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●チフリス、或いは神学校

 復学から五年後、イオシフは、主席で村の教会学校を卒業すると、奨学金を得て、首都チフリスの神学校に進学する。

 当時、グルジアに大学はない。
 チフリスの神学校こそが、古い歴史を持つこのキリスト教国の事実上の最高学府だ。(進学を望むグルジアの富裕層はロシアかドイツの大学に進んだ。)

 教会は古い。
 四世紀の国教化から数えれば既に一五〇〇年以上の歴史を有している。このグルジア正教会こそが、必ずしも同根とは言えない諸民族をグルジア人として束ねる核として機能してきたのであり、その意味では、グルジアという国家そのものだった。必然的にここに集まるグルジア人エリートたちの間に反ロシア的な空気が醸成される。

 一方で、早い段階からグルジア正教会のロシア化は着々と進められてゆく。
 既に一八一一年には独自の大司教制は廃止され、ロシア人の大司教が中央から派遣されるようになっていた。チフリス神学校の学長の椅子にもロシア人が座っている。

 このロシア人の学長がグルジア人の生徒に殴りつけられるという事件が起こったのは、イオシフが入学する十年ほど前のことだ。殴りつけた生徒は三年の懲役刑に処せられる。激昂した学生たちは騒ぎを起こし、更に数多くの生徒が学外追放処分を受ける。
 翌年、放校処分を受けた元生徒の一人がこの学長を射殺する。犯人は処刑され、神学校は一年間の閉鎖に追い込まれた。

 再開された神学校で、教育内容の一層のロシア化が進められたことはいうまでもない。従来の典礼文、聖書精読、ギリシャ語、ラテン語の他に、教会スラブ語とロシア語が必修に加えられる。教会でも、ロシア語が公用語とされた。しかし、グルジア人たちの抵抗はしぶとく続く。併合から既に一世紀近く経とうとしているのに、グルジア人の大部分はいまだにグルジア語しか話そうとしない。チフリス神学校でもイオシフが入学する二年ほど前にグルジア語と文学教育を求めて、学生ストが行われている。

 更に、社会主義勢力の浸透が、神学校の状況を複雑にしていた。

 元々、チフリスには帝政ロシアの政治犯が多い。首都に住むことを禁じられた彼らは、自然の恵み豊かな南方の地を居住地として選ぶことが多かったのだ。名前こそ流刑囚だが、帝政ロシアの監視体制はかなり緩い。自ら選んだ流刑地に留まる限り、殆ど自由に活動することを黙認されていた。呆れたことに、政府に衣食住を保証されながら、互いに訪問し合い、明日の理想社会の在り方や政府転覆の方法を論じ続けていたのだ。
 反体制的な気風の強い神学校が彼らの活動の標的になったのは当然のことだった。パンフレットの配布や秘密読書会の開催やらを通じて、彼らは着実に足場を固めてゆく。

 こうして、チフリスでは神学校が左翼勢力の最大拠点となるという、一見して奇妙なねじれ現象が生じている。実際、十年前にロシア人学長を殴りつけたグルジア人神学生シルヴェストル・ジブラーゼも、二年前の学生ストを指導したラド・ケツホヴェリも、ともに社会主義者の道を歩んでいる。

 イオシフが革命家の道を歩んだことは必然だったろうか?
 なるほど、彼の心の中には、反逆の種とも言うべき社会への怨念が渦巻いていたことは間違いない。しかしそれは必ずしも人を革命に導くものではない。むしろそうした怨念は、時として、社会への順応の原動力にすらなりうる。イオシフも、放っておかれれば、怨念を原動力に、聖職者への道を真っ直ぐに歩んでいったはずだ。何故なら、彼は、怒ると同時に、恐れてもいたからだ。いや、むしろ、恐れが怒りを圧倒していた。だからこそ、彼は、初めて教室へ足を踏み入れたとき、傲慢な目つきで辺りを睥睨し、自分が恐れていないことを示さねばならなかった。彼の目を捉えたのは、自分と同じように、周囲を馬鹿にしたような目で眺めている一人の少年の姿だった。ワノ・ケツホヴェリだ。

 ワノとイオシフの関係は単純なものではない。
 彼は、二年前、学生ストを主導して追放されたラド・ケツホヴェリの弟である。
 兄を通じて早くから社会主義思想に馴染んでいたこの少年が、神学校の同級生たちを最初から見下していたのも不思議ではない。
 教会の教えを信じて勉学に励む素朴な同級生たちの無知を彼は軽蔑した。中でも下層出身の連中はひどい。イオシフなど、その典型だ。ワノは、イオシフの中に生い立ち故の強烈な劣等感と上昇志向を嗅ぎ取って、これを激しく嫌悪した。イオシフも、敏感にそれを感じ取って、ワノを憎むようになる。二人の間には、敵意のこもった視線が交わされた。しかし、数年後、二人は、友情とは呼べないにしろ、ある種の固い絆で結ばれることになる…

少年詩人


(20010206追加)

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