庵野秀明のページ
口上
「新世紀エヴァンゲリオン」が、特に1997年の夏に公開されたTHE END OF
EVANGELIONが、あまりにも面白かったので、庵野秀明のページを作ってみました。
貶しているように見えるかもしれないけど、違うのさ。これが屈折した「愛の形」なのさ。
ちゃんとエヴァの感想は書いてありますが、簡潔に要領よく、うん。・・・でも、これじゃラブ&ポップのページみたいだ。
(1998.01.27追記)
新世紀エヴァンゲリオン THE END OF EVANGELION
- 庵野って悪い奴だよなぁ。
ところで私がネットで読んだあらすじ紹介の中で、もっともつぼを押さえたのはここの家政婦の方だと信じます。
ラブ&
ポップ
- 初見、第一印象
- 1998年1月10日、初日第2回目に見たときの感想。
後になって読み返してみると、とにかく見たぞと言う喜びの余り、冷静さを欠いているので、没。
でも一応残しておきます。(1998.01.27追記)
感想文
日が経つにつれ、最初の頃の興奮も冷め、何か物足りなかったという気持ちがつのってくる。
何か、強烈なものが欠けている。
結局のところ、それは・・・
全てが個人の問題に還元されるモラリストの限界
- ・・・だったのではあるまいか?
庵野監督の「誠実さ」に疑問を差し挟む余地は無い。
彼は自分が本当に感じたことだけに基づいて作品を作り上げようとしているのだろう。
そこには、例えば宮崎駿のような「政治的配慮」が介入する余地はない。
彼と違って、庵野は誠実であることの絶対的価値を理解している。
だからこそEVAは人を動かし得る作品だったのだし、その姿勢は今回の作品にも貫かれているのだろ・・・
しかし、だからこそ、「援助交際」があくまで個人の問題として捉えられているように思えるところが気になる。
それはまぁ、確かに、或る意味では正しい。
自分自身の問題として対応して行くのであれば、個人のモラルの問題としてとらえる他はない。「社会が悪いから、私は援助交際に走ったんだ」と騒ぎ出したら、ちゃんちゃらおかしい。泣き言言うな、馬鹿野郎。
でも、援助交際というものが「市場経済」という社会の制度の延長にあるという側面が庵野の視野には入っているのだろうか?
もし、彼の視野の中に入っていないのだとしたら、彼の誠実さはどれ程力を持ち得るのだろう?
市場経済の最前線としての援助交際
- たとえば、岡崎京子だったらどうだろう?
そう、庵野は庵野であって岡崎じゃない。岡崎の真似なんかする必要はこれっぽっちも無いし、比較すること自体意味が無いかもしれないのだけど、でもやっぱり考えてしまう。
岡崎だったら、援助交際は市場経済の最前線ぐらいのことで、軽くいなしてしまいそうな気がする。
すべての仕事は売春である
- かつて岡崎は、「pink」の後書きでそう宣言した。
サラリーマンと呼ばれている普通の人間は生活の糧を得るために自らを労働力という「商品」として売りに出さなければならない。しかし労働力を売ると言うことと、自分自身を売ると言うことの間にどれ程の差があるのだろう?
芸術や学問の分野も例外ではない。アニメや映画も、市場経済の下では「商品」として供給され、売り買いされる。それに携わる人々も、同様だ。
それらは同じように「人間としての尊厳」を傷つけられるような行為ではないのか?
だとすれば、何故、高校生が自らの性を商品として売ることが特別に非難されなければならないのか?
庵野はその答えを用意しているのか?
全ては市場経済の枠組みの中にあることを承知の上で、たった一人、モラルだけを拠り所に、戦い続けろと、庵野は言っているのか?
援助交際を否定すると言うことは、究極的には市場経済を否定することに他ならない。それを承知で、モラルだけを頼りにたった一人で戦い続けろと庵野は言っているのか?
市場経済の呪縛を逃れるための壮大な実験が悉く灰燼に帰し、我々の生活の隅々に至るまで、ますます市場経済の呪縛が浸透して行こうとしているように見えるこのとき、それを承知の上で、たった一人で戦えと、庵野は言っているのか?
もし本気でそう言うのであれば、それもまた一つの主張だろう。
しかし、そこまで見据えた上で、「否」を突きつけたにしては、あの映画のラストはあまりにも甘いのではないか?
絶望的な状況の中で、それでもたった一人で「否」を叫ぶのであれば、もっと悲痛なトーンに満ち溢れているはずでないか?
或いは、主人公の女子高校生を、もっと怒りを込めて糾弾していたはずだ。
私は、作品に描かれていたはずの何かを見逃していたのだろうか?
いや、残念ながら、そうではないだろう。
恐らく庵野には人を「援助交際」に走らせる「絶望」が見えていなかったのだ。
「援助交際」の裏に潜む問題が、自分自身を含む、この社会に生きるすべての人間の問題であることを理解できなかったのだ。
もし彼の視野がそこまで届いていなかったのだとしたら、彼の「誠実」はどれほどの力を持ち得よう?
求められているのは新しいモラル、新しい生きる術、新しい思想
- サラリーマンが給料と引き替えに会社でやっていることと、「援助交際」の名の下に行われていることに、どれほどの本質的な差があるというのだろう?
何もかも金で売り買いするものにしてしまう社会のシステムそのものが我々にそんな生き方を強要している。そうして我々もそんな社会のシステムによって活性化されて生かされている。
ならば行けるところまでどんどん行ってしまえ。どんどん行って、社会のシステムそのものを追い越してしまえ、追い越してそのまま颯爽と走り続けろ・・・そう、岡崎なら言うだろ。
それは岡崎の生き方で、庵野がそれに同調する必要はない。
(・・・そもそも岡崎が主張する生き方が実際に可能なのか、本当はよく分からない・・・)
しかし、作品を作るからには、岡崎のビジョンに対抗する庵野のビジョンを提示しなけれならない。
そうでなかったら何のために作品を作るのだ?
自分を大切にしろ?
そんな陳腐な結論を下してもらうために、我々がわざわざ映画館まで足を運んだのだろうか?
問題は、市場経済に囲い込まれたこの社会の中で、どうしたら自分自身の命を生き抜いていけるのかだ。
そのための新しいモラルが、生きる術が、思想が、我々には必要なのに、庵野はそれに応えたろうか?
どうしたら大切な自分を守ることが出来るのか、それに庵野は応えたろうか?
我々に必要なのはその答えだ。
まさか、1〜2時間の息抜きを求めて我々が映画館へ足を運んだのだと、庵野は思っているのだろうか?
いや、少なくとも私は、庵野にそれ以上のことを期待している。
(1998.01.27新規追加)
- 言い残したことをまとめてみました。
書いても書かなくてもいいようなことばかりだけど、一応残しておきます。
(1998.01.27新規追加)
関連リンク
- 家政婦は観たへ行く(この人、怒ってるようなふりしてるけど、本当は楽しんでいるとしか思えないなぁ・・・)
今のところ見つけたリンクはこの程度。
面白いリンクがあったら当方tach@iname.comまで連絡請う。
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