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設立趣意書
   

 

設立趣意書

たつのこ共同保育所が創立したのは1977年。
この保育所をつ<る発端となったのは、1970年代初期に、川崎の高津区で女性たちが集まってやっていた婦人問題を考える会という小さな学習会でした。この学習会は、女性解放を主なテ一マにして話し合いや学習をしていました。

そのうち、メンバーの半数以上が子持ちになり、「婦人労働と子育て」「男と女の関係のあり方」の問題は絶えずグル−プの中心課題となり、母子で閉鎖的な家の中で向き合っている主婦の悩みや、子育てと労働とどちらにも主体的になり切れない女子労働者のかかえている問題が次々と話されました。
そうした状況をそのままにした<ない、なんとかして
「もっと人間らしく、生き生きと生きたい」
「もっと子も自分もいろんな人々と接したい」
「子育てというあたり前の行為を自分の手にとりもどしたい」
という声はだんだん切迫したものになつてきました。
その声は、すべてを金や物に換算し、議争や序列で人間の価値を決定してい<社会への批判や、バラバラにされた人間関係、子育てのあり方をなんとかしなくては、という思いでもありました。
そして、単に批判するだけでなく、自分たちが主人公になって、自分たちの力で人々や周囲に働きかけ、つくりかえていきたいという強い欲求になりました。そうした思いを学習会でみんなで出し合いながら、保育論の学習もし、共通の理解をだんだん深め、保育所づくりに踏みきりました。

たつのこ共同保育所を建設する時に、まわりの人々に協力を求めて出した趣意書には、こう書いてあります。

  1. 子どもの気持ちをのびのびと受け入れながら、子どものもつている力を引き出してい<ことを保育理念とします。

  2. 私たちは預ける側と預かる側の分業、対立の止揚に努力し、全ての会員が保育に参加する体制をめざします。

  3. 私たちは子育てをとりまく状況を変えていくための地域運動の拠点づくりをめさします。

  4. 私たちは共同で、自分たちの生活、労働を点検し、変革していく力をもつ集団づくりをします。

当時の私たちの熱意を示した趣意書は、私たちの原点ですが、それをめざして進んできたというより、とにかく、無我夢中で今日に至ったという感じです。読みかえしてみて、それは今も変わらずひきついでいきたいものだと改めて思います。
子どもたちをとりまく状況をひとこと・・・・・・。

現在の教育政策は、能力別編成、共運一次項と子どもたちを評価するもので、学校は、教育の場とは名ばかりの管理社会となってき、それが弱まる傾向はありません。
そうした結果、教育そのものが金もうけの対象となり、塾、ペーパーテス卜の氾濫・・・・と教育産業が盛んになり、親も子も巻き込んで、成績−有名校−大企業へとかりたて、あろうことか、それが幸わせな結婚の条件とさえいわれるありさまとなりました。
そして幼児に対しても、「早期教育」「能力開発」が叫ばれ、おそろしい程の勢いでその影響が出てきました。特に、幼稚園や保育園の多くで、子どもをいかに発達させるかが視点となり、また、小学校へ入学した時困らないようにと、早くから能力開発用のオモチャを与えたり、文字、数字、ハーモニカ、水泳などを教えこみ、それを経営の目玉として親たちを誘いこんでいます。
実際に親たちもせき立てられるように子どもたちを知育偏重に追い立てているといえます。

本来、この世に生をうけて間もない乳幼児は、人に愛され、仲間と思いきり遊び、生活する中で、体や心をつくりひとりの子どもとして成長していきます。
しかし、知育偏重の、発達をものさしとする子育てでは、子どもたちから友だちとの共同体験やエネルギ−を奪い、子どもたちをバラバラにし、共に生きようとする力や志向よりも、お互いを差別しあうような心だけをつくり出していくのではないかと思います。
私たちは、そうした社会全体の流れに怒りを感じるとともに、絶対に許しがたいものである、と思います。

以上の文章は以前たつのこに関わってきた大人たちが作成したパンフレットから抜粋したものです。