中国で出会った人々
中国人ってのは、ちょっと旅行しただけではその全体を理解できるものではありません。国土が広く、貧富の差も日本に比べて激しいせいでしょうか、
実に色々な人がいます。旅行者から一円でも多くぼったくろうとしか考えていない、白タクの運転手から、それこそ毛沢東を思い起こさせるスケールの持ち主、
僕みたいな若造旅行者相手に詐欺を行おうとする人物も存在しましたし、大学の先生という方は中国4000年の重みを感じさせる風格をしていました。
もちろん、そのどっちにも属さない人もたくさんいますが、濃い人物の方が圧倒的で目に付きません。一つ言えるのは、日本よりもそういった意味での振幅が非常に激しい
ということです。中国4000年な人も、その日暮らしの野良犬の様な人も、どっちも中国そのものなので、片方だけを見て中国を理解することは出来ないのでしょう。
また、彼らは仕事の時とそれ以外で、親愛度が全く違ってきます。98年現在ではだいぶ変わったのかもしれませんが、切符売り場、ホテルのフロント、どれもこれも
それはひどい対応でした。社会主義の弊害というのは、人が、働くと損、という感覚を持つことらしいのがよくわかりました。よく働けばそれだけノルマが増えてしまうのです。
ですから、最大限手を抜くのが彼らのやり方なわけです。
でも、暇なときや、仕事と関係ないときは意外なほど親切なのも中国人です(仕事中もそれなりに親切な人もいますが)。道を聞けば、一生懸命教えてくれる人が多いです。
しかも、通りがかった人までがいっしょになって教えてくれたりします。上海のデパートで、中国の歌手のテープを探していて、店員に聞いたとき、筆談が全くうまくいかず、
5分くらい話し込んでいると、周囲に人だかりができていた、なんてこともありました。そう、彼らは本質的には実に世話好きです。列車などで、近くの席になった人等も、こちらが
中国語で挨拶をするくらいで、友達として認識してくれるようなことも珍しくありません。
このように、中国は、人に慣れてくれば、なかなか楽しいところですが、それでも他の国よりも旅行者同士の連帯感は自然と強くなります。ですから、旅行者同士が友達になりやすく、
しかも、ついつい批評してしまいたくなる事が多い国なので、あれこれ言い合える仲間をつくると、グッと旅がしやすくなると思います。
簡単な中国語を話すだけで、旅行のしやすさが大いに変わってくる国でもあります。旅行会話くらいは練習して行った方が良いかもしれません。僕はタクシーの運転手にその
地方の方言(というか発音)を教えてもらったりしていました。
| V・Cフレデリックさん |
上海行きの船「真・鑑真号」で隣のベッドだった。中国語が一切わからないのに、ガイドブックも持っていない豪気のもののふ。だけど苦労しそうなので、英訳した中国語の初歩会話集を作ってあげたら、感激してくれました。
神戸の岡本でフランス語の教師をしている。日本人の女性と婚約している、ないすがいです。 |
| Mr・ショーン |
上海へ戻る途中の列車で下のベッドにいました。。
長崎の五島列島で中学の英語の先生をしていたらしいです。身長196cm。この中国では死ぬほど目を引く人物と数日間行動を共にしました。どこへ行っても注目の的です。飲んでいるのは歯磨き粉みたいな味のミント酒。 |
| 韓国のお姉さん達と中国人弟妹 |
ショーンさんと同じく上海へ戻る列車で出会いました。
ふたりとも美人・・・。
韓国銀行に勤めているらしい(エリート!)です。中国人弟妹は、兄と弟は活発で、妹は可愛らしかった。この後、Mr・ショーンの提案でトランプをしました。その時に、ケニアの人も混じっていて、非常に国際色豊かなトランプ大会でした。 |
記憶に残る人々達
中国の大学の先生で、高安という人と筆談をしていたとき、中国拳法に興味があるというようなことを書いたら、太極拳の一種で推手という技を見せてくれました。列車の座席で向かい合った状態で、こっちがいくらかかっていっても、腕の奇妙な動きだけで体ごとひっくり返されてしまいます。やっぱり、中国には功夫の達人があちこちにいるんだと思います。
市場をふらふら歩いていて出会った、日本人のおじさんがいました。日本人に会えたのがうれしかったらしく、お粥をおごってくれ、果物を選ぶのにも付き合ってました。・・・おかゆが普段7円なのを10円とったということで、店主にくってかかっていたので、彼は上海にかなり順応しているのでしょう。
天津行きの列車で会ったエジプト人のおじさんは、麻のローブを羽織って、いかにもエジプシャン、という風情でした。食べ物の話ばかりしていたら、エジプト人は豆と鳩が好きということが判明しました。