原文 it が to bear his remoese at cutting short my pleasure を受けていることは明らかですが、あえてこう訳しました。原文を教科書的に訳すと次の通り。「彼が自責の念に駆られるように仕組むことこそが、ある意味で、この遠出の隠された目的だった。しかし、そうであったとして、結果として私は、自身を責める彼に我慢してつき合わなければならなくなった。私は彼と無私を競い合って勝利を収めたのだが、こうなってくると、そこまでして勝つだけの価値があったのかどうか、分からなくなってきた。」
しかし、原文を頭から読んでゆくと、叙述は次のような順序で展開して行きます。「彼に勝ったけれども、勝って良かったのかどうか分からない」→「だって、自責の念に駆られていじいじしている彼に我慢してつき合わなくてはならない羽目になったのだもの」→「元々こうした自責の念を味わうことがこの外出の狙いだったのだけど…(それにしても気分が悪い)」 読者は、この最後の叙述までたどり着いて、初めて外出の真の目的を知り、驚かされるのですが、教科書的に訳してしまっては、そうした「叙述の仕掛け」が生かされません。
もっとも、現行の訳文がこの「叙述の仕掛け」をちゃんと生かしているかどうか、ちょっと疑問なんだけど…
原文 the most astounding respectability。「驚異的なほどに最も社会的な地位が高い人々」とも読める表現ですが、読み進めれば分かるように彼らが暮らしているのは実際には、作者自身がスラムとすら呼ぶ、新宿周辺の路地裏です。そこで営まれる日本人の生活がある意味では敬意に値するものだと作者は言っているわけですが、そこら辺の表現のひねりがうまく訳文に表せません。