見廻組
見廻組と言うのは部隊の名称であると同時に幕臣としての役職身分を表す。彼らは禄高七十俵、役扶持として三人扶持を貰う。この給料は三十俵取くらいの者が多い下級御家人からすれば、なかなか良い給料であった。
席次は御席御普請役元締の次席。御普請役元締めとは、小普請役元締めとも云い、勘定奉行の元で無役の御家人を統率する役目であるから、見廻組は旧制では小普請組即ち無役の御家人に相当する事になる。
当初の募集要項では隊員は「剣術練達」でしかも「御譜代場」から選ぶように命令された。御譜代場とは徳川家康から徳川家綱までの四代の間に留守居与力・同心の職に有ったもので、御家人でも名門に類する家柄であった。特に見込みの有るものに限っては、「御抱えの者」でも構わないとされているが、これは「抱席」乃至は「抱入席」の事で、大番・書院番・町奉行の与力同心に召抱えられた者達を示す。彼らは名目上は世襲を許されず、一代限りの家臣であった(実際には世襲が慣例化していたが)。
こうした厳しい条件を設けた結果、予定人数を下回る人数しか応募がなかった。畢竟、先ず武術練達の条件を排除し、それでも集まらないので「見廻組並」や「見廻組並御雇」と云った準隊員を設けざるを得なくなって行くのであった。