「万国戦時公法 陸戦条規」 有賀長雄編 陸軍大学校 1894年 P165〜166
第三節 不規則闘戰者(一(イ)責任統率者
正則軍隊ヲ編成シテ交戰ノ機關タルト否ハ各國ノ擇ム所ニ任スヘシ、戰規
ノ原則トスヘキニ非ス、故ニ正則闘戰者ノ外ハ闘戰者ト看做サスト斷言スル
コトヲ得ス。又正則軍隊ヲ置ク國タリトモ戰爭ノ必要ニ因リ正則軍隊以外
ノ者ヲ利用スル權ナシト謂ヒ難シ、別シテ危急存亡ノ秋二至り兵士ニ不足
アルトキ常人ニ命令シテ敵ニ對抗セシムルハ固ヨり一國ノ權内ナリ。又假
令其ノ必要ナキニ於テモ愛國ノ爲ニ義兵ヲ擧ケテ敵ニ當ヲント謂フ者アル
トキ其ノ忠節ヲ容ルヽト否ハ一國ノ自由ナリ。故ニ正則ニ非サル闘戰者即
チ不規則闘戰者モ亦之ヲ闘戰者卜看做シ、戰規ノ範圍ニ於テ取扱ハサル可カラス。
然ルニ一旦不規則闘戰者アルヲ認ムルトキハ戰爭ノ範圍ハ忽チ曖昧ニ歸シ、
何人ハ闘戰者ニシテ何人ハ闘戰者ニ非サルヤヲ見分ル所以ノモノ無ク、表
面平穩ヲ装フ人民トイヘトモ何時敵坑ノ所爲ニ出ツルヤ計リ難キヲ以テ、總
ヘテノ人民ニ對シ兵力ヲ用ヰサルヲ得サルニ至ルヘシ、然ルトキハ戰争ハ恰
モ上古ノ撲滅戰爭ノ如ク、全民ヲ擧ケテ全民ト戰フノ惨毒ヲ見ルニ至ルヘシ。
「不規則闘戰者」とは、不正規兵のことですが、民間人と区別がつかないということですから、私服の兵隊を想定していることになります。
そして、兵隊と民間人の区別がつかないため、すべての人民に対し攻撃を行わなければならなくなるということです。
これは、正規兵にも同じことが言えます。私服に着替えれば、民間人と区別がつかないのは、正規兵も同じですから。
■「万国戦時公法 陸戦条規」 有賀長雄編 陸軍大学校 1894年 P189
隊伍ヲ爲サス、確定ノ標章ナキトキハ(佛蘭西護国兵ノ制服ハ獨乙ニ於
テ十分ニ明瞭ナラストシテ終始認承セサリシコト前述ノ如シ)戦争ニ従事ス
ル人員ノ範圍分明ナラス、従テ闘戦者ト常人ヲ区別スルコト能ハサルカ爲
二自然ニ過敵ニ流レ、上古撲滅戦争ノ惨状ヲ再現スル恐アルニ因ル。換言セハ戦争ノ範圍ヲ守リ危害ヲ其ノ外ニ及ホサヽルハ戦規ノ根本原則ナリ、
而シテ敵ヲシテ此ノ原則ヲ守ル義務アラシメント欲セハ自ラ此ノ範圍ヲ分
明ニセサル可カラスト云フニ歸著ス。
兵隊と民間人の区別がつかない場合は、「撲滅戦争」の恐れがあり、それを防ぐためには、両者を明確に区別し民間人を保護する必要があります。
しかし、敵に対してそれを要求するのであれば、自ら兵隊と民間人の区別を明確にしておかなければなりません。
■「戦時国際法論」 立作太郎 日本評論社 1931年 P153
交戰法規の基本觀念の主要なるものの一は、交戰者と非交戰者との區別である。現實國際法は、依然此區別を認むるものと爲さねばならぬ。此區別を廢するときは、戰爭の惨酷の程度が底止する所を知らざるに至るの虞あるを以て、現時の戰爭の實際の状態に於て、此區別を維持することの困難を加へたるを認めざるべからざるも、容易に此區別を廢するを得ないのである。
「戰爭の惨酷の程度が底止する所を知らざるに至る」とは、戦争が際限なく惨酷になっていくということ。
これは、有賀の言う「撲滅戦争」と、同じと考えて良いでしょう。
なぜ、交戦者と非交戦者の区別を「廢する」と戦争が際限なく惨酷になっていくのでしょうか?
たとえば
”交戦者と非交戦者の区別がつかない時は、裁判で判定しなければならない”
とか、
”攻撃そのものを中止しなければならない”
というのであれば、戦争が際限なく惨酷になっていくということは無いでしょう。
要するに、交戦者と非交戦者の区別がつかない時は、無差別での殺害を認めざるを得ず、そのため、戦争はひたすら惨酷になってしまうわけです。
それを防ぐためには、両者の区別が必要不可欠ということになります。
■「戦時国際法提要(上)」 信夫淳平 照林堂書店 1943年 P372〜373
第一次大戦以來、向後の戰時には戰鬪員と非戰鬪員の區別は消滅し、常人とても生命財産の保護を期すべきに非ずとの説を往々聞くが、如何なる時代にありても平和的常人を戰鬪員同樣に直接の加害の目的物として差支へなしとの論は立たない。兩者の區別は世人
の往々論ずるが如くに消滅したのでは斷じてなく、依然儼として存在する。ただ武器の進捗に伴ふ戰術の變化は加害の範圍を著しく擴大せしむるに至つた結果として、非戰鬪員の生命財産は従来の法則が要求する如くに保護することが六ヶしくなつた。この事實は肯定せざるを得ないが、その保護を能ふ限り期することの根本原則は、今日とても以前と少しも變る所ない。加害の直接の目的物は
專ら戰鬪員及び準戰鬪員であり、全然戰鬪に關係なき平和的常人は、その敵性あるにもせよ、身體及び財産の安全は能ふ限り考慮し、ただ適法の交戰行爲に不可避的に附屬する場合を例外とするに止まる。
第一次大戦以来、「戰時には戰鬪員と非戰鬪員の區別は消滅し」たという説が流布されていたというのは、正直驚きました。
たとえ両者の区別が困難な状況でも、可能な限り区別する努力が必要なことは、言うまでもないことです。信夫も「兩者の區別は世人の往々論ずるが如くに消滅したのでは斷じてなく、依然儼として存在する。」と「區別」の存在を強調しています。
しかし、「兩者の區別」がつかない場合でも民間人を保護しなければならないとは、言っていません。
逆に「適法の交戰行爲に不可避的に附屬する場合を例外」として民間人の犠牲を認めています。
また、田岡良一は「非戰鬪員」の保護について次のように述べています。
■「戦争法の基本問題」 田岡良一 岩波書店 1944年 P49〜50
【昭和十年起稿、昭和十一年法学五卷三・四・五号掲載】
十九世紀以降前世界大戰までの戰時實定法規の研究結果を要約すれば、戰爭法は其の第一原則として、交戰國が相互に、勝利を獲る爲に眞に必要でない害を加へ、生命及び財産を破壞することを禁止する。更に第二段として、たとへ戰爭上の利益ありとするも極端に人道的感情に反する手段を或範圍に於いて−即ちその手段の非人道性が、その手段の齎す軍事的利益に比して調和を失して大きいと看做されるものについて−制限する。敵私有財産の取扱に關する法規は第一の原則によつて支配せられ、從つて敵私有財産の破壞沒收が、交戰國にとつて戰爭上眞に利益ある場合には、國際法は之を禁止しない。非戰鬪員の生命身體の保護については、第一の原則のみならず、第二の、即ち人道的因子も或程度まで作用する。併し非戰鬪員の生命尊重は決して絶對的の規則ではなく、只平和的人民を殊更に目標として之に向つて直接に武器を揮ふが如き極端に非人道的なる行爲のみが禁止せられるのであつて、敵軍隊の攻撃又は敵軍事施設の破壊に附隨する傍杖としての一般人民の殺傷、又は敵都市若くは敵國を降伏せしめる爲の生活必需品の供給の遮斷の如き手段は許されるのである。
つまり、市内に潜伏した「敵軍隊」に対する掃討(攻撃)に付随して「一般人民」が、巻き添え(傍杖)となり「殺傷」されたとしても、合法ということになるでしょう。