捏造を捏造するサイト、グース氏ホームページ批判
その1.女子供が見えません?

 グース氏サイト、正確には「本宮ひろ志先生の『国が燃える』南京事件捏造問題を考察してみるHPANDと学会会長『山本弘』先生のトンデモ歴史観をウォッチングするHPにおける本宮捏造論は、まず118ページ3コマ目の話から始まっている。それについては当サイトでは分離したコーナーを設けているし、グース氏の議論についても検討しているのでそちらに任せるとしよう。
 グース氏の次の論点は、揚子江の岸辺に女子供を含んだ大量の中国人を連行し、射殺する場面についてである。グース氏はこう言う。

 南京城内から、城外の下関埠頭に連行される途上にある老若男女の姿が描かれています。時間は夜のようです。漫画の中で得られる情報では日時を特定することはできませんでしたが、44号で主人公と松井大将との会談シーンがあり、南京入城にあたっての不祥事ということでしたので、12月13日から12月17日までの出来事ということになります。
 連行されている住民については、114ページで日本兵将校が『残敵掃討であります』と言っており、『便衣兵か民間人か判断は難しい』と言っていますから、これらの人たちは便衣兵として連行されている者ということになるでしょう。


 本宮氏が、どういう史料をみて「女子供を連行した」と考えたのか不思議でなりません。

 第88話に下関という地名は書かれていない。グース氏も下関と決定した理由を明かしていない。おそらく風景から判断したのだろう。さすがグース氏、南京に詳しい(まさか無根拠だったりはしないよな)。
 そしてグース氏は現実の記録と照らし合わせた上で日時・場所など細かく条件を絞り込み、漫画で描かれているのは「12月16日に行われた便衣兵掃討」であると決定する。そして16日の便衣兵掃討の写真や記録と漫画を見比べ、「写真を見ても老女や女性、子供が含まれているようには見えません」とし、本宮氏が日本軍が女子供を殺戮したという「捏造」をしたと非難するわけである。
 だが、こういった絞り込みには意味がない。『国が燃える』はフィクションであり、自在に細部を変更している可能性があるからだ。ページの都合によって複数のエピソードの特徴をくっつけて1つのエピソードにしたり、複数の人の体験談をひとりの架空のキャラクターに体験させたりといったことがよくあるのである。もちろん、時間や場所などもその都合で細かく変化するのだ。従って、このような方法で資料を限定した調べ方をしても「元ネタとなった事実がない」とは言えないのである。
 彼ら国粋主義者は『国が燃える』が史実と単純に異なっていることを問題にしているのではなく、日本軍を実際より悪く言っているということを問題視しているはずだ。もしグース氏が「女子供の虐殺はこの場所、この日に行われたものではない」などということに怒っているのであれば、彼はフィクションというものを理解できない単なる愚か者ということになってしまう。そんな解釈を採ることはグース氏の名誉(wにかかわる。
 グース氏の名誉を尊重した解釈をするなら、彼の真意は「女子供が見えますか?」と題名にあるように、「日本軍が女子供の殺戮をしたなどという資料はない!」ということにあるのだろう。いやそんなことはない、私が愚かだったのだ!と本人申告でもして来れば仕方が無いが。
 虐殺とは抵抗できない弱者に対する殺戮だから卑劣なのであって、その条件さえ満たしていれば相手が成人男性であろうと女子供であろうと、本質的に卑劣さの度合いは変わらない。男しか殺っていないなどという理由で日本軍を擁護できると思っているのなら笑止、単なる自己満足でしかないが、現実問題「女子供」に暴力を振るったり殺したりすることは社会的にやはりイメージが悪いだろう。
 以上の考察から、「12月16日の便衣兵掃討で女子供を殺した資料があるか」は問題ではなく、「日本軍が女子供を殺した資料があるか」が問題であることになる。このさい、兵士個人の犯罪については措こう。軍や部隊の行為としてそういうことをした資料があるだろうか。

 東京裁判に提出された有名な書証、「南京慈善団体及ビ人民魯甦ノ報告ニ依ル敵人大虐殺」を引用してみよう。
 
「敵軍入城後、まさに退却せんとする国軍及び難民男女老幼合計五万七千四百十八人を幕府山付近の四、五箇村に閉じ込め、飲食を断絶す。凍餓し死亡する者頗る多し。一九三七年十二月十六日の夜間にいたり、生残せる者は鉄線を以て二人を一つに縛り四列に列ばしめ、下関・草鞋峡に追いやる。
 しかる後、機銃を以て悉くこれを掃射し、更に又、銃剣にて乱刺し、最後は石油をかけてこれを焼けり。焼却後の残屍は悉く揚子江中に投入せり。・・・・・・

 当時、私は警察署に勤務しあるも、敵市術戦に際し敵砲弾により腿を負傷し、上元門大茅洞に隠れ居り、その惨況を咫尺の目前に見し者なり。故にこの惨劇を証明し得る者なり」
(『再審「南京大虐殺」―世界に訴える日本の冤罪』より)

 あるじゃん。
 これが便衣兵掃討なのかどうか分からないが、そうでなかったのなら単なる無差別殺戮であり、もっと悪質である。もっとも、この書証に書かれた事実は中国側の情報公開が進んでいないこともあって細部に謎があるそうなのだが、真偽はともかくグース氏の言う「資料が無い」という論証は崩れたことになる。
 また、「南京安全区から女子供が引き出された」という資料もある。『諸君!』1983年9月号に田中正明氏が寄稿した文によれば「許伝音証人は『婦女子を含む千五百人以上が安全地帯より引き出された』と述べている」そうだ(洞富雄『南京大虐殺の証明』)。
 これにはカッコで洞氏の注記がついており、(日時不明。法廷証言で、『此ノ建物ノ中ニハ千五百人ノ罹災者ガ居タノデアリマスガ、是等ハ皆此ノヤウニシテ連レサラレタノデアリマス』と陳述)とある。
 田中正明は松井石根大将の『陣中日誌』になんと数百箇所に及ぶ改竄を加えて発表し、南京虐殺を抹消しようとした悪名高い人物である。「婦女子を含む」という発言を偽造した上で、婦女子なんかいないと自作自演で論破でもするつもりだったのだろうか。だが、田中氏はここでは許伝音氏の言葉を紹介しただけで、特に批判してはいないという(近くの図書館に無かったので未確認)。では日本軍を悪く言う方向に改竄する理由が分からない。「千五百人ノ罹災者」の中に女性がいたという資料をどこかで田中氏が掴んだのであれば、証言は自動的に「婦女子を含む」ことになり、辻褄が合う。あるいは、この法廷証言が指すのとは別の事実をどこかで本当に言ったのかもしれない。
 いずれにせよ、「田中氏の文章」という形の資料が存在することは存在するのだ。

 田中氏の記述はともかく魯甦証言は東京裁判にも提出されている極めて有名な証言で、グース氏が知らないとは思えない。グースサイトの記述では、まるで本宮が日本軍に架空の「女殺しの罪」をなすりつけたように書いている。
 だがそれは「12月16日の便衣兵掃討で女子供を殺した資料が無い」ことを「日本軍が女子供を殺した資料がない」かのようにスリ替えてのことだったのである。
 おそらく「婦女子を含む強制連行」のなかで元ネタがないのは、親子を殺すシーンだけだろう(ないという確証があるわけではないが)。が、これさえ特別に日本軍を悪く描いているわけでもない。悪さの度合いは同じことだ。あそこで殺さなかったところで、どのみち全員殺されるのだから。

 (注:日本軍の名誉のために言っておくと、女性に便衣兵の疑いをかけること自体は、そう不当なこととも言い切れない。女性兵士が実際にいたからだ。『南京大虐殺の証明』p301に載っている佐々木元勝氏の従軍日記によれば、女の兵士がいたのだ。さらに洞氏は、民兵と思われる大量の死体群が「老若男女」で構成されていたという目撃証言も紹介している。もっとも女だろうが男だろうが、裁判なしに殺している時点で立派な国際法違反である。)

 さらにグース氏は、元ネタと思われる今井正剛記者の回想記をも「この今井回想記は一次史料との整合性がなく、今井氏だけが目撃したと主張している光景なので、現在では虐殺の証拠として引用されることもあまりなく、その史料価値は低い」「矛盾だらけですから歴史研究の史料としてつかえるレベルのものとは言えませんね」と切って捨てる。

その主張は以下の通りである。長いのでかいつまんで紹介しよう。
(1)2万人もの行列なら時間がかかる、それも夜間の行列なら追いつけないのはおかしい。
(2)同行している中村カメラマンの証言がない。
(3)2万人の大規模な便衣兵連行は日本側にも、外国人の記録にもない。
(4)1人60kgとして2万人なら120t、100人程度で数時間での投棄処理は無理。
(5)揚子江の河岸は流れが緩く、河岸に投げ込んでも死体の大半は堆積する。
(6)2万体の死体を揚子江の側に並べると見渡す限りの死体の山になるはずだ。
(7)十六日には外国船舶が埠頭に接岸し、外国人記者を収容して上海に向かっているが、二万体に相当する一キロにわたる死体の壁の目撃情報はない。

 後半がちょっと無理しているような気がするが、グース氏のサイトを読むと、なかなか説得力のある文章である。しかし、納得する前にもう一度グース氏の紹介する今井回想記を読み返して欲しい。なにか気付くことはないだろうか?

「2万人くらい」とある将校は言った。

 そう、今井氏は「2万人が殺されるのを見た」とか「2万体の死体を見た」などとは一言も言っていないのだ。「2万人」という数字は、目撃談とは情報源がまったく異なっており、またそれが明記されている。
 そもそも将校の言う2万人は、本当に今井氏が見た行列の人数を指していたのだろうか。タイトルには『南京城区の大量殺人』となっている。将校がその総数を正確に把握していたかどうかは分からないが、彼が考えた「南京城区の大量殺人」犠牲者数を概算していたのではないだろうか。あるいは便衣兵狩りで殺された人々の数を指して言ったのかもしれないし、同じ下関に限っての犠牲者の数だったかもしれない。
 とにかく2万人をいくら論難しても、それによって疑われるべきは今井氏の目撃ではなく将校の言葉でしかない。そしてグース氏の言う矛盾のうち「2万人は多すぎる」ということを根拠にしたものを除いてみると……

 (2)同行したとされる中村カメラマンの証言がない。

 これだけしか残らない。
 中村氏が「あれは嘘だ」と言った、というのではない。単にコメントが残っていないだけなのだ。それでは反証にも何にもならないではないか。逆に、洞富雄教授が『南京大虐殺の証明』で言うように「今井氏が問題の一文を書いたとき、中村氏は朝日新聞アメリカ総局長だった。そうした証人が生存していたのに、その人をからめて、どうして『見てきたようなウソ』話など綴ることができようか。」確かに、他人を絡めたウソにしては派手すぎる嘘である。また中村氏がグルだったのであれば、それこそ証言が得られているはずであるから、これも考えられない。
(ちなみに「中村カメラマン」とグース氏は言っているが、中村正吾氏は同書や本多勝一『南京への道』などによれば記者である。カメラマンを兼ねていたのか、グース氏が間違えているのかは知らない)
 「2万人」は今井氏の目撃談ではなく、中村氏のコメントがないだけでは矛盾とは言えない。グース氏は「一次資料との矛盾が多」いと言っているが、彼の指摘したものだけが全てであるなら、今井氏の目撃談は無矛盾ということになるのだ。


 そしてダーディン記者の報告を紹介し「処刑の光景そのものは目撃したものと思われます。」としながらも、どーしてもケチをつけたいらしく「下関の処刑については、日本軍がピストルを持っていることや、二百人を十分で殺害したなど、規模的に不審な点もあります」と言っている。
 実際には笠原十九司『南京事件と日本人』によると、中国人を集団処刑した日本軍は軽機関銃部隊の可能性が高く、この部隊の兵士はピストルを持っていた。また200人を10分で殺す程度のことは、たとえ1人ずつやっても3秒だから、加害者の人数次第で決して無理な数ではない。加害者が10人いれば、無抵抗の被害者ひとりにつき30秒も時間がある。「軽機関銃部隊」なら出来ないほうがよっぽど規模的に不審である。

 グース氏はさらに、漫画の中の登場人物の名前(おいおい……)に注目して次のように宣告する。これは圧巻である。

 本宮氏はなぜ「今井記者」を登場させずに架空の従軍記者を登場させたのでしょうか?

 架空の「望月記者」の登場で、婦女子の連行及び虐殺の光景そのものが捏造と判明したことになります。(略)本宮氏は史料に存在しない「老婆と息子を殺害するシーンを挿入したかった」また、「婦女子が連行されているシーンを挿入したかった」、また「婦女子が虐殺されたシーンを挿入したかった」のでしょう。要するに史料に存在しないシーンを挿入する目的があったので、架空の従軍記者が必要だったわけです。

 何をかいわんやである。
 南京虐殺のなかで起こった事件のうち、複数のエピソードを組み合わせたのが『国が燃える』の虐殺シーンだとすると、その片方の目撃者でしかない今井正剛記者と漫画の登場人物を同名にしないのはごく当然である。そもそもモデルが実在人物であっても、いわゆる歴史上の人物ではないレベルの人であれば仮名にするのは通常のことではないか。現に「百人斬り」の犯人がモデルと考えられている新田・中村両少尉は仮名なのである。
 しかもこんな短いシーンを目撃させるだけなら、フルネームで名乗る必要などない。第一、目撃者なんか要らない。漫画なんだからそのまま描けばよかったはずだ。望月正三がなぜ登場したのか、今後どういう活躍をするのかは、以後の話の中で明らかになってゆくはずだったことなのだ。88話で目撃しかしていないからと言って、そのためだけのキャラクターだというのは単なる妄言である。

 グース理論:漫画に架空のキャラが登場→歴史の捏造

 やれやれである。


……さて次回のグース氏ホームページ批判、
「据え物斬りってマジですか?」にご期待ください!

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