
この特集は京都在住の方、京都に詳しい方でないとかなりつらいくらいローカルな地名が出てきます。読んでいただくのは結構ですが多分面白くないと思います。あしからず・・・・・
皆さんは自分の住んでいる土地にふと疑問を感じたことはありませんか。例えば、京都では北に行くことを「あがる」と言い、南に行くことを「さがる」と言います。これは、京都独特の表現です。では何故、京都だけがその表現を使っているのか?それにも理由はあります。今住んでいる町名。普段よく通る道。なぜそのような名前なのか?京都は歴史的な土地ですので地名一つとってもその由来や歴史が必ずあります。東寺という有名なお寺があります。東寺があるのに西寺はありません。でもそれは現在の話でずっと昔は東寺の横にきちっとありました。しかし東寺だけ残って西寺はなくなってしまったのです。では何故なくなったのか?そういった事を京都造営の歴史を追いながら話していきたいと思います。
京都は周知の通り「1000年の都」として栄えた都市です。「794年、桓武天皇が仏教勢力から逃れるために遷都した。」というのを皆さんは中学の歴史で習ったのではないでしょうか。それまでは難波宮だの平城京だの転々と遷都されてましたので1000年ものあいだ都がおかれたというのはすごいことなのです。なんせ、東京でさえもまだ150年足らずなのですから。ともかく、平城京から794年都は京都へと移されました。(厳密に言えば長岡京から)「仏教勢力から逃れるため」という理由が一般的なのですがこれも詳しく書けばいろいろと推論があります。が、その事はいずれ機会があればということで、今回は第1章「京都の中心はどうして決まったのか」を掲載します。以後、定期的に掲載しますので末永くお付き合い下さい。
| 第1章 | 京都の中心はどうして決まったのか? |
| 第2章 | 「朱雀・九条・京極」通りと「右京・左京」の由来 |
| 第3章 | 王城鎮護国家・平安京 |
| 第4章 | 「上京・中京・下京」の起こり |
| 第5章 | 『祇園祭』 |
| 第6章 | 『五山の送り火〜大文字〜』 |
| 第7章 | 『五山の送り火』(残り4山の解説) |
| 第8章 | 『平安時代の政治』 |
| 第9章 | 『雅な国風文化(文学編)』 |
| 第10章 | 『雅な国風文化(建築編)』 |