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●船上
日の出桟橋から一時間弱。
幾つかの船着き場に立ち寄った後、最後に海面すれすれに架かる低い橋をかろうじてくぐり抜けると、突如として海原の真ん中に出る。本当は荒川の河口なのだが、埋め立て地の間に穿たれた狭苦しい運河を通り抜けてきた後では、まるで外洋にでも漕ぎ出してきたかのような開放感を覚える。目に入るのは海と空だけだ。
やがて海の向こうに姿を現すホテルの群。
ステーテン島からバッテリーパークまでフェリーで渡ったとき、近づいてくるマンハッタンの摩天楼の群が、直接海の上に浮いているように見えた。千葉のゴミ捨て場の上に築かれたホテルの群も、今は、ちょうどそんな具合に、青い海の上に直接浮いている。ディズニーランドを訪れる若いカップルや家族連れはこんなホテルに泊まる。
昔、新聞の片隅で見かけた三面記事を思い出す。
ホテルの一つから身を投げた一家の話だ。
どうして死ぬ気になったのかは覚えていない。事業に失敗したとか、借金を抱え込んだとか、そんなお定まりの理由だったような気がする。死ぬ前に素敵な思い出を作ろうとやって来たところがこのディズニーランドだ。二日間、園内で思いっきり遊んだ後、みんなで手をつないでホテルの屋上から飛び降りる。
堪らない気分にさせられるのは、一家が死に場所としてディズニーランドを選んだこと。そのことが彼らの死を決定的に惨めなものにしてしまった。いったい彼らは、ディズニーランドに本当のおとぎの国があると信じていたのだろうか? 着ぐるみを着てのたのたと動き回るアルバイトと握手して、お伽話の主人公たちを目の当たりにしていると思い込めたのだろうか? 解凍した冷凍食品が盛りつけられた皿を前に、それを贅沢な晩餐だと思って口にすることができたのだろうか? ここにあるものは何から何まで見事なほどに見せかけの偽物ばかり。人々はそれを承知で自ら進んでその虚構に身を任せようとする。死を覚悟の上で選択した最期の楽しみが、そんな見せかけだけの紛い物の楽しみであっていいのだろうか?
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