18.(back) ← → 20.(next)
●出発
電話が鳴った。
「ご都合は如何ですか?」
どんなときでも落ち着を失わない柴田の冷静な声。
「もちろん、準備はできています。」
「それでは、いつもの公園でお待ちしていますので、すぐに来ていただけますか? 周りには何もいわず、机の上も片付けず、何気なく立ち上がってそのまま真っ直ぐに来て下さい。もし今上着を脱いでいるなら、それを羽織るのも止めて下さい。そのままです。その辺にファイルが置いてあれば、それを何気なく手に持って、打ち合わせにでも行くような顔をして席を離れるのもいい方法です。」
オフィスの中ではあちこちで喧しく電話のベルが鳴り響き、午前中の仕事が最高潮にさしかかろうとしている。誰もが自分たちの仕事に熱中していて、人のことなど気にしていない。
外に出ると秋の終わりの陽射しが眩しい。
街並みが急に胸に浸み透るような美しさで輝きだす。
例のベンチに近づいてゆくと、柴田は後に付いてくるように身振りをして、さっさと先に立って歩き出す。僕はまるで夢遊病者のように彼の後を追っていたのに違いない。木洩れ日が妙に美しいとか、明日もきっといい天気だろうとか、何の関係もないことが頭の中に浮かび続ける。
柴田は大通りに出て、タクシーを止めると、僕にも乗るように促す。
しばらくどちらも口をきかない。
「どこへ行くんですか?」
沈黙に耐えきれなくなったのは、やはり、僕だった。
「私も知りません。どこへ行くんですか。」
柴田は運転手に話しかけた。
「埋め立て地へ。」
運転手が振り返りもせずに答える。
「ああ、そうか。多分ヘリコプターが待ってますよ。目的地の真ん中に空から降り立つことになるはずです。私はオペレーション担当でないんで詳しいことは知りませんが。」
「それじゃ、今日のあなたは何をしに来たんです?」
「馴染みの顔が出迎えた方があなたも落ち着くでしょう。ただそれだけですよ。私としても最後まで見送らせてもらうつもりです。責任と言ったらおかしいけれど、とにかくそれが私の気持ちですから。」
相も変わらず無表情のまま落ち着き払って答える。
ひとけのない埋め立て地の真ん中に車が止まったのはそれから三十分ほど経った頃だった。僕たち二人が降りるとタクシーはそのまま走り去った。途端に辺りは静まり返り、昼下がりの熱気と草いきれが僕たちを包み込む。見渡せばすすきの原の向こうにヘリコプターが着陸している。回転翼の二つある大型機だ。目つきの悪い男たちが数人、辺りにたむろしている。確かに柴田が一緒でなければ近寄れない。柴田が合言葉らしいことばを口にすると、男たちは僕たちをヘリコプターの中に招き入れて、すぐに扉を閉めた。待ち構えていたのは今まで会ったこともない見知らぬ男だ。一目で尋常の職業に就いている人間ではないと分かる鋭い目つき。心の中にひやりとした氷のような感触が広がる。人を殺すことを何とも思わない人間がいるとしたらきっとこんな目つきをしているに違いない。それが突然、ニッコリと微笑み、僕の両手を握りしめて言ったのだ。
「お待ちしてましたよ。我々は貴君のような人材の出現を待望していた。貴君の国家への尊い献身は永遠に我々の記憶に留めおかれるでしょう。」
そのことばに合わせて周囲を取り囲んでいた何人かの男たちも一斉に敬礼する。
僕が唖然として立ち尽くしていると、男はさっさとディズニーランドの地図を広げ、きびきびと説明を始める。
「降下地点は城の正面。装備は小型ミサイルのランチャーと、対建築物用ミサイル二十発、対人用ボール爆弾弾頭付きミサイル同じく二十発。神経ガス弾五発。どれも重いからカーゴに搭載して別に投下します。ちょうど降下地点に落ちるはずだから、まず最初に使い切った後で移動を始めるといい。携帯用の武器として自動小銃一丁と大型マガジン二十、手榴弾二十発、ガスマスク。正面入り口に空から地雷を撒いておくから、群集をその方向へ追いつめて行けば効果的です。城を背にしてそのまま前進すれば自然にそうなるでしょう。ひょっとしたら巡邏中の警官から応戦があるかもしれないので油断しないように。特にもの影には気をつけること。もっとも警官の持っている短銃じゃ、自動小銃にはかなうはずがないが、用心にこしたことはない。うまく使いこなせば一万人程度は殺傷できます。何かご質問は?」
18.(back) ← → 20.(next)
●作品アーカイブ top
●tach 雑記帳 top
●update index
●file index
●BBS tach談話室
©tach 2002 [e-mail: tach@iname.com]