速水 又四郎
 旗本で、元は富士見御宝蔵番。講武所の剣術世話心得に抜擢され、文久三年に浪士組が設立されると、浪士取締役として彼らを引率して上京した。
 浪士組が江戸に帰還した後もそのまま大坂に留まっていたが、元治元年五月十五日に同じく講武所教授の高久半之助共々見廻組与頭勤方にスカウトされた。
 慶応二年、見廻組から新番へ転出した。