「118ページ3コマ目」の謎

 『国が燃える』を非難する愛国的な人々が、最も強く主張する「本宮ひろ志の意図的な捏造の証拠」、それがこの、ヤングジャンプ43号「118ページ3コマ目の絵」である。


 この絵がなぜ非難されるのかというと、元にした写真があるからだ。


 これは台湾の『鉄証如山』(1982)という本に載っている有名な写真。キャプションの中国語は「強姦の後、下半身を裸にし獣のような兵隊と一緒に撮影を強要」というような意味である。
 15年後にアメリカで出版されたアイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』(1997)にも、同じ写真が載っている。キャプションは「レイプしたあと被害者とポルノ風紀念撮影をする日本兵」で、同書によれば出所は南京の難民区国際委員会で働いていた米人フィッチの遺族とのこと。
 『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』は歴史修正主義者から、妥当かどうかは知らないが(多分これだけは妥当)、「捏造のカタマリ」として特に非難を受けている本である。そしてここから話がややこしくなるのだが、『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』においては、黒い服の男性が映っている写真右端の部分が削除されている(トリミングという)。修正主義者からすると「それみたことか!やっぱりアイリス・チャンはインチキ女だ!写真はヤラセだったんだー!!」ということになる。一足飛びに、「こいつはニセ写真撮影のスタッフだ!」と言い出す修正主義者も多い。
 しかし、他の本でも削除されているのが一般的であり、『鉄証如山』で男性が映っている方が例外であるらしい。他の本では「南京大屠殺記念館提供」と書かれているものが多いとのことで、この辺を考えると他に事情があるのかも知れない。たとえば、男性に配慮して消す必要があったため、記念館ではその部分を削除していたとか。その後、男性は死亡し、トリミングの必要がなくなったか、あるいは『鉄証如山』の著者は別ルートから入手したため写っている……など。もちろん勝手な想像だが、考えられないことではない。とにかく歴史修正主義者という連中はとっくに判明していることを知らん振りしたり、まさかそんな嘘をと思うような大嘘を平気でつくので注意が必要だ。例えば「南京の人口は20万に過ぎなかったからそんなに殺せない」だとか「当時南京にいた外国人記者が全く虐殺を報じていない」などが代表的な大嘘である。「そんな調べりゃ分かるような嘘はつかないだろう」は通用しないのだ。そんな連中が一枚の写真の誤用を理由に漫画を差し止めようとするのは、考えてみればおかしな話である。
 あとはアイリス・チャンがフィッチという人の遺族からもらったというのが本当かどうかだが、これはアイリス・チャンの方の問題なのでこの際どうでもよろしい。ちなみによく調べもせず「『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』などを参考にするとは何事だ!」と本宮氏に憤る修正主義の人がよくいる。『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』も参考文献にはないので、そこから取ったとは全然限らない。たぶん本宮氏はあまり英語を読めないだろうし(偏見)。


まともな捏造説はないのか?

 歴史修正主義者はトリミングとは別の理由でも、しばしばこの写真が「明らかにニセモノだ」と主張する。
 たとえば、本宮ひろ志『国が燃える』南京捏造問題を考察してみるHP(コマの画像はここから拝借した)を見てみよう。

@黒い服を着た三人目の人間が写っている。偽写真撮影会の可能性がある。
A服や帽子が日本軍の制服かどうか微妙である。また肩章も付いていない。
B当時の日本軍でも強姦は重罪のため、記録を残すのは不自然だ。

 以上がこのサイトの「捏造説」の論拠である。どれも捏造と決め付けるほどの根拠とは思えない。
 @については前述しましたが、このサイトでは黒服の人物について、
>本宮氏のイラストから第三者が削除されたのも、第三者が写っている強姦写真というものはおかしいと感じたからだと思われます。
 と書いている。だが、黒服の人物が何者で何をしているか全く分からないのでは、いちがいに「おかしい」とも言えない。例えば、妻が日本軍兵士に辱められているのを正視できず、背を向けている被害女性の夫か父親だとしたら?また、人物がもし写真捏造のスタッフか何かだったのであれば、そんな人が入っている捏造写真は一目で分かる大失敗作である。「おかしい」と言うなら、捏造者がそんなものを『鉄証如山』に堂々と出したと考えるほうもよっぽどおかしい。
 このサイトではまるで本宮氏(正確にはアシスタントだろう)みずからが「第三者を削除」したように書かれている。しかし参考文献に『鉄証如山』の名はなく、本宮氏が中国語に精通しているという話も聞いたことがない。よって第三者がはっきり写った『鉄証如山』を、おそらく本宮は参考にしていないだろう。コマに描かれている範囲から見ても、最初から第三者がトリミングされている写真を参考にしたと考えるのが自然である。
 Aが歴史修正主義者達の間で最も人口に膾炙している意見である。この兵士を「本当は中国兵」と断定する人もいる。が、じつは肩章は取り外しが可能である。構造上外れるというだけでなく、実際に外して写っている兵士の写真も沢山残っている。確かに写真の軍服はぼやけてはいるが、それはどう頑張っても「日本軍服かどうか不明瞭」という話までにしかならない(あちらのサイトでもそう言っている)。確実に日本軍ではないとか、ましてや中国兵に違いないなどとどうやって断言できるのだろう? そもそも彼ら修正主義者は、他の写真で残虐行為を行う日本兵もみな変装した中国人が撮ったニセ写真だ!と罵るのだが、それならこの写真だけが変装せずにそのまま撮っているというのはどう考えても腑に落ちない。
 Bについては、「当時の日本軍でも強姦は重罪」などと言っているが、そもそも当時の陸軍刑法に強姦罪の処罰規定はない。「掠奪にあたり強姦する罪」しか無かったのである。強姦だけの罪は通常の刑法で裁かれたが、これは現在同様に親告罪である。当然、被害女性を殺してしまえば訴える者はいない。写真だけ見つかっても裁かれようが無いのである。多くの部隊では殺戮・掠奪・強姦などが黙認されていたらしい。博識で知られるこのサイトの作者(グース氏)が、こんな単純なことを知らなかったのだろうか。それとも知っていて口を拭っているのだろうか。

 この写真を攻撃する人はネット外にも多くいる。
 秦郁彦教授は『諸君!』98年4月号で、この写真が偽物である理由として「服装が民間人のジャンパー風で帽子も顔も日本人には見えない」と言っている。その根拠は驚くべきお粗末さで、「しげしげと眺めると」そう見えたとしか言っていないこのぼやけた顔から、白人と黒人ならまだしも、日本人か中国人かを見分けることなど不可能だろうに。それに民間のジャンパーに見えるのなら、さんざん中国兵の服だと言っていた人達の立場はどうなるのだろう。
 小林よしのり『戦争論2』ではP345で「しかもこれは中国人が経営する遊郭の写真じゃないか!」と叫ぶよしりんのイラストを見ることができる。遊郭となぜ分かるのか、そもそも日本兵が遊郭を襲ったと考えてはいけない理由でもあるのかは、『戦争論2』のどこにも書かれていない。
 その他ネットを廻ったり本を読んだりしてみたが、捏造説はどうもこの手の根拠貧弱な迷言ばかりのようだ。私は2ちゃんねるで、ある人に「人体構造上あの兵士のポーズは取ることが不可能だ」という指摘を受けた。マネしてみたら、普通にできた。というか、どういう特撮で撮ったと思ったのだろう。偽造するにしても普通に変装して撮った方が明らかに簡単なのに(ちなみにその人に、できたよ?と言っても返事は貰えなかった)。

 他サイトより。
 「捏造写真の主張の多くは基礎知識のない素人には反論ができないので簡単にウソの主張に巻き込まれてしまう。それらの素人のは一部は本当にアポロは月に行っていなかったのだと信じ始め、「ソ連に負けまいとしてNASAが創作した」との動機まで完成する。NASAが科学的な解説を駆使しても、NASAは捏造を悟られないように懸命の反論を行い始めたと思いこむ。こうなると説得は容易ではない。これらのことすべては南京大虐殺はなかったと信じるひとたちの反応に酷似している。」

 『国が燃える』ばかりでなく、NASAや南京虐殺の写真に「あの写真は捏造だ!」と言っている人はとりあえず疑ってかかった方が良いようである。
(参考サイト)
http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=30102&range=1
http://pic4.ten.thebbs.jp/1089644978/x1341
http://www.nextftp.com/tarari/Matsuo/ryojoku.htm



捏造の定義?

 以上のように、私が2ちゃんねるの『国が燃える』関連スレにおいて「捏造」論に疑問を投げかけていると、ある人から驚くべきメッセージが寄せられた。

722 名前: 文責・名無しさん [sage] 投稿日: 04/11/13 13:56:55 ID:HEd7Wyji
>>714
問題の写真を「捏造写真」と言い切ってしまう論理もよく解りますよ。
まず、本物か偽物か正体不明の写真が「これは本物です」と偽って南京事件本で紹介された。
偽って紹介した人間は「嘘つき」です。
そうすると、写真自体も「嘘の写真(捏造写真)」というそしりを免れられない。
何しろ、先に「これが「本物の(証拠)写真」です」という虚偽申告をしたのは中共が唱える虐殺説を支持する連中なのだから。
「本物の(証拠)写真」という虚偽申告を否定する言葉が「嘘の写真(捏造写真)」になるのは仕方ないことだし、また当然の帰結とも言えます。
つまり、問題の写真を「捏造写真だ」と言う人は、写真が出て来たいきさつを含めたところでそう言っていることに対して
鉄筋君はそういったいきさつと写真を分離して、写真の性質のみに注目して「捏造と断定するには決め手に欠ける」と言っているわけですな。
ただ、そういう連中と議論する場合は、見解の相違で割れてしまうような細かい言葉の定義を
どちらかがどちらかに合わせる必要があります。
なぜならば、そうしないと議論がちっとも前に進まないから。
ということで、便宜上この場では俺は鉄筋君の論法に合わせているが
問題の写真は「捏造写真」と呼ばれても仕方のないものだとも考えています。

 つまり、写真そのものは捏造かどうか分からないが、分からないものを俺たちは捏造と呼ぶぞ、と開き直っているわけである。
 こんな無茶な理屈があるものだろうか。捏造とは「ウソのものを本物だと偽って故意に作成すること」のはずである。彼らの理屈では単なる写真の誤用であっても――つまり故意でなくても、作成していなくても、そもそも本物でないというのが前記のようなお粗末な主観に基づいていても、「正体不明だ」と主張するだけで捏造呼ばわりできることになる。
 これが、この発言者個人の自己正当化であるならいい。しかし、そういうわけでもないらしい。『南京大虐殺否定論13のウソ』で、笠原十九司教授はこう書いている。

 「日本社会では、日本の侵略戦争の歴史を解明しようとする言論・出版活動に圧力を加え、阻止、妨害しようとする右翼、保守勢力の活動が野放しにされている。否定派の狙いは、相手の著作や作品、企画品に一つでも誤りや矛盾を発見すると、それを針小棒大に宣伝、攻撃して、全体の信憑性に疑問を持たせることにある。今、否定派が「ニセ写真」攻撃に集中しているのは、一枚の写真誤用でも発見すれば、それを著書全体の信憑性を疑わせ、ひいては作者の社会評価までも失墜させることを狙えるからである。」

 そもそも歴史修正主義者たちは、このスレで本宮氏をどのように批判していたか。意図的な捏造という点に反論されると、「誤った印象を与えるから」「日本軍について誤解を与えるから」駄目だと批判していたのである。『国が燃える』のほんの一部の台詞、ごく一場面の漫画的表現、たった一枚の写真の使い方についてさえも、である。
 では誤用をされた、あるいはそう疑われただけの写真を「捏造写真」と呼ぶことは明らかに、紹介過程ではなく写真自体が偽造品であるかのような印象、そして既にそれが立証されているかのような「誤った印象を与える」。 誤用しただけの写真を「捏造」と触れ回っていたら誤解を招くどころの話ではないはずだ。
 にもかかわらず、この点に全く無関心のように“捏造”という言葉を使い続けるのは、笠原氏の言葉を自分で立証しているとしか思われない。本宮氏には誤解を招いてはいけないと言いながら、自分達はそれを指摘された後になっても、なお使い続ける。なんというダブルスタンダードだろう。『国が燃える』への攻撃は、否定派が以前から行っている「ニセ写真攻撃」の延長にあるものに過ぎなかったのだ。


本宮ひろ志自身が行った「捏造」とは?

 それはともかく、本宮氏が非難されている理由は、写真そのものの「疑惑」以外にもうひとつ理由がある。
 上の写真と漫画のコマを見比べて欲しい。絵のほうをよく見ると、日本兵の服装が写真よりもはっきりしている。非難者が「本宮の意図的な捏造」と言っているのはこのことである。

 それだけ聞かされれば、だからどーしたと思うだろう。
 写真資料集が収録写真にCG処理でもして改竄したというなら怒って当然だが、漫画じゃないか。歴史漫画でも歴史小説でも歴史映画でも、間違いはもちろん意図的な脚色だっていくらでもある。一枚の写真を資料に描いた絵が、元の写真とちょっと変わっているからといって大騒ぎすることないではないか。
 しかし捏造説を信じる人々にとっては、大変なことなのだ。つまり、日本の兵隊ではない中国兵が写った捏造写真を、本宮はそれと承知の上で日本の軍服に描き変えた。南京大虐殺を捏造するためだ……こういう発想である。あるいは、そうとでも言わなければ本宮氏を非難できないわけである。

 「本宮がそんなことするかぁ?」
 南京論争に関わらない人間で彼の漫画を読んでいる人ならこう思うはずだ。私もそうだった。
 本宮先生は公明正大なる人物である!捏造なんかするはずがない!などと言うつもりはない。しかし彼の作風からして、極端な反日主義だとか反軍隊だとか、ましてや共産主義的といった感じは全く受けないし、どっちかというと軍隊とか好きそうな印象さえ抱かれている。いわゆる「右翼」の人々が目の敵にしているような諸組織と本宮氏が懇意であるという話もべつに聞かない。そもそも、本宮氏は平成12年版『防衛白書』の帯にイラストを寄せているのである。「反日サヨク」がそんなことをするだろうか?
 本宮氏が「南京虐殺の偽造」のためにそこまでする理由が全く思い当たらないのだ。ノンフィクション・ライターが自分の名を売るために新たな証拠写真を偽って発表する、というなら分からなくもないが、すでに知られている写真を漫画家の本宮氏が再「捏造」する動機などまったくない。
 だいたい、日本軍の厳重な検閲制度にも関わらず、南京虐殺の資料写真は大量に現存している。「ない」だとか「誰がどこで撮ったか一切不明の正体不明な写真ばかり」だとか「ほとんど全てが捏造の証明された写真だ」とかいう歴史修正主義者間の伝説もありますが、完全なデマである。例えば当時、兵站自動車第十七中隊の非公式写真班を勤めていた村瀬守保氏が残した写真は有名であるし、『シカゴ・デイリー・ニュース』のスティール記者は、日本軍に気付かれないよう背後や遠方から撮った写真ながら、多くの記録を撮っている。さらに南京安全区国際委員のマギー牧師やフォースター牧師は、特に多数の写真撮影を行った。委員長ラーベがヒトラーに宛てた報告書の付属文書には、このうち80枚がラーベの丁寧な解説を付けて収録されている。その他日本軍兵士自身が撮影した残虐行為の写真も枚挙に暇がない。歴史学界の圧倒的多数を占める「南京虐殺肯定説」は、写真資料に不自由してなどいないのだ。(参考文献:『南京大虐殺否定論13のウソ』柏書房)

 だがもちろん、事実として118ページ3コマ目の絵は写真に比べかなりはっきりと日本軍の軍装を描いている。
 これも普通に考えれば説明がつく。陰謀論など持ち出す必要はまったくない。
 単にアシスタントが模写する際、いまいち帽子や服などがはっきり見えなかったので普通の日本軍服の資料写真で補ったというだけだろう。思いついてしまえばバカバカしいことである。
 もうひとつ、別の考え方もできる。
 およそ歴史物では、歴史の素人である現代人読者に対する<わかりやすさ>と、歴史学的に綿密な<事実の正確さ>をいかにすり合せるかがポイントになる。漫画でも映画でも小説でも。素人の現代人が考える典型的な「当時の服装」と、実際の当時の服装が異なっていることもある。そうした場合、数ページを割いて当時の真の服装文化を図入りで説明することはもちろん良い方法だろうが、ちょっと妥協して現代人の偏見に合わせるのも罪なき脚色というものである。現代の一般読者にとって、旧軍人は軍服を着、軍帽をかぶっているほうが間違いなく分かりやすいはずだ。服装の描写にしても、そういうつもりに過ぎなかったと考えて不自然ではない。
 ちなみに、これとまったく同じ写真を、同じように日本軍服に描き変えて絵にした漫画がじつは存在する。小林よしのり氏が『戦争論2』の中で紹介している石坂啓『安穏族』がそれだ。小林氏はこれを「でっちあげのエロ写真を信じ込んで反戦漫画描いた」と批判しているが、描き変えた行為については一切批判していない。小林氏もさすがに漫画家、フィクションの何たるかはきちんと分かっていたということなのだろうか。

 このように言うと、「悪意がなくても許されない!とにかく写真を改竄した絵を見せることで南京虐殺を読者に広めたのだから、結果として虐殺を信じる者を不当なプロセスで増やしたことになる!」と反論してくる人が必ずる。
 この服を描き変えたことによって南京虐殺を信じるようになる人など、全く考えられない。なぜなら、「描き変えたことによって」信じたというのは、描き変えなければ信じなかったということだからだ。
 フィクションである『国が燃える』(ヤングジャンプという割と俗っぽい漫画雑誌の、しかも本宮ひろ志の作品)を細部まで真実だと、注意書きを無視してまで信じ込むような人は、極めて単純で信じやすい、不注意な頭脳の持ち主だと言えるだろう。
 しかしその同じ人が、本宮氏が描き変えなければ写真を疑っていたというなら、写真そのままの絵を見ても「これは本当に日本軍の写真なのだろうか?」と考えるような懐疑精神の旺盛な人ということにもなるわけである。
 つまり、この描き変えによって「騙される」のは、写真を見れば軍服がぼやけていることに着目し懐疑精神を発揮するが、本宮マンガは頭から史実と思い込むというタイプの人だけなのだ。
 そんな人間はいない。

 本宮氏はなにも「南京虐殺の証拠写真」としてその写真を作中で紹介したわけではない。あくまで1シーンの絵のモデルに過ぎない。別の写真を使ったとしても、『国が燃える』のメッセージには影響がないし、それだけで南京虐殺事件を疑う人が増えるわけでもないはずだ。抗議者の言う「日本人の誇り」を傷つける度合いに変化があるとは思えない。
 たとえば『ドラえもん』にはネッシー写真の模写がいくつも出てくる話(6巻「ネッシーが来る」)がありますが、その中のある写真の捏造がのちに発覚している。それで誰か、藤子・F・不二雄氏を非難するだろうか? ドラえもん6巻の現在の版ではページ下部に「1994年、トリック写真と判明」と注釈が付いている。それだけだ。捏造が確実に判明していても、それを明記(義務はありませんが)すれば何の問題もない。抗議した人々も、本当に誠実な討論を望むなら、それを要求すべきであったと思います。絶版要求などする必要はないのだ。
 この写真について正確な情報を人々に伝える方法は、むしろ『ドラえもん』と同様の手段を取ることであろう。写真をそのままにした上で「○○年、偽造写真と判明」と注釈をつければ、以後『国が燃える』を読んだ人はすべて、その事実(とすれば、だが)を知ることができる。発売中止にしてしまったら、それ以上『国が燃える』を通して人々に真実が伝わることはない。
 この抗議をした人々にとって、写真が偽造であること自体は大事なことではなく、真の目的はそれにこじつけて『国が燃える』を攻撃することにあったというのは確実である。
  誰もが同意するだろうが、漫画家には「参考にした写真と寸分違わない絵を描く義務」などというものはない。また、フィクションと断ったマンガでどんな絵を描こうが「捏造」とは呼ばない。「プロパガンダ」とか「イメージ誘導」とか言うのなら分かるが、捏造ではないはずである。もっともこういった言葉は、彼らは旧日本軍に否定的な言述になら誰にでも言うので、またかと思われるだけなのだが。彼らが「捏造」という、どう考えてもフィクションには該当しない言葉を手放そうとしないのも、その辺が理由なのだろう。

 というか、抗議文の1つは「ニセカラクリ写真ばかり」と言っているのに、なんでみんなこの写真の話しかしてないんだろうか。
 ハッタリを書いたんですか西村修平さん?