はじめに (SCENE13へのコメント)
ルミちんの「死体」の消えたヤブの中で繰り広げられる珍騒動と、田島カンナの破滅。
死体が消えてしまって意気消沈する山田君とこずえの傍らで、観音崎君だけが、一人、ますます激しい恐慌状態へと突入して行く。耐え難い恐怖と不安から逃れようと、山田君とこずえたちの前であるにもかかわらず、突然、ハルナの身体を求め始める観音崎君。ハルナは拒もうともしない。しかしそれは優しさでも受容でもない。ことがこれ以上面倒になるのを避けたかっただけなのだ。
目の前で繰り広げられる二人の行為を、目をまん丸にして見守る山田君。彼には何がどうなっているのだか、全く理解できないようだ。
だが、こずえはハルナの気持ちを的確に見抜いている。
田島カンナは、山田君とハルナが何処かで逢い引きを続けているものと信じ込み、ハルナの家に火を放ち、その帰りに、誤って自ら火だるまとなり、焼け死ぬ。
但し、彼女の行為そのものは直接には語られない。放火の状況は、後になって、ハルナの母親の回想として間接的に語られるだけであり、焼死の状況も目撃者が警察に語る証言の断片として、ほのめかされるだけだ。
彼女は、山田君とこずえによって見出されたときには、既に黒焦げの死体と化している。
こずえが山田君を引き連れて河原のヤブを離れ、田島カンナの焼死体に遭遇するまでの場面の流れは大変美しい。残念ながら、そこに流れる独特の情緒と技巧の冴えを、ここで説明したり再現したりすることは到底出来そうもない。
突然引用されるウィリアム・ギブスンの詩が、作品の主題を高らかに歌い上げる。
「汚濁の未来」を「現実」として生きなければならない、世紀末の子供達。
この作品は、そんな子供達に捧げられた、倒錯した生命の賛歌に他ならない。