イノセント
今日は、僕の息子を迎えに行く日だ。
私はスーツに着替え、外に出る。
30××年、人口は急激に減り、二十一世紀の半分を切ろうとしていた。
それでも、人口はなかなか増えず、子供ができない女性が増えている。
そこで、子供ができない夫婦や、子供が欲しいと願う家庭に、人工の子供が作られ、一人ずつ各家庭に分け与えられた。
笑い声が聞こえる。
ここは「人工生命体研究所」。
ここから、人工生命体は各家に引き取られていく。
僕はゆっくりと研究所に近づいていった。
「あら、林さん、お早いお着きですね」
「こんにちわ。楽しみで、どんどん歩くのが早くなっちゃうんです」
僕は照れながら微笑む。
「そうでしょうね。息子さんとの対面ですからね」
研究所の人は微笑んでいる。
そして、僕に中へどうぞ、と手で指し示した。
「林さん、それでは、『零』に会って頂きましょう」
そう言って、研究所の人は部屋の前で立ち止まった。
小さな小部屋、その中央に子犬とじゃれあっている少年がいる。
くるり、と振り返った少年の茶色の瞳が僕を見た。
「零、お父さんですよ」
「・・・おとうさん・・・?」
「はじめまして、零くん」
怖がらせないように、努めて笑顔でいようと頑張った。
いつも、怒っているような顔だ、という風に評判だったから、僕の顔は。
「・・・・僕、行きたくない」
零は泣きそうな顔をした。
そして、抱き上げた犬をかばうように、後ろへ下がる。
「零、犬は一緒に連れて行けませんよ」
「・・・・・・・・・」
零はこの世の終わりのような顔をする。
「構いませんよ」
僕がそう言うと、零はふと顔を上げる。
「僕の家はペットが禁止ではないですし、零くんが一緒に行きたいのならそうしてもいいと思います。
それとも、研究所の犬だから連れて行ってはいけない、ということですか?」
「いえ・・まぁ、林さんがそうおっしゃるなら・・・」
研究所の人はそう言って折れた。
「零くん、行こうか」
そう言って、手を差し出すと、零は小さな手を差し出して、ぎゅっと握った。
それから、家まで無言で黙々と歩いた。
恥ずかしいことに、今の小さな子の興味を引きそうなことをまったく思いつかなかったのだ。
家に着くと、まず、リビングのソファに座らせた。
何でも興味深い年頃なのだろう。きょろきょろと忙しなく視線が動く。
「零くん、こっちに」
「?」
とてとてと危なっかしく走ってくると、犬もその後を着いてくる。
何という犬種だったろうか、妙に胴が長い。
「妻の真奈だ・・・」
線香の香りがあたりに漂う。
真奈は先月、事故で死んだ。
突然の死に、僕の頭はついていかなかった。
呆然とした思考で日々を過ごした。
そして、今に至る。
「・・・あの・・・」
零は突然の紹介に戸惑っている。
いきなりなんだから、無理もない。
「先月、事故で死んでしまったんだ。本当は今日も二人で零くんを迎えに行くんだったんだよ。
真奈は君に会うのを本当に楽しみにしていた・・・」
子供ができない真奈は、人工生命体の子供を引き取ろうと突然言い出した。
そして、会うことなしに死んでしまった。
「・・・こんにちわ、真奈さん・・・」
零は位牌と遺骨の箱に向かって言う。
その様子に僕はくすりと笑った。
「できれば・・・お母さんって呼んであげてくれるかな?」
「・・・うん、お母さん、こんにちは・・・僕、零です」
その様子に、急に愛しさがこみ上げる。
この子と一緒に、生きていくのだ。
君はいないけれど・・・。
それから、零との二人の生活が始まった。
零は聞き分けの良い子で、とてもおとなしい。
いつも胴の長い犬と一緒に遊んでいるか、絵を描いているか、テレビを見ている。
「零」
そう呼ぶと、びくり、と身体を震わせた。
―――怖がっているのか、警戒しているのか・・・。
そのどちらかは分からないが、話しかけると身体をこわばらせるのだ。
「何ですか?」
この敬語の口調も変わらない。もう少し親しげになってもらいたいのだが、こればっかりは言っても仕方ないことだろう。
「その、犬はなって言う種類なんだ?」
「ミニチュアダックスフントです」
「珍しい・・・な」
「そうですか?」
結構頻繁に見られる犬種だそうだ。
やはり、こういう話題にはついて行けない。
「そうだ、散歩に行こうか?」
そう言うと、顔がぱぁっとうれしそうにほころんだ。
「行く!」
途中で犬用のリードを購入して、胴の長い犬につける。
犬は零が連れて歩いていた。
茶色のダッフルコートを着た零と犬は同じ色、そんなたわいもないことにくすりと笑う。
笑ってみて気がついた。
そう言えば、いつごろぶりに笑っただろうか。
頬が緊張していて、緩んだ瞬間に違和感を覚えた。
そのくらい笑っていなかったのだな、と思い出す。
この子の存在が、自分を癒していることに、ふとした瞬間に気づくのだった。
あるひ、事件が起きた。
犬がいなくなったのだ。
その日から、零はまともに食事をしなくなった。
ちゃんと食事を取りなさい、と言っても首を振るばかりである。
―――どうしたら良いのだろう・・・。
思い悩むが、どうしていいのかさっぱり分からない。
研究所に行き、相談してみると、時が傷を癒すのを待つしかない、とそっけなく言われた。
「零、ただいま」
玄関で声をかけるが、出てくる気配はない。
眠っているのだろうか、とリビングと部屋を覗くが、見当たらない。
「零!?」
心配になって声を張り上げたが、やはり出てくる気配はなかった。
「・・・どこへいったんだ・・・」
しばらくリビングを右往左往するが、やはり埒があかない。
取るものとりあえず、道路へと駆け出した。
「零・・・零ー!」
闇雲に走るが、やはり見つからない。
息を切らしながら、少しの希望と共に叫ぶ。
そのとき、携帯の着信を知らせる音が鳴り響いた。
「もしもし!」
「もしもし、私、警察のものですが・・・」
それは、零を保護した、という内容のものであった。
迎えに行くと、零は小さな椅子にうつむいて座っていた。
「・・・零」
複雑な心境だった。
どこに行っていたんだ、と怒りたい気持ちと、見つかって良かったという気持ちが複雑に入り混じっている。
だが、今表情はそのどちらでもないだろう。
きっと、自分は泣きそうな顔をしているに違いない。
「零・・・」
声をかけると、零はぱっと顔を上げた。
「お父さん!」
そう言って、両手を広げて駆け寄ってくる。
表情は私と同じく、泣きそうである。
「零・・・良かった・・・」
小さな身体を抱きとめて、腕に力をこめる。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい」
そう何度も零はつぶやいた。
「お父さんですか?」
「はい・・・」
「零君、目的地の途中で迷子になって、泣いていたのを保護したんですよ」
「そうですか・・・ありがとうございました」
「ごめんなさい・・・」
そう言われて、抱き上げている零の顔を見上げる。
「黙って出かけたこと?もう二度としないなら、良いよ」
「・・・それもだけど・・・」
「?」
「『お父さん』って勝手に呼んだ事」
「ん?」
そう言えば、零に「お父さん」と呼ばれたのは、先ほどが初めてだ。
「別に許可なんてしなくても、呼んで良いだろう・・・?」
「だって、お母さんのことは『お母さん』って呼んでやってって言ったから・・・」
確かに「真奈さん」と呼んだから、「お母さん」と呼んでほしいと言った。
「僕は最初に零に会ったときから、零のことは自分の子供だと思ってる。
零もきっとそうだと思ってた」
そう言うと、零は困ったような表情をして、慌てて言った。
「違うの、ごめんなさい。『お父さん』って呼ばれるのがイヤだったら、いけないと思ったの・・・」
どうやら、私を傷つけたと思ったらしい。
「違うよ。何でも、思っていることは言わないと、伝わらないこともあるんだってこと」
そう言って笑うと、零は微笑んだ。
「『お父さん』って呼んでもいいですか」
「もちろん」
「お父さん」
零は嬉しそうに頭にしがみついて、お父さん、と何度も何度も呼んだ。
その呼びかけに、何度も返事をして、僕は零のお父さんになった。
おわり
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