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●転落と追放

 「恐怖」こそ「同化」への原動力である。最初の年、イオシフは学業と修身の両面で高い評価を得た。「恐怖」はまだそれほど大きく彼を支配していた。

 詩作の成功がそうした恐怖を幾分和らげる役割を果たしたことは間違いない。彼はようやくのことで辺りを眺める余裕を取り戻し、その本来の年齢にふさわしい、自分自身が何者であるのかという探求に、恐る恐る足を踏み出し始める…
 ワノはそんな彼にさりげなく忍び寄ってきた。

 学年が進むにつれて、この特待生の態度は変わり始めた。  元々それほど快活でもなかった性格がますます暗い雰囲気を帯びはじめる。何やら憂鬱そうな顔をして物思いに沈むことが多い。早くも二年の終わりには、ゴリの教会学校時代からの友人イレマシヴィリに、こっそりと打ち明けている。
「いいかい、神はいないんだ…」
 震える声でそう語るイオシフの顔は蒼白だった。
 手には、ワノから貸してもらった本がしっかりと握りしめられている。
「人は元々猿のような下等な生き物だった。それがだんだんと進化して人間になったんだ。アダムとイブの話なんて嘘っぱちだ」
 イレマシヴィリは穏やかに微笑んだだけだった。
「ワノに読まされた本にそう書いてあったのかい?」
「怪しげな本じゃないんだ。ヨーロッパでは、もう、こうしたことは常識なんだよ」
「だから?」イレマシヴィリはまた微笑む。「だから、どうした? 科学が主張するところと聖書に書いてあることが違うからって、それがそんなに大したことだろうか? 聖書に間違ったことが書いてあったとしても僕は驚かない。そんなこともあるだろうさ」
 イオシフは怒ったように黙っている。
 イレマシヴィリはそんな友人に優しく言って聞かせる。
「イオシフ、君はまじめすぎる。純真すぎる。そんなことじゃ、とってもやっていけないよ。僕はとっても心配だ」

 そのまじめで純真なイオシフを、ワノは情け容赦なく、「新しい知識」の洪水の中に引きずり込んだ。最初は通俗的な啓蒙書。合理主義やら科学思想やら実証主義やら。そして無神論、虚無主義、唯物論…。
 実のことを言えば、その知識は新しくもない。むしろ前世紀のヨーロッパで流行した時代遅れの思想に過ぎない。ウィーンでは経験主義や素朴実在論はマッハ主義の前に色褪せて久しかったし、イオシフが血相を変えて「新しい知識」を披露しているまさにそのとき、数千キロほど離れたベルリン大学では、熱せられた金属板から「不連続」的に飛び出してくる「エネルギー量子」の「跳躍」をマックス・プランクが不安げな表情を浮かべて見守っているところだった。これこそが、長いこと「完全」だと思われていた古典物理学の体系が綻び始めるその歴史的瞬間だ。素朴実在論が保証していた「堅固な世界」の壊滅が始まる。時代は既に変わっていた。

 しかし、ヨーロッパから遠く離れたグルジアの地で神学校に通うイオシフにとっては、とりあえず、関係はない。
 それまで、この少年は、自分の惨めな境遇から脱出する希望を信仰に求めるしか選択肢のない境遇におかれていたということを理解して欲しい。そんな少年にとっては、今まさにお役ご免を被りつつある使い古しの思想だけで「十分」だったのだ。不快なことだがこれは事実である。出会いは、まさに天地がひっくり返るような大事件に他ならない。自分を取り囲んでいた世界が音を立てて崩れ去り、あとには見渡す限り瓦礫の荒野が広がっている。その中を、イオシフは、あてもなくふらふらと彷徨い始めた。

 三年目は何とか持ちこたえた。舫綱の切れた小舟よろしく、ふらふらと彷徨い続けているが、まだ、一線は越えていない。

 しかし、四年目は決定的な年となる。

 スターリン全集の年表を開けば、そこに勇ましい記述が踊っているだろう。曰く、「1896年から97年頃には自らをマルクス主義者と自覚し、覚醒…」「当地の流刑の身であった社会主義者グループと接触を開始」「チフリスの鉄道修理工場での社会主義サークル活動に参加」「神学校校内で社会主義サークル運動を開始し指導的役割を担う」…

 うそっぱちだ。
 現実はそんなものではない。
 ある日、ワノの自宅を訪れたイオシフは、偶々そこで先に来合わせていた数人のロシア人と顔を突き合わせたのだが、それが「当地の流刑の身であった社会主義者グループと接触」の「実態」だった。ワノの兄、ラド・ケツホヴェリの客人である。イオシフが入学する二年前、グルジア語教育を要求に掲げて学生ストを組織したあのラドだ。
 ロシア人たちはイオシフの顔を見ると、たちまち腰を上げて引き上げてゆく。イオシフは急に不安になる。帰り際にロシア人たちがイオシフに投げかけた疑り深そうな視線が尋常のものとは思えなかったのだ。一体誰なのだと、ワノに問うと、傍らで面白そうにようすを見守っていたラドが、「君は知らない方がいい」と答えた。イオシフの顔は一瞬にして青ざめた。それは恐怖でもあるとともに、怒りでもある。グルジア人は、一般に、怯懦を恥とする。イオシフは、実際に恐怖を感じていたからこそ、一層、ラドのことばに怒りを覚えたのだ。

 その後、イオシフがワノやラドが持ちかけてくる危険な誘いに応じ続けたのも、自らの怯懦を恥じる気持ちからだった。鉄道修理工場で秘密裏に行われた集会に顔を出したのも、彼自身がそのことを強く望んだからではない。しかし、「君だって靴職人を父親に持つ労働者階級の出身じゃないか?」とワノに問い質されたとき、彼はそれを否定することが出来ただろうか?
 自らの貧しい出自を恥じていることを悟られてはならない。自分の勇気を行動で実証して見せなければならい。そのようにして彼はますます深みへはまりこんでゆく。
 
 ワノが主催する学内の読書会に恐る恐る顔を出したのが最初だった。グルジアで初めて結成された社会主義者団体メサメ・ダシへの加入。学内でのオルグ活動。彼の活動はたちまちのうちに学校当局の知るところとなる。教師たちの警告。途端に、彼の態度は反抗的なものに変わる。もはや自分の活動を隠そうともしない。学生集会では禁書を朗読して、かえって、学校当局を挑発する始末だ。いったん走り出してしまうと、彼は、もう、自分を押さえることが出来ない。幼い頃から抑圧し続けていた自尊心が爆発する。彼らの世界に自分からすり寄り、その情けにすがるのではない。彼らの世界をひっくり返し、自らが主人であることを宣言する。それが革命だ。それは一つの夢想に過ぎないのだが、傷つけられた彼の自尊心はその夢物語にすがりつかずにはいられなかったのだ。

 今日まで保管されている神学校の内部文書によれば、その年の十二月、イオシフは、ついに、懲罰独房への五時間拘束という処分を受けている。この処分が、十九の若者をいたく傷つけたことは間違いない。

 年末、グルジア初の社会主義団体メサメ・ダシの創設者であるノイ・ジョルダニアは、一人の青年の訪問を受けた。
 イオシフ・ジュガシヴィリという名前を聞いても、誰なのか、とっさには思い出せない。確か、ラドの紹介だ。神学校の後輩で、弟の同級生。身元ははっきりした奴だという話なので、入団を認めたのだが、ジョルダニア自身は当人を殆ど知らない。
 やがて、通されてきた青年を見て、ジョルダニアは顔をしかめた。
 いかにも貧しげな着古した神学校の制服と、青ざめて思い詰めた表情。厄介ごとの臭いがする。実際、青年は、学校を辞めて専従活動家になりたいという希望を、ぼそぼそと述べ始める。
「待ちたまえ、君」
 ジョルダニアは苛立たしげに手を振って相手の話を遮る。
「専従活動家って、いったい、君、何をするつもりなんだ?」
 イオシフは、一瞬、口ごもり、躊躇いを見せたが、やがておずおずと、労働者への宣伝・啓蒙活動に携わりたいというようなことを呟く。
 ジョルダニアは思わず苦笑した。イオシフは顔を引きつらせる。彼は屈辱にはひどく敏感で、それがやってくる前から、その気配を確実に感じ取るのだ。恐れていたとおり、ジョルダニアは、幾分皮肉のこもった口調で尋ねる。啓蒙ったって、君、自分自身は理論面での研鑽を積んでるのかね? マルクスの原典は読んだことがあるのか? それ以前に、経済学や法律学の基礎的な知識は身につけているのか? イオシフは黙り込むしかなかった。彼が貪るように読んだのは通俗的な啓蒙書や宣伝パンフレットの類だけだったし、神学校で頭に詰め込まれたのは、典礼文や教会スラブ語の類だけだった。君にはまだまだ勉強が必要なようだね。今は勉学に専念したまえ。ジョルダニアは訳知り顔にそう言うが、彼にはチャンスがないのだ。  何も言えず、肩を落として去ってゆくイオシフの後ろ姿を見送って、ジョルダニアは溜息をついた。
 実のことを言えば、ジョルダニアは、イオシフようなような連中が嫌いだった。自分のようにドイツやロシアの大学で学んだことのある本当の知識階級ならまだいい。さもなければ、この町の鉄道修理工場で働いているような本物の労働者だ。あの青年のような神学生風情が一番扱いに困る。ドイツ語やフランス語はおろか、ロシア語すらおぼつかない。そのくせ、自分たちは無知な労働者とは一線を画していると思いこんでいる。中途半端な奴ら。困った奴ら…

 これは破滅だった。  行き場のない袋小路だ。  自分が引き返せない地点まで歩みを進めてしまったことは確かだ。学校当局に対してここまで露骨に反逆してしまった以上は、自分が無事に神学校を卒業できるとはとうてい思えない。自分の窮状を正直にうち明けて泣きつけば、ジョルダニアの対応もまた違ったものになっていたかもしれないが、自尊心がそれを許さなかった。ワノを初めとする学内の同志たちも、これまでのイオシフの大胆な行動を、驚きと敬意の念をもって見守っている。その彼らの目の前で弱音を吐くわけにも行かない。ましてや、改悛の情を見せ学校当局の慈悲を請うことなど不可能だ。内面の絶望とは裏腹に、イオシフはあくまで強気で、学校当局への反逆を続けてゆく。  ロシアの腰巾着と学生たちに嘲られているグルジア人の監督官アバシーゼがイオシフを呼びだしたのは、翌年の春だった。 「次の試験で相応の成績をおさめなければ、お前をこれ以上学校においておくわけにはいかない」  アバシーゼは机の向こうにふんぞり返って、虫けらでも見るような目つきでイオシフを睨みつける。  イオシフは、青ざめながらも、敵意のこもった目で睨み返す。  監督官はうっすらと残忍な笑みを浮かべる。 「いいか、これは純粋に学業の問題だ。特待生として特別の恩恵を受ける以上は、学業でそれなり条件を満たさなければならない。最近のお前の成績は、その意味ではかなり問題が多いな」  事実、イオシフの成績は、政治への傾斜を深めてゆくにつれて、下降線をたどり始めていた。  一八九九年五月、試験放棄を理由にイオシフは神学校から除籍される。  十五歳でチフリスに出てきた少年も、今では二十歳の青年だ。  十九世紀もいよいよ押し詰まり、新しい世紀が目前に迫っていた。  しかし、明日からどうしたらよいのか、イオシフには何の当てもない。
気象台


(20010206追加)

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