西原邦之助
 西原は文政五(1822)年に生まれた。三十俵二人扶持、抱入席御家人。
 江戸四谷鉄砲坂上に住み、持筒与力手伝役を務めた。
 元治元(1864)年七月三日、見廻組・相模守組坂本杢三郎隊に配属された。

 慶応元(1865)年四月二日夜、巡察で外出していた西原は、堀川通綾小路下ルの常念寺門前で、正体不明の武士三人に突然前後から斬り付けられ、すぐさま抜刀したが既に深手を負って居たので抗し切れず倒れた。そこに同じ部隊の組士が駆け付けたところ、相手は逃亡した。組士達は宿舎に連れ帰って医師西村養貞に見せたが、間も無く死亡した。見廻組発足以来始めての死者であった。