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●群衆
……そして僕は、乗り物にも乗らず、ただひたすら敷地の中をさまよい歩く。融けたアイスクリームや腐ったゴミの臭いが執拗につきまとい、僕を悩ませる。それはときの経過とともに強さを増し、終いには耐え難い強烈な悪臭へと変わって行く。なのに、誰もそれに気付く素振りを見せない。この何万人もの群衆の中で、ただ一人、この僕だけがその臭気の存在に気がついているようだ。いったい何故だろう? そもそも本当にこの悪臭は存在しているのだろうか? それが僕の妄想ではないとどうして断言できるだろう? 自分自身に対して急に自信が持てないような気がしてくる。無関心な世界の中で僕はたった一人の孤独な狂人だった。
やがて、疲れ切った僕は、食堂の片隅に腰を降ろして、周囲の家族連れやカップルたちを見回す。気をつけて見れば、みな、一様に疲れ切って不機嫌そうだ。彼らはただ幸せな家族や恋人たちの形だけを何の熱意もなく機械的になぞり続けているように見える。不機嫌を必死で押し殺し、子供たちに対して何とか優しく振る舞おうと、絶望的な努力を続ける親達。子供たちはその抑圧された不機嫌を敏感に感じ取っておずおずと親達に媚びを売っている。香料と甘味料しか入っていない豚の食い物を食らい、この反吐の出そうな臭気にすら気がつかない。いや、気がついていても、そのことに自信が持てないのではあるまいか? ここは楽しいところだと言い聞かされれば、必死になってそう思い込もうとする。真実から意図的に目を逸らし、他人が用意したこれ見よがしの幻想の中に自ら溺れようとする。どうして、そこまでして自分自身の現実から逃避しようとするのだろう?
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