背徳の青

 

 

 

 目が釘付けになった。

 もう、目が離せない。そんな予感がした。

 「こんにちは」

 そう声を掛けられ、振り向く。

 ここは街の図書館。どうやら、ずっと昔からあるらしく石造りの建物だ。

 今時珍しいが、陶子はここが気に入っている。

 物語に出てくるような、静謐な雰囲気。

 そんなものも気に入っているが、あまり人が来ないというのも良い。

 

 「今日はわりと早かったね」

 「学校、午前中までだったから」

 声をかけてきたのは、ここの図書館の職員。

 名札のプレートには「葛城」とある。

 下の名前は聞いたことがない。聞く気もない。

 本を一冊選び、窓際の席に座る。

 ぺらり、という音がして本のページが開かれる。

 今日は、あまり集中できそうにない。

 

 目をじっと閉じると、もう一つ、ページをめくる音。

 「葛城さん」だ。

 

 彼に会ったのは、中学二年の夏。

 始めて会って、一瞬にして目を奪われた。

 

 そして、左手に光るリングを見つけ、絶望感を味わった。

 

 一瞬にして終わる恋って、どうよ?

 

 苦笑すると、「葛城さん」が立ちあがる気配。

 「面白い?」

 そんなことを聞く。

 「別に」

 「だって、笑ってたじゃないか」

 「おかしくなくても笑える年頃なのよ」

 軽口をたたくと、はは…と笑って奥に消えていった。

 

 

 

 「陶子ちゃん、ちょっといいかな?」

 「はい?」

 書架の間から、葛城さんが顔を出している。

 「何か?」

 「実はね、この図書館閉館するんだ」

 「え!?」

 「利用者が少ないから、市の図書館と併合になるんだよ」

 そんな・・・。

 陶子は絶望感を味わった。

 そうしたら、もう・・・。

 「もったいないんだけどね。この建物は貴重だから資料館になるんだけど」

 「・・・そんな。いつですか?」

 「来週いっぱいかな。それから本を市の図書館に運び出す作業を・・・」

 「聞いてない」

 「一応張り紙はしてたんだよ」

 そう言って葛城さんは苦笑した。

 ―――もう、会えないじゃないか。

 会える理由も無くなる。

 

 

 

 「陶子ちゃん、大丈夫?顔色悪いよ」

 葛城さんは私の顔を覗きこんだ。

 私は思いきり服を引っ張る。

 そうして、壁に押し付けた。

 「―――っ」

 唇を葛城さんの唇に押し付ける。

 「・・・と・・・陶子ちゃ・・」

 「・・・好き、葛城さんが。ずっと好きだった」

 息が切れる。でも、言葉が止まらない。

 倒れそうなほど、切羽詰った空気の中。

 「分かってるの。葛城さんに奥さんがいること。でも・・・でもっ!」

 「陶子ちゃん!」

 静止の言葉も聞かずに、表へ飛び出した。

 夕日が当たりを照らして、妙に暑い。

 ちがう。

 私の頬は真っ赤に染まっている。

 夕日が赤くて良かった・・・。

 

 

 

 閉館する最終の日。

 どうしても最後のお別れがしたくて、図書館に来た。

 木の重い扉を開けると、しんとした空気。

 そして、木の匂い。

 「いらっしゃい」

 「・・・・・・」

 葛城さんがカウンターに座っている。

 「今日までありがとうございました。この前はすみません。忘れてください」

 「・・・・・・」

 何の返事も無い。

 仕方がないだろう。一方的にあんなことをしたのだ。

 立ち去ろうと扉を開けると、他の手がその扉を閉めた。

 「忘れていいの?」

 「・・・・・・?」

 葛城さんがすごく近い。

 その意図を探ろうと顔を見つめると、穏やかな微笑がそこにあった。

 「葛城さん…?」

 指がゆっくりと頬を撫で、唇の所でゆっくり止まる。

 くちづけられて、一気に温度が上がる。

 手に触れて、指を絡ませ。

 

 「葛城さん、指輪…?」

 左手には指輪が無かった。

 「ああ、外した」

 「どうして…?」

 「あれは、結婚指輪じゃないよ」

 「本当に?」

 「信じるか信じないかは、君に任せる」

 そう言って、淫靡に微笑んだ。

 

 私は、この人の一部しか見ていなかったのかもしれない。

 

 だって、名前だって聞こうとしなかった。

 本当に好きなら、話しかけていろんな話を聞いて・・・。

 話していくうちに、失望もあったかもしれない。

 幻滅もあったかもしれない。そこであきらめていたかもしれない。

 

 ―――でも、もう戻れないよ。

 

 窓の外を見ると、真っ青な空が広がっている。

 目を閉じても、その青は深く深く広がっていた。

 

 

 

END

 

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