徳川家茂と大坂庶民
 何しろ臨戦態勢の大軍である。此まで侍というモノに接することすら希であった大坂人との間には、多くの摩擦が起きた。
 先ず、幕府軍は治安維持の為に進駐するやすぐに橋毎に八十余りの木戸を建て、夜間の通行を制限した。お陰で夜遊びの者は元より、橋の向こうに風呂に入りに行っていた者も翌朝まで足止めを受けたという。
 次いで、幕府軍は治安維持の為に夏祭りは全て差し止め。夕涼みの花火も狼煙と紛らわしいので禁止とされた。
 そして、物価の高騰である。米の値上がりは兎も角、野菜や果物も大いに高騰し、一切れ四十八文の西瓜が二百文にまで上昇したという。
 此の状況は第二次長州征伐が終わるまで続き、風刺好きの大坂人の間にはこんな
小話も生まれた。