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●現場

 数十分後、川を渡って、僕はようやくディズニーランドにたどり着く。
 大勢の家族連れやカップルが行き交う中にたった一人で佇んでいると、襲ってくる強烈な違和感。まるで自分が異物のよう。
 平日の午後で、九月の陽射しはまだ厳しい。
 太陽に暖められた地面からもわっと立ち上ってくる暖かな空気。妙な臭気が混じっている。微かに奏でられる通奏低音のようなもので、臭うか臭わないぐらいの微かな臭い。だが、一旦気がついてしまうと、鼻についてしまって、一瞬といえどもそれを忘れることができなくなってしまう。いったいどこかから臭ってくるのだろう? 辺りを見回してみても、コンクリートに覆われた地面には塵一つ落ちていない。たまにゴミを投げ捨てる不心得者がいても、たちまちのうちに珍妙な道化のような格好をした清掃員が現れて、踊りながらちりとりの中に放り込んで行く。でも、確かに臭気は辺りに漂い続けている。
 太陽にじりじりと炙られる地面を見つめ、今更ながら、ここが元々埋め立て地であったことを思い起こす。このコンクリートに覆われた表面の数メートル下に、この都会の住民たちが、何十年もかけて排泄してきた汚物が堆積しているのだ。そこから発する臭気がコンクリートの層に染み通って滲み出してくる様をどうしても思い浮かべてしまう。
 思い過ごしだろうか?
 行き交う人々の顔を覗き込んでみるが、そんな臭気に気付いているような気配は見えない。
 初老の男が目の前で突然倒れたのはそのときだ。
 僕の目は逆上せたように真っ赤な顔に釘付けになる。鼾のような異様な音を立てて激しく呼吸しているが、目を閉じてぴくりとも動かない。孫らしい幼い娘が、怯えきった表情を浮かべて、傍らに立ちすくむ。二人だけで来ていたらしく、周囲に、家族らしい姿は見当たらない。
 人々は当惑の表情を浮かべながら遠巻きにして通り過ぎて行く。
 僕がテロリストにあるまじき行動を起こすことを決心しかけた瞬間、それは起こった。
 彼らがどこかから現れたかは分からない。
 ふと気がつけば、担架を手にした彼らは倒れた男の上にかがみ込んで様子を窺っている。鼠や家鴨を模した着ぐるみの無表情さが不気味だ。どうしてこんなときまで着ぐるみを身にまとい続けているのか分からない。もっと分からないのは、彼らがいつものように一言も口をきかず、キャラクター独特の誇張した身振りを続けていることだ。家鴨は傍らの幼い娘を振り返ると、跪いて彼女の顔を覗き込む。もちろん、そこには恐怖の表情しか浮かんでいない。それを無視して、大きく頷き、自分の胸を叩いてから、今度は彼女の肩を叩いてみせる。大丈夫だ、自分に任せろと言う意味らしい。彼らは手際よく男を担架に乗せると、娘を従えて歩き始める。大きなゴミ箱のそばにさしかかったとき、傍らの塀が突然割れて、彼らはあっという間にその中に消えてしまう。あとに残されたのはただの壁だ。僕は塀に歩み寄り、彼らが消えた辺りをおずおずと撫でまわしてみる。いくら見てもどこかに扉があるのか全然分からない。
 園内の至るところに秘密の通路が張り巡らされているという話を思い出した。ゴミの搬送やらスタッフの移動に使われるその通路は物陰を縫い、ときに地下通路で結ばれ、訪問者の目からは巧みに隠されているという。倒れた男が、その通路を通ってゴミと一緒に園外に排泄されて行く様子が思い浮かんだ。
 辺りを見回してみる。
 何もなかったような顔をして通り過ぎて行く人々。
 実際、つい今し方自分が目にしたものがすべて幻だったような気がしてくる。


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