お父さんの育児コーナー

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うそつき親父か・・

たつのこのお父さんの育児に関わる上でのエピソードを御紹介します
2000年のお別れ文集から親の一文です。
ユーキ(5才)も気が付いたら「来年は最年長」になってしまいました。ミハ(3才)は
まだ「大きい子」の初心者ですが、入所の頃を考えたらずいぶん大きくなったものです。
彼等に自我が目覚め、次第に日本語を習得し、それなりに話が出来るようになってからと
いうもの、自分が小さい頃周りの大人やお兄さんお姉さんと話していたことを、ふと思い
出したりします。それにつけ、周りがその都合で、結構勝手なことを言ってたなあと思い
ます。それは悪いことではありませんし、言われたからって別に怒っていませんが、よく
よく考えると今の自分が同じ事を言っていることに気付きます。で、それに対しての子供
の反応を見て喜んでたりします。
私もユーキとミハに「いい子にしてないとナマハゲが来るよ!」と言って、クリスマス前
に脅かしてました。「こわーい」と素直に怖がる二人を見て喜んで、さらに連発してまし
た。そのうちにたつのこの子供が「ナマハゲが〜」と言っているのを聞いて、さらに喜ん
でしまいました。最近は「サンタさんこないよ」になってます。それも年中言ってるよう
です。
昔、私は「夜更かしすると蛇が来るよ」(夜中に口笛を吹くと、だったか・・・)と言わ
れ、素直に怖がってました。いつだったか二人にそれを言ったら「え?・・・来ないよ」
と言われてしまいました。大人の面子は丸つぶれでした。これは時代か?それとも性格か
?
ちなみに先日、ユーキがミカンを食べているところを見て、まあ当然「ふさ」の皮(袋っ
て言います?)ごと食べているのですが、「袋ごと食べるとお腹の虫が帽子にして踊りだ
すよ」と言ってやりました。何を隠そう、私も小さい頃に近所のお姉さんにそう言われま
した。島根(筆者出身地)ではそう言って子供をからかう習慣でもあるんでしょうか?
別に袋は食べても構わないし、ユーキも私もそうしているのですが、小さい頃の私は、
ミカンの皮をかぶって、輪になって阿波踊りを踊っているお腹の虫を想像し、なにやら
ファンタジーの様な、というかなにか言いようのない面白おかしい物を感じていました
。ユーキもなにやら目がきらきらし、喜んで聞いてくれました。でもそのあとで「うそー
」と言ってました。信じ込んでくれたらもっと私は喜ぶのですが・・・。
 最近は情報がどこにでもあふれていて、逆になんか物足りません。ユーキぐらいの年の
純情な子供をもっと騙してやりたい気持ちでいっぱいです。その方が大人も楽しいと思い
ません?(俺だけか?)
このままでは今の私はただの「うそつき親父」です。でもいいんです。私は「駄じゃれ親
父」よりはいいと思うんですが。でもそういえば、以前妻に「その昔エジプトはエジと
言う国とプトと言う国があってそれが合体した国だ」と言ったら思いっきり信じてまし
た。ちょうどチェコスロバキアがチェコとスロバキアに分裂したニュースをやっていると
きでした。30分くらい経過してから「おまえはアホか」と言ったら本気で怒りました。
でも四大文明なんて歴史で一番最初に絶対習っているはずなのになんで騙されるんだ、
と私は思いました。この手の話は人を選べということでしょうか。
もっと長く、10年くらい子供を騙し(脅かし)つづけることの出来る、(罪のない)
素敵な話はないもんでしょうか。明日から誰も信用してくれなかったりして・・・。


 

お父さん1歳半検診の巻

たつのこのお父さんの育児に関わる上でのエピソードを御紹介します
98年のお別れ文集から親の一文です。

唐突でありますが、この話しをひとつ書かせていただきます。
なつさんの1歳半検診で、保健所に行った時のこと、その日は父がなつさんを
連れて行ったのですが、検診を全て終えた後、保健婦からの育児に関する話し
を聞いていって下さいといことで、ホールで皆がそろうのをまっておりました。
父親は私一人だったので、若奥さんたちとのアバンチュ―ルを期待したのです
が現実は母親ぐらいの年齢の保健婦に目をつけられ、いろいろと話しかけられま
した。
「今日、お母さんはどうしたの?」
「仕事で来られなかったんです」
「へ−!仕事をしているんだ。育児の時期が母親にとっては一番楽しくて、大切
な時期なのにねえ」
ここで、私の脳味噌がプチッ!っというのが聞こえたのですが、何とか持ちこた
えました。
 これは時々思うことですが、案外、女性たちが古い殻を破ろうとするとき障害
になるのは、頑固親父は別として、同姓のジェラシー? だったりするものです。
それはともかく、保健婦の講義が始まり、お母さんは是非とも子どもに本を読ん
であげてというような話しが続き、そりゃそうだと思っていると、
「本をたくさん読んであげれば、心の豊かな子が育ちます。決して神戸の子の
ようにはなりません!」
ここで、私の脳味噌は再びブチブチッ!と音を立てました。「おまえは、神戸の
子の知り合いか? もう、許すことはできない」
私は、膝の上のなつさんに聞きました。
「やっちゃっていいか?」なつさんは私の顔をじっと見つめ言いました。
「まんま!」
少し前に、被害者の人権を守る会と題したジャーナリスト? 集団が渋谷などで
少年の顔のイラストのビラを配りました。逆に私が讃同人になっている、死刑廃
止フォーラム90の人たちは、被害者の保障要求を国にしたり、被害者の精神的
ケアのカウンセリングをしたりしているそうです。加害者の人権を守る運動をす
るということは、被害者の人権を踏まえるということなのです。
散漫で、脱線したままこの文章は、終わるのであった。