趣味の翻訳 |
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アンジェラ・カーター著
日本のみやげ−異化された日本−A Souvenir of Japanby Angela Carter from FIREWORKS 1974 a translation based on a paperback BURNING YOUR BOATS 1995 VINTAGE |
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added on 2000.09.21 revised on 2000.10.01 |
彼が帰ってこないか見に外に出てみると、木綿のナイトガウンをまとって寝支度を調えた子供たちが何人か、角の空き地で花火をして遊んでいた。火花が星の髭の形を描きながら落ちると、微笑みを浮かべた子供たちは静かに喉の奥から声を漏らす。彼らの喜びは抑制されているからこそとても純粋だ。年老いた女が言った。「そうそう、この子たち、花火大会に連れて行ってもらうまで、ねだったんですよ」この地のことばでは、花火は「ハナビ」と呼ばれる。「火の花」という意味だ。夏を通して、毎夕、ささやかなものから最も凝ったものまで、ありとあらゆる種類の花火を目にすることができる。一度、私たちは、新宿から列車に乗り、一時間ほどかけて、花火を見に行った。それは川の向こう岸で行われるので、暗い川面に反映が増幅されるのだ。
目的地に着いた頃には、すっかり夜になっている。私たちは郊外にいた。たくさんの家族連れが花火を見るために道を行く。母親たちは、この楽しみを祝うため、一番下の子供をぴかぴかに磨き上げて着飾らせている。小さな少女たちはとりわけ完璧だ。ピンクと白の木綿のキモノを身にまとい、綿飴の小さな固まりのようなふわふわした飾り帯を締めている。彼女たちの髪は最高に美しく梳られた上で二つの束にまとめられ、金と銀のより糸で飾り付けられていた。子供たちは夜遅くまで起きているのでみんな行儀がいい。愛らしい礼儀正しさで両親の手を握りしめている。私たちは、家族連れの集団を追って川縁の野原にたどり着いた。すると、空高く、染め分けたパラソルのように花火が始まっているのが望まれた。それは遠くからでも見える。打ち上げ地点の方へと続く野原の中を小道を歩むに連れてどんどん大きくなり空の大部分を占めるようになってゆく。
小道に沿って露店が出ている。汗止めバンドを頭に巻いた調理人たちが、炭火の上で、トウモロコシの穂軸と烏賊を炙っていた。私たちは串に刺した烏賊を買い、食べながら歩いた。醤油を付けて焼いたもので、大変美味しい。金魚をビニール袋に入れて売る露店や、兎の耳のついた大きな風船を売る露店もあった。移動遊園地のようなものだが、しかし、何と整然とした祭りであることか。警邏中の警官まで、懐中電灯の代わりに、色の付いた紙製のランタンを下げている。アイスクリーム売りが群衆の中をうろつきながら鐘を鳴らす。彼らの品物を収めた箱は冷気で煙り、悲しげな声を張り上げる。「冷たい、冷たい、アイスクリーム!」スゲの草むらの中の道のあちこちに若い恋人たちがそっとたたずんでいると、影のようでいながら倦むことのない売り子たちは、鐘やランプや悲しげな声で、彼らを追い回すのだ。
今や、非常に多くの人々が花火の方へ向かって歩いている。けれど、その足取りは静かで、話し声は穏やかなので、暖かくて絶え間のないざわめきの他は何も聞こえない。幸せを分かち合う心地よい音響。そして夜は、控えめで小市民的な、それでいながら正真正銘の魔法で満たされる。私たちの頭上には、分解してゆく夜の耳飾りのような花火が宙吊りになっている。やがて、私たちは、草の切り株だらけの野原に横たわり、花火を見ている。しかし、思った通り、彼はたちまちのうちに落ち着かなくなる。
「満足かい?」彼は尋ねる。「本当に満足かい?」私は花火を見ていて、最初のうちは答えない。もっとも、彼がどれほど退屈しているのかは承知している。もし彼自身が楽しんでいるのだとしたら、そのこと自体が私の喜びだ。或いはむしろ、私の喜びを彼が楽しんでいるという考え方、それこそが愛の証だと思ったからだ。私は後ろめたさを感じ始め、都心に引き返すことをほのめかしてみる。沈黙のうちに自己犠牲の争いが繰り広げられ、私が勝利を収める。私の方が性格が強い。でも、きらめく川と穏やかな群衆を後に残して去ることこそが、私がこの世で一番欲していないことなのだ。けれども彼が本当は戻りたがっていることは分かっているので、そうした。だが、それが私の無私の小さな勝利と呼ぶに値するかどうかは分からない。私の楽しみを短く切り上げてしまったという彼の自責の念を、結果として私が引き受けることになってしまうからだ。もっとも、こうした自責の念を仕組むことこそが、ある意味で、この遠出の隠された目的だったのである。
それにもかかわらず、電車がゆっくりとネオンの茂みの中に戻ってくると、彼本来の生気が蘇ってくる。彼は、期待に苛まれながら、通りをぶらつくというおなじみの習慣をどうしても捨てることが出来ない。あの角をちょっと曲がれば、運命的な出会いが待ち受けているかもしれない。長く外にいれば、それだけ長く何か著しいことが起こるかもしれない。たとえ何も起こらなくても、起こるかもしれないという可能性が、彼の倦怠から生じる甘い疼きを、少しの間、和らげてくれるのだ。いずれにせよ、私に対する彼の務めは終わった。宵の外出に連れて行ったのだから、今度は、私から解放されたい。或いは、私にはそんな風に見える。妻に該当する「オクサン」ということばは、奥の部屋に腰を据え、出て来るにせよ、ごく偶にしかそこから出てこないような人間を意味している。しばしば私は彼の妻だと思われ、頻繁にそのような扱いを受けた。もっとも私は苦々しい思いでそうした扱いに抗ったのだが。
しかし、私は、いつも、自分が、確固たる腹立ちを抱きながら、彼の帰りを待っていることに気がつく。私は知っている。彼は帰ってこない。或いは、私に電話して遅くなると告げることすらしないだろう。そうすることも出来ないほど後ろめたい気持ちを抱いているのだ。私は、所在なく、近所の子供たちが花火に火を付けてくすくす笑うのを見つめている。年老いた女が傍らに立っているのだが、彼女が私を是としていないことを、私は知っている。町内全体が、慇懃に振る舞っているものの、私を認めていない。おそらく、私が子供たちに悪い影響を与えると思っているのだろう。彼の方が私より若いことが明らかだからだ。年老いた女の背中は、かつて赤ん坊を背負っていたために、殆ど円を描かんばかりに曲がっている。その赤ん坊は、今や父親となって、夕べの略装であるゆったりとした白いズボン下を身にまとい、上半身肌脱ぎのまま、我が家の花火を監督していた。彼女の顔には、この国の老人特有の、縫いつけられたような慎みが見られる。そこは老女がやたらと多い界隈だった。
角の店先では、毎朝、一人の老女が、ひっくり返したビール・ケースの上に座らされていた。外気に当てるためである。その一家の祖母であったに違いない。非常に年老いていて、催眠性の植物的な生の中に、殆ど完全に陥っている。彼女の傍らには鉢植えの朝顔が咲いていたのだが、彼女は、彼女自身にとっても、世界にとっても、その朝顔ほどの意味しか持たない。いや、おそらく、昼食の支度が出来る前に枯れてしまうその朝顔の花ほどの意味すらない。一家は彼女をとても清潔に保ち続けていた。彼女の白いキモノには、粗いレースで縁取られた染み一つない胸当て付きのエプロンが掛けてあったが、彼女は、身動きしないので、決してそれを汚すことはない。時折、子供が一人出てきて、彼女の髪を梳かした。彼女の意識は時によってすっかり曇らされている。私が傍らを通り過ぎると、彼女の粘液を分泌する目は私の上に据えられ、いつも、同じ、ぼんやりとして無関心な驚きの色を浮かべる。ちょうどエスキモーが列車を見つめるときのようだ。彼女は、紙袋がカサカサと音を立てるような幽霊じみた声で、イラッシャイマセ、と囁く。店員がお客を迎えるときのことば。そのとき、彼女の歯が金で縁取られているのが見えた。
子供たちは、ネズミ色の空の下で、花火に火を付ける。汚染された大気のせいで、月は薄紫色だ。蝉が、裏庭で、律動的に振動するような金切り声をあげる。この都市のことを考えると、いつも蝉のことを思い出してしまう。蝉は、夏の夜を徹して情け容赦なくぶんぶん飛び回り、くすんだ夜明けになると、その羽音はつんざくようなクレッシェンドへと高まって行く。往来の激しい通りでも蝉の声を聞いたことがある。けれども彼らが一番はびこるのは路地裏だ。そこで彼らは殆ど我慢できないようなあのささやきを絶え間なく発し続けるのだが、それは甚だしい熱気を更に激しく増大させてゆくかのようだった。
一年前、そんなふうに律動する、肉感的で、ありふれた亜熱帯の夜に、私たちは、いかがわしい通りの一つを、一緒に歩いていた。柳の木陰を出たり入ったりしながら、愛し合う場所を探していたのだ。朝顔が、軒の低い木造家屋を仕切る格子に絡みついていたが、暗がりが、その花の優しい色を隠していた。日本人たちは、それが瞬く間に萎れてしまうが故に、この花を尊ぶ。彼はすぐにホテルを見つけだす。この街は恋人たちに親切だ。紙の箱のような部屋に案内される。床に広げられた敷き布団の他は何もない。私たちは直ちに横になって互いにキスしはじめる。そのとき、女中が、音もなく引き戸を開け、スリッパを脱ぎ、小声でわびながら、裸足の足をそっと踏み入れてきた。二杯の茶と飴の小皿を乗せた盆を運んできたのだ。彼女は、盆を、私たちの傍らの布団が敷かれた床の上に置くと、お辞儀をし、謝りながら、部屋から引き下がる。すぐに、私たちは絶え間のないキスを続ける。彼が私のシャツを脱がせたとき、彼女がまた戻ってきた。今度は、一抱えのタオルを運んできたのだ。彼女が三度目に領収書を持って戻ってきたとき、私は正真正銘の裸にされていた。彼女がもっとも尊敬に値する女性であったことは明らかだ。困惑していたにせよ、それをみじんも言動に表さない。
彼の名前は太郎であることが分かった。ある玩具店で、私は子供向けの絵本を目にした。巧妙な紙細工だ。ページをめくると、絵が飛び出してきて、歌舞伎の背景幕のように様式化された立体になる。それは桃太郎の物語だ。彼は桃から生まれた。私の目の前で、桃は割れ、本来なら種がある場所に、赤ん坊が現れる。彼もまた、母以外のものから生まれた子供固有の、非人間的な甘美さを備えている。受動的で残酷な甘美さ。私はそれをすぐには理解することが出来なかった。何故なら、それは抑圧されたマゾヒズムであり、私の国では、女性のものだとされていたからである。
時折、彼が、不思議でこの世のものならぬ属性を備えているように思えてくることがある。敷き布団の上に鳥がとまるように座し、両膝を顎の下に引き寄せて、ドアのノッカーの上についている妖精のような姿勢をとる。そんなとき、彼の顔が、どういう訳か、あまりにも平坦過ぎ、優雅な胴体に対しては大き過ぎるように思えてくるのだ。その胴体には不思議で両性具有的優雅さがある。脊柱はすんなりと延び、肩幅が広い。著しく発達した胸の筋肉は、殆ど、思春期に近づいた少女のよう。顔と胴体のつながりが微妙に欠落していて、それで、殆ど子鬼のように見える。この子鬼は、日本の子鬼もするように、何か悪さを仕掛けるため、他人の頭を借りてきたのだ。こうした超自然的な訪問者のような感じは、ほんのつかの間かいま見えるだけなのだが、それでも妙に忘れがたい印象を残す。ときとして、彼が、この国の狐がやるように、私に対して魔法をかけたのだと信じることも出来そうだった。この国では狐は人間に化けることが出来る。高い頬骨のせいで、彼の顔は、一番よく見えるときでも、仮面のような感じがする。
彼の髪はとても重くて、首はその重さで垂れているほどだ。その色は深い黒で、陽の光の下では紫に変わる。彼の口も紫で、分厚く蜂に刺されて膨れあがったような唇は、ゴーギャンが描くタヒチ人のよう。彼の肌の感触はなめらかで、指の間をこぼれ落ちてゆく水。彼のまぶたは、猫のように引っ込められて、ときとして完全に消え失せてしまう。彼を香料詰めのミイラにして、ガラスの棺に入れ、傍らに置いておけたらよかったのに。そうすれば、いつでも彼のことが見られるし、彼も私から逃げ去ることが出来なかったろう。
言われている通り、日本は男の国だ。最初に東京にやってきたときは、年に一回の祭り、「男の子の日」だったので、男の子が授かるほど幸運だった家々の庭さきでは、竿から布製の鯉がはためいていた。少なくとも彼らは状況を取り繕おうとはしない。少なくとも自分がどんな場所にいるのかは分かる。我々の両極性は公然と告知され、社会的に是認されている。「デハ」という日本語の用例が教科書に載っていた。場合によって、このことばは「in」と同じ意味になるのだと思う。訳すとこんなふうになる。「男が支配する社会では、女は、男の情熱の対象としてのみ評価される。」私たちにとって可能な唯一のつながりが、死をものともしない恋の二回転宙返りだけなのだとしたら、たぶん、情熱の対象としてしか評価されないのも、全く完全に評価されないよりは、ましなのだろう。私があれほどまで絶対的に神秘的な他者であったことはない。私は、一種の不死鳥、伝説上の生き物となった。私は風変わりな宝石だ。思うに、彼にとって私は経験したことがないほど異郷的な存在だったのだろう。けれども私は、しばしば、自分が女性であるふりをしているような気がしていたのだ。
デパートには、「若くて可愛い女の子限定」と書かれたドレスのラックがあった。見たとたん、自分がグラムダルクリッチのように粗野な大女であるような気がしてくる。私は男性用のサンダルを履いていた。合うのがそれしかなかったからだ。しかも、一番大きなサイズにしなければならなかったのだ。私のピンクの頬と青い目とけばけばしい黄色い髪は、すべての頭が黒く目が茶色で肌が単色であるこの街の視覚のオーケストラの中で、私を、聞き慣れない音階を奏でる楽器にしてしまう。微妙にかき鳴らされる弦楽器や物思いに沈むフルートが作り出す落ち着いた調和の中で、私はラッパのように鳴り響く。自分自身の存在を、いつまでも鳴り続けるファンファーレのように、宣言してしまう。彼があまりにも華奢に出来ているので、その骨格は鳥のように軽やかな優雅さを備えているに違いないという気がした。ときとして、自分が彼を粉々にしてしまうのではないかと、怖くなるほどだ。彼が私に言った。一緒にベッドの中にいると、自分が、嵐の大海原の上に浮かぶ小舟のような気がしてくる。
私たちは、自分たちの住居を、最もありそうもないような環境の中に設営した。最も畏敬すべき人々の家々に囲まれ、ただ情熱の他は何の備品もない部屋の中で、私たちは暮らしていたのだ。回りを取り囲むのは、「タタミ」マットを箒が掃く音と、下町ことばの喋り声。窓敷居の上にはこぎれいな鉢植えの花が咲いている。毎朝七時にはバルコニーの掃除が始まる。ある朝早く、私は、男が自分の木の葉っぱを拭いているのを目撃した。八時には掛け布団と敷き布団が干しに出される。陽の光が十分に強くなり、舗装していない路地の上の土埃が鎮まると、あちらこちらの薄っぺらな家々で、決まって誰かがショパンの練習を始めるようだった。一緒くたになってベニヤ板越しに微かに聞こえてくるその音は、ただ意志の力によってのみ支えられているように思える。ある時、私は家にいたのだが、そうしていると自分が家の中の奥まった一室に腰を据えているような気がしてきた。そして彼は私がそこから出ることを望まない。その部屋の家賃を払っているのは私であるにもかかわらず、そんな気がしてしまったのである。
彼は、私を置き去りにしていても、圧倒的な自責の念で身を苛むことに多くの時間を費やしていた。しかし、この自責や後悔は、彼にとって、人生の実質そのものであり、翌日になるとまた外へ出て行くことになる。或いは、私がとりわけ腹を立てている場合は、その翌日まで待つ。自分自身早く戻って来るつもりであって、そのことを私に約束していた場合でさえも、どういう訳か常に状況がそれを許さない。またしても彼は首尾よく終電を逃すことに成功する。彼と友人たちは、とりとめなく夜を費やす。喫茶店から酒場へ。酒場から「パチンコ」パーラーへ。「パチンコ」パーラーからまた喫茶店へ。そうしている間にも、彼らは、生粋の実存主義者風ヒーロー特有の無目的な空気を辺りに放射し続ける。彼らは倦怠の鑑定家である。微妙に違う倦怠の様々な酒香を、彼らは味わう。それらは夜の袋小路で無駄に費やされた長い時間が生み出したものだ。朝の始発電車の時間になると、神秘的なほどに人の気配のない、夜明けの中で色を失った、ピラネージ風の駅の光景の中に、彼は戻ってくる。一つの思いが、おそらくそこに、減衰する希望の火花が含まれているが故に、絶妙に彼を責め苛む。今度こそ、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。
彼には私に対して秘密が無かったかのように、私は語っている。そう、あなたは、私が、愛に苦悩しており、鏡に映った自分の姿のように彼のことを熟知していることに気づいたに違いない。言い換えれば、私は自分との関係を通じてのみ彼を知っていたのである。その意味では、私は完全に彼を知っている。時として、私は、事を進めながら、彼を創り出していたのだと思う。しかしながら、だからこそ、あなたは私のことばを信じ、私たちが存在していたということを受け入れなくてはならない。だが、私たちを取り巻いていた状況を描こうとは思わない。そうすることによって、私たちの姿に幅広くもっともらしい細部の実在感を与え、結果として、私たちの実在を信じ込ませようとは思わない。そんな小手先の技を弄したいとは思わない。あなたは、私たちの輪郭をちらりと拾い見るだけで満足しなくてはならない。ちょうど、あなたが窓の傍を通り過ぎるとき、他人の家の姿見の中に、私たちの影をちらりと目にするような具合に。彼の名前も太郎ではなかった。私はただ、桃から生まれた少年という奇抜な着想を使いたかっただけだ。それがぴったりするように思えたのだ。
鏡について言えば、日本人たちは、これを大いに重んじている。古風な宿屋を訪れれば、鏡が、使用されていないときには、布の覆いで隠されているのを、しばしば目撃することになるだろう。彼は言った。「鏡があると部屋が寒々として落ち着かなくなる」彼らは暖かくて居心地のいい雰囲気を好むのだが、このことばにはそれ以上のものが込められているに違いない。あれほど鏡と密着して暮らしていれば、人は暖かくて居心地のいい雰囲気を好むようにならざるを得ない。ところが、あたかも恐怖の対象を崇拝するかのように、彼らは街全体を冷え冷えとした鏡の広間に変えてしまったように思える。鏡は見物人たち全体を絶え間なく増殖させて行く。それらの見物人たちは、しばしば姿を変える驚くべき存在で、全く触れることが出来ない。本物の姿見に鍵をかけなければ、何が現実で、何がそうでないのか、区別することは殆ど出来なくなってしまうだろう。その実在が揺るぎないと思われている建物でさえ魔法のように一晩で消えてしまう。ある朝、目覚めた私たちは、隣家が消え去り、棒切れの山と紐できちんと結わえた新聞紙の束だけが、廃品回収のために残されているのを目にした。
彼も同じような非実在感に取り憑かれているように見えたとは言わない。もっとも、彼が去ってゆく日はいつでも差し迫っているように見えたものだ。しかし、それも、彼が天気のように一貫性が無くしかも変えようがないことに私が気づくまでのことだった。もしあなたが日本に来て住み着くつもりであれば、こうした種類の天気に耐えられるだけの克己心を確実に身につけておかなければならない。いや、非実在感などではない。それではそれ自体の語法の中でしか有効性を発揮しない修辞に過ぎない。彼の主張に耳を傾けていると、彼がそれを信じているのだということを信じる気になれる。しかし、同時に、そうした主張が全く無意味であることを、私は完全に理解しているのだ。いや、そんな言い方は公正ではない。彼が主張するとき、彼は盲目的にそれを信じる。そのとき、彼は完全に確信に取り憑かれてしまう。しかし、彼が主に身を捧げているのは、自分が恋をしているという観念なのだ。この観念は、彼にとって、素晴らしいものであるどころか、崇高なものですらあるらしい。彼はそのために死ぬ覚悟が出来ている。ボードレールを気取る者が、自分自身を一種の芸術作品の状態に留めておくために、自殺も辞さないのと同じようなものだ。彼はこの経験を、日常を絶対的に超越した、経験の傑作にしたいと望む。そうすれば、自分が溺れ込んでいる倦怠という残酷な麻薬の効果を消し去ることが出来るだろう。おそらく、彼は、倦怠というものが現実の世界から切り離された出来事であるという側面に、魅了されたのである。しかし、どの程度の確信が彼を捕らえていたのかは、全く分からない。そして、私は時折考え込んでしまったものだ。いったいどのくらいまで、絶対の確信を持って、感じている振りをしていれば、それが本当になってしまうのだろう?
この国は、見せかけを、最高の形式水準まで高めた。侍を見ればいい。あなたは彼が人殺しだとは思わないだろう。或いは芸者を見ればいい。彼女が淫売だとは思うまい。こうした存在の素晴らしさは殆ど人間に属するものではない。彼らは偶像の世界にのみ住み、そこで儀式に加わる。そうした儀式は、生活それ自体を、不条理であればあるほど感動的な、一連の大げさな仕草に変えてしまう。それはまるで、何かを十分固く信じれば、それが真実になってしまうと、全員が考えているかのようだ。そして、いやはや驚いたことに、実際、彼らはそう信じており、そうなってしまうのだ。私たちが住んでいた路地は、本当は、貧民街だった。しかし、見かけは、調和がとれて静けさが支配する小さな飛び地である。そして、語るも不思議なことに、その見かけこそが現実なのだ。何故なら彼らの全員が、うまく振る舞い、すべてを清潔に保ち、厳格な礼儀正しさの下で生活していたからである。調和のとれた生活をするためには、何と厳格な規律が必要なことであるか。彼らは調和のとれた生活をするために、自分たちの生気を粉々に打ち砕いてしまう。そんな時、彼らは、耐え難い憧れに突き動かされる花の美を、分厚い本に挟んで、干涸らびた押し花にしてしまう。
しかし、抑圧が必ずしも厳格な美を生むとは限らない。その仕組まれた間隙には怪物的な情熱が花を開く。彼らは木を、木という形式概念にもっと似たものにするために、責め苛む。彼らは、丸のみと突き錐を使って、血を拭いながら、自分たちの肌の上に驚くべき絵画を彫り上げる。刺青の男は、歩く苦痛の記憶の傑作である。彼らが誇るのは、一種の様式化した方法で心中を模倣する、世界で最も情熱的な操り人形である。ここには「その後ずっと幸せに」という快適な公式は存在しない。人形悲劇の終幕で、木製の恋人たちが自分たちの喉を一緒になって切り裂いた様を思い出すと、あたかもこの国の宗教美術の心像が私を押しつぶそうとしているかのように、不安を感じ始める。彼の倦怠が、苦悶の刺激以外のすべてから彼を遮断してしまう域まで達していたからである。もし彼が情熱の対象として私を評価しているというのであれば、彼は情熱ということばの意味をその原義にまで切りつめてしまったことになる。情熱ということばは、ラテン語の patior、すなわち、私は堪え忍ぶ、から派生した。彼は、自分に苦痛を引き起こすための道具として、私を評価したのだ。
そして、私たちは方向を見失った月の下で暮らした。月は、あたかも空が自分の目を傷つけたかのように、険悪な紫色をしている。私たちが確かで純粋な交わりを持ったとすれば、それは暗闇の中だけで起こった。私たちの愛は唯一無二のものであり尚かつ絶望的であるという彼の伝染性の確信は、一種の不安症とともに、私にも感染した。じきに私たちは互いを、四肢切断者同士の慎重な優しさをもって扱うようになるだろう。何故なら、私たちは、花火、朝顔、老人、子供たちといった、最も心を揺るがす儚さの形象に囲まれているからである。しかし、そうした形象の中で最も心を揺るがすものは、私たちが互いの目の中に見る、手に触れることの出来ない自分自身の映像だ。見せかけに捧げられた街の中にあって、そうした映像は、うわべだけのものに過ぎない。そして、私たちが互いの他者性の本質を把握しようとすれば、必ず、失敗するのだ。