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▼19.船出
夜明け前、少年は甲板に立って、上流へ遠離って行く街を眺めている。
夜がその神秘を失おうとするこの時間、薄明の中にぼんやり浮かび上がる街の姿は、みすぼらしい土塊のようだ。自分が十数年間の時間を過ごしたその場所を、こんなふうにして外から眺めていると奇妙な気分に襲われる。世界のすべてであったはずのその場所は、ここからだと不思議なほどに狭苦しい小さな場所のように見える。街の路地から見上げると辺りを睥睨するようにそびえ立っていたはずの宮殿や寺院も、不自然に大きいばかりで優雅さを欠いた粗雑な建造物に過ぎず、それを包んでいるはずのオーラは消え失せてしまう。
河を下れば、やがて海が広がり、そこでは東方へ向かう貿易船が少年を待っているはずだった。少年はまだ見ぬ遠い異国に思いを巡らせる。穏やかな内海を数日進めば天国のような島にたどり着く。あちらこちらでこんこんと湧き続ける清らかな泉とたわわに実る果物。しかしそこは経由地に過ぎない。船は島を後にするといよいよ波の荒い外海へと乗り出す。島影一つ見えない広大な海原を延々と走り続けることになるだろう。もはや世界の果てにたどり着いてしまうのではないかと思い始めるころ、水平線の向こうに未知の大陸が姿を現す。昼尚暗く鬱蒼と生い茂る熱帯の密林には異形の獣達の咆哮がこだましているという。更にその密林の向こうには白い雪を頂く巨大な山々が連なっているというのだが、そもそも「雪」とはいったい何なのだろう? 雨が冷やされて固まったものだと異国の商人達は説明してくれたが、どんなものなのか少年には想像もつかなかった……
この十数年後、東方の長い旅から帰還した少年は、全く様変わりした故郷を目にすることになる。つかの間の繁栄を見せた後、新王家は瓦解し、彼の一族も命運をともにする。あの将軍すら何の痕跡も残さず消え去り、街は、誰も知らない不思議なことばを操る異人たちの支配するところとなっていた。
しかしそれはまだ遠い先の話だ。
少年の旅は始まったばかりだった。
(了)
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