|

|
PART2
|
|
疾風怒濤編
|
| 時期 |
No.4
(1986〜1988)
23〜25歳
|
社名 |
GPZ250R
(カワサキ) 新車
|
就職し、初任地福岡での独身寮暮らしにも慣れ、九州内でのツーリングに便利そうなバイクでかつあまりメジャーでない車種、ということでこれを選択。初めてのセル始動に感動した。当時まだ新型といえるバイクだったがとてもヘンなデザインで、全然売れず、同じバイクに出会うこともなく自己満足させてくれた。あまりいじりようが無く、高効率ライトハーネス+100W、汽笛みたいなヘンなホーン(その頃つき合っていた彼女には実に不評)、ホワイトハウスに手紙を出して特注したスーパートラップマフラー程度の改造にとどまった。こいつは阿蘇やら長崎やらアチコチへとツーリングに連れていってくれた。当時仕事で必要な資格試験に失敗したと思い込み、試験終了後一晩中やけになって暴走したのも良い想い出である。
|
|
|
| 時期 |
No.5
(1988〜1989)
25〜26歳
|
社名 |
Steed400
(ホンダ) 新車
|
新発売されたSteedのカタログ写真の格好良さ(黒くて長い車体+エンジン〜マフラーのクロームメッキの組み合わせが蒸気機関車みたいだ、と思った)に惚れて、GPZを後輩に売りつけて入手。勿論ハーレーへのあこがれ(当時ハーレーなど一生手に入らない雲の上のバイクと信じていた)の代償であった面も多分に否めない。マフラーを換え初めてのVツインの乗り味を楽しんでいたが、すぐに物足りなくなり、思い切って600のクランク・ピストンを組んでしまった。さすがにこれは自分では無理で、頼んだショップからは「勿体ないねえ、限定解除して大きいの買ったら」と散々言われたが、ヘタレの私は限定解除など自分には絶対無理と思い込んでいた。隠れ600にして1.5倍となったVツインのフィーリングに自己満足しつつ、その後限定解除するまで脳天気に楽しく走り回った。
|
|
|
| 時期 |
No.6
(1988頃?)
25歳?
|
社名 |
XL80S
(ホンダ) 中古
|
Steedでツーリングを楽しむ一方、街中をちょこまかと走れて、林道にも行けそうな足として入手。しかしモトクロッサーの足周りを自分で組んでやろうなどと大それたことを考えたため、バラバラになったままいつの間にか散逸。
|
|
|
| 時期 |
No.7
(1988〜1989)
25〜26歳
|
社名 |
TW200
(ヤマハ) 新車
|
確か発売から1〜2年が過ぎた頃で、今からは想像もつかない程の不人気車種であった。でも何か心惹かれるものがあり、安かったせいもあって購入。街中やら林道やら砂浜やら走る場所を選ばず(ただし高速は100キロ巡航もきつかった)、まさにファンバイクであった。マフラーをトラップに換え、数十枚のステッカーでオフロードレーサー風にドレスアップ(笑)しただけで乗り回していた。後に友人へ譲渡。
|
|
|
| 時期 |
No.8
(1989〜1990)
26〜27歳
|
社名 |
Vmax1200
(ヤマハ) 新車
|
GPZを譲った後輩がさっさと限定解除に成功し、触発されて練習を開始。福岡の試験場(地名忘れた)にて限定解除に成功。早速Steedを下取りにVmaxを購入。思えば学生時代に「ミスターバイク」誌でサトウシンヤ氏が発売間もないVmaxを紹介した記事に心躍らせつつも、「絶対自分には手に入らないシロモノだろうなあ」とため息をついていた時期もあり、納車時には感慨深いものがあった。その後スーパートラップとステダンのみ装着。このバイクにまつわる想い出はシグナルグランプリ(死語か?)でホイールスピンしてしまい、片側3車線分の端から端まで猛烈な蛇行状態に陥り死ぬかと思った記憶と、リアタイヤが4000キロ持たなかったこと、そして忘れもしない年末の肌寒い夕方、鼻水をすすりながらVmaxの慣らしにいそしんでいた時、隣を走る車の中で助手席の女性がドライバーの男性の○○○に顔を埋めてイケナイことをしており、ついその車と延々併走してしまったことである。その時我が脳を焦がした悔しさは筆舌に尽くしがたい。
|
|
|