趣味の翻訳

アンジェラ・カーター著

日本みやげ

−異化された日本−

A Souvenir of Japan
by Angela Carter
from FIREWORKS 1974

a translation
based on a paperback
BURNING YOUR BOATS 1995
added on 2000.09.16
訳注のページです。 本文は soj.html をご覧ください。

訳注


みやげ
まず、題名の souvenir をどう訳すか、悩みました。「思い出す」という語源を考えに入れれば「日本の記憶」ぐらいに訳してしまってもいいような気がしますが、それだと、この作品そのものが「日本から持ち帰った思い出の品」であるというニュアンスが消えてしまう。結局、もっとも凡庸な「みやげ」という訳に落ち着きました。でも souvenir は人に贈るための「みやげ」ではなく、あくまで自分の思い出のために持ち帰る記念品のことですから、そこんとこ、よろしく。
全般的時制の問題
原文の時制は過去形ですが、訳文は、現在形を多用しています。時間の前後関係が混乱してつじつまが合わなくならない限り、そうしました。現在形が僕の好みだからです。そんないい加減なことしていいのか?と糾弾されそうですが、いいんです! 「趣味」の翻訳だから。
木綿のナイトガウン
もちろん「浴衣」のことなのですが、異邦人である作者の目から見るとあれはあくまで「木綿のナイトガウン」なのです。「異形の日本」を強調するため、この翻訳では以下同様の訳し方をします。
そうそう
原文 And so。素人の私はもうここでどう訳したらいいのか分からなくなってしまいます。一応、子供たちが遊ぶ姿を眺めながら近所の老婆と言葉を交わし続けていて、その一部がここに引用されている、と言う状況を想定して訳してみました。
新宿から列車に乗り、一時間ほどかけて、花火を見に行った。それは川の向こう岸で行われる
おそらく日野市か八王子市辺り、多摩川か浅川周辺? 
ピンクと白の木綿のキモノ
これももちろん「浴衣」ですが、「異形の日本」を強調するという上記目的のため、あえて「キモノ」と訳しました。
汗止めバンド
原文 sweatbands。「鉢巻き」は「汗止めバンド」だったのです。単なる飾りだと思いこんでいましたが、ちゃんとした「機能」があるのだということを、「異邦人の目」を通して教えられました。
調理人
「テキ屋」のオッサンのはずですが、「異邦人の目」にはそのように見えるわけです。
トウモロコシの穂軸
原文 corncobs。吃驚しました、私。確かにあそこで焼いているのは、「トウモロコシの穂軸」です。
色の付いた紙製のランタン
要するに「ちょうちん」のことですが、あえて直訳。
それ
原文 it が to bear his remoese at cutting short my pleasure を受けていることは明らかですが、あえてこう訳しました。原文を教科書的に訳すと次の通り。「彼が自責の念に駆られるように仕組むことこそが、ある意味で、この遠出の隠された目的だった。しかし、そうであったとして、結果として私は、自身を責める彼に我慢してつき合わなければならなくなった。私は彼と無私を競い合って勝利を収めたのだが、こうなってくると、そこまでして勝つだけの価値があったのかどうか、分からなくなってきた。」
しかし、原文を頭から読んでゆくと、叙述は次のような順序で展開して行きます。「彼に勝ったけれども、勝って良かったのかどうか分からない」→「だって、自責の念に駆られていじいじしている彼に我慢してつき合わなくてはならない羽目になったのだもの」→「元々こうした自責の念を味わうことがこの外出の狙いだったのだけど…(それにしても気分が悪い)」 読者は、この最後の叙述までたどり着いて、初めて外出の真の目的を知り、驚かされるのですが、教科書的に訳してしまっては、そうした「叙述の仕掛け」が生かされません。
もっとも、現行の訳文がこの「叙述の仕掛け」をちゃんと生かしているかどうか、ちょっと疑問なんだけど…
夕べの略装であるゆったりした白いズボン下
ステテコ!
彼女の歯が金で縁取られている
「金歯」ですね。最近は見ることがありませんが、昔は結構多かった。当時でさえ異様な印象を与えるものでしたが、「外人」にとっては尚更異様なものに思えたでしょう。ギブスンの「ニューロマンサー」にも、主人公が、金歯を見せられてギョッとするシーンがあったような気がします。
子鬼
原文 goblin。人に悪さをする醜いこびとの形をした妖精。トールキンの「指輪物語」が懐かしいッス。
引っ込められて
原文 retractable。まぶたが retractable であるとはどういうことなのかと首をひねってしまいました。思うに白人の場合、顔にあまり脂肪が付いていないので、目をあいているときでも、眉と目の間の部分に眼球の球状の輪郭がくっきりと浮かび上がっていて、その部分を「まぶた」であると認識しているのかなと思いました。これに対して日本人一般の場合、まぶたにたっぷり脂肪が乗っていて分厚いので、目を開いた状態では、眼球の輪郭が隠れているのが普通です。それで「まぶた」が消え失せたように見えるっていうことなんじゃないだろうかと…
男の子の日
5月5日「こどもの日」のことですが、確かに「男の子の日」でしょう。でも、3月3日という「女の子の日」もあるよな。作家というものは「嘘つき」です、やっぱり。
死をものともしない恋の二回転宙返り
原文 the death-defying double-somersault of love。比喩としてあまりにも突飛すぎるような気がしてピンときません。慣用句なのでしょうか? 何か文化的背景のある引用なのでしょうか? 分かりません。
グラムダルクリッチ
原文 Glumdalclitch。「ガリバー物語」の「巨人国編」に出てくる巨人の百姓娘。…だと思う。
彼が私に言った。一緒にベッドの中にいると、自分が、嵐の大海原の上に浮かぶ小舟のような気がしてくる。
ロバート・スコールズ著「記号論の楽しみ」(富山太佳夫訳、1985年岩波書店刊、244頁)にこのセンテンスが引用されています。スコールズ先生は、女性の性の深さに対して男が抱く恐怖心の例としてこれを説明しています。確かに「彼」はそのつもりで言ったのかもしれない。でも、この作品のこの場面では、自分の繊細さを欠いた大柄な肉体に対する自嘲の表現という側面を読むのが素直な読み方だよな。
最も畏敬すべき人々
原文 the most astounding respectability。「驚異的なほどに最も社会的な地位が高い人々」とも読める表現ですが、読み進めれば分かるように彼らが暮らしているのは実際には、作者自身がスラムとすら呼ぶ、新宿周辺の路地裏です。そこで営まれる日本人の生活がある意味では敬意に値するものだと作者は言っているわけですが、そこら辺の表現のひねりがうまく訳文に表せません。
下町ことば
原文 demotic Japanese。直訳すれば「庶民の日本語」で、「下町ことば」ぐらいの意味だろうと思います。でも新宿を「下町」とは言わないし、いわゆる「下町ことば」を話す人が住んでいるとは思えないけど… ガイジンのアンジェラおばさんには何となくそんな風に思えたのでしょう、たぶん。
木の葉っぱを拭いている
それは木の手入れですよ、あなた。イギリス人だってガーデニングをやる人間ならやるでしょう? 何かわざとらしく驚いてみせてるような作為を感じないでもないけど、でも、異境の地で目にするとそれがひときわ異様な行為に見えたのかも… でも、やっぱり「作家」という人種は信用できないぜ。
ショパン
学生時代にバックパックを担いで日本を歩き回ったというドイツ人弁護士に会ったことがある。七〇年代末の日本を、「安くて美味い」うどんを主食にして、気が向くままに北海道から九州まで歩き回ったのだそうだ。とある地方の(山口だったか、長野だったか、それとも四国だったのか、よく思い出せない)ユースホステルに泊まったときのこと、窓の外から、音楽が聞こえてくる。何とそれは、彼の故国が誇る大作曲家ベートーベンの交響曲第九番第四楽章のテーマ。所謂「喜びの歌」という奴。夢でも見ているのかと我が耳を疑ったとか。「ヘンだったぞ。本当にヘンだったぞ」 その後、年末になると日本中でこの曲が演奏されると知り、やっぱり日本はヘンな国だと思ったそうだ。
実存主義
おお、時代が…、時代が…。もはや「猫もまたいで通る」段階をとっくに通り過ぎ、「何ですか、それは?」の段階に達してるかも。六〇年代、盛んに「実存主義」を吹聴し、「実存主義でなければ人でなし」と言わんばかりの顔をしていたあの人たちはどこへ行ってしまったんだろう? 時の移り変わりというのは凄いです。この分で行くと、今日日の「ポスト・モダーン」だの「カルチュラル・スタディーズ」だのは二十年後、どうなっていることか…
ピラネージ
Piranesi。1720〜90、イタリア。建築家にして画家。古代ローマ・マニアで、数多くの廃墟や想像復元図を描く。代表的画集は Carceri d'Invenzione (Imaginary Prisons, 1745; 2nd edition, 1760)。巨大な迷宮や遙か高みに続く階段、どこにも通じていない回廊等が頻出する幻想的かつ超現実的な雰囲気のその絵は、後のシュールレアリストたちにも多大な影響を与えたと言われています。日本で言えば山尾悠子なんかもその系統なんじゃないかと思う。
夜明けの新宿駅の風景がピラネージの絵と似ているというのは面白いですね。こんな感じでしょうか?
ピラネージ作「夜明けの新宿駅」
彼らは偶像の世界にのみ住み、そこで儀式に加わる
この人、ロラン・バルトの「表徴の帝国」辺りにかぶれたことがあるんでしょうか? ちなみにバルトは1970年に来日し、あっさりと日本文化の本質を見抜いて、その年のうちにこの本を書き上げたと言われています。アンジェラ・カーターの日本滞在は1969年から1971年まで。この作品を収めた短編集が出版されたのが1974年だから、時期的には合う。…読んでるな、絶対?
一種の様式化した方法で心中を模倣する、世界で最も情熱的な操り人形
人形浄瑠璃の、特に「世話物」のこと。
四肢切断者
原文 amputees。日本にも、古いところでは江戸川乱歩の「芋虫」とか、新しいところでは村上龍の「イビサ」とかがあります。そう言えばコミックでも町野変丸なんかも好んで描いてるな。でもこんな特殊な概念が「一つの単語」として成立しているところが、英米人はやっぱりヘン。ヘンなのは日本人だけじゃないぞ!


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