13.(back) ← → 15.(next)
▼14.地図


 少年は答えられず、途方に暮れる。
 老人は冷ややかにその様子を眺めている。
「お前は私の術を受け継ぎたいと言うが、もう、それも無理だ。諦めろ。こんな術を習ったところで、もう役には立たん。人々が新しい王家と新しい神を選んだとき、既に私の役目は終わっていた。今までは、お前の父親の情けにすがって、ただいたずらに命を長らえてきただけだ」
「でも、毎晩、ここで星を読み続けていたではないか?」
「一度天を読むことを覚えてしまった者は、死ぬまでそれを止められない。何故なら、この天空だけが唯一の実在であり、地上に起こる出来事は、全て、その影に過ぎないことを悟るようになるからだ。分かるか?」
 少年は頭を振る。
「地図を思い描いてみればいい。街の路地の隅々まで寸分違わず描いた精密な地図だ。その中にお前自身が描かれているとしたらどうだ? しかもお前が動くとその地図の中に描かれたお前までが動くのだ。お前が右に曲がれば、地図に描かれたお前も右に曲がる。お前が机の上に置かれた水差しに手を伸ばせば、地図に描かれたお前も机の上に手を伸ばす。地図の中には、机はもちろん、その上に置かれた水差しも、お前自身も、すべてが書き込まれてある。これはつまり、地図の中さえしっかり覗き込んでいれば、街の中を自由に動き回れるということに他ならない。試しに地図を手にしたまま往来に出てみればいい。地図の中に描かれ自分の動きに注目してさえいれば、全く何の問題もなく自由に街の中を動き回れるようになる。実際に街そのものを見る必要は全くない。最初のうち感じていたとまどいも、すぐに消散してしまい、しまいには自分が地図を見ているのだということも意識しなくなってしまう。やがてお前は認めざるを得なくなるだろう。地図の街と実際の街の間に何の違いもない。お前が実際の街だと思っているものも、お前が見ているもう一つの地図で無いという保証はどこにもない。よく見れば、地図の中の机に上にも地図が置かれている。その地図の中に描かれた地図の中にも机の上に載せられた地図が描き込まれいる。こうして無限の連鎖が続いて行く。そしてお前は不安げに頭上を見上げる。自分を見下ろすもう一人の自分の目を天空に求めて…。お前はもう分からなくなってしまう。自分は一体何者なのか? この自分が地図の中に描かれた存在ではないと言い切れるのか? 本当の自分はどこにいるのか?」


13.(back) ← → 15.(next)
作品アーカイブ top
tach 雑記帳 top
update index
file index
BBS tach談話室
©tach 2002 [e-mail: tach@iname.com]