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●葛西臨海公園
水上バスは直接ディズニーランドに向かうわけではない。
たどり着いたのは、川を挟んでその西側、人工渚の傍らの船着き場だ。
見上げるばかりの巨大なモニュメントが目を引く。よく見れば、これは人工渚とコンクリートの岸壁を結ぶ吊り橋だ。
水上バスを降りた僕は、岸壁をぶらぶら歩きながら考える。
いったい誰がこんな無意味なことを思い付いたのだろう?
役人と土建屋の癒着がそんな馬鹿げたものを生み出したのかもしれない。けれども、その底にはもっと遠い昔から連綿と受け継がれてきた虚構の存在を感じてしまう。たとえば、古代エジプトの平民たちは、そびえ立つピラミッドを見上げたとき、似たようなことを感じたのではないだろうか? 一人一人は無に過ぎない社会の歯車たちも、この橋を見上げるときばかりは、その富と力を自分たちも分かち合っているという幻想を味わうということになるのだ。ここではまだ、そうした象徴が、かろうじて機能している。
波打ち際から離れ緩やかな斜面を登って行くと、同じ敷地内にある水族館にたどり着く。
短い階段を登ると目の高さに海面が広がっているので吃驚する。しかし次の瞬間、幻覚は破れ、自分が建築家の仕掛けた罠にはまったことに気がつく。屋根の上一面に水が浅く張ってあって、それが遠くの本物の水平線までつながって見えているのだ。
やがて僕は円形水槽の部屋に一人佇んでいる。これもまた何という戯れ事だろう。暗がりの中を歩いてきた観客は突如としてドーナツ型の巨大な水槽の中央に立たされる。周囲三百六十度をぐるりと取り囲むのは水槽の窓。ぴかぴかと銀色に輝く魚たちが弾丸のようなスピードで次々と目の前を通り過ぎてゆく。そのおびただしい数。まるで壁全体が強烈な速度で回転しているようで、めまいを覚えた僕は思わす目を閉じてかがみ込む。
無意味なことだ。どんなにスピードを上げても魚たちは同じところを繰り返し回り続けるだけで、どこかへ逃げ出せるわけでもない。魚たちにもそれは分かっているのかもしれないが、泳ぎ続けないわけにはいかない。さもなければ、呼吸ができずに死んでしまう。なんだかどこかの国の連中によく似ている。あまりにも露骨な符帳の一致に鼻白む思いがこみ上げてくる。何という自虐だろう。魚たちにも自分たちと同じことをさせて、無意識のうちに憂さ晴らしをしているのだ。
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