侵緑(しんりょく)
「私は緑、あなたは誰?」
森の中、昼下がりに出会った少女。
黒の長い髪に、黒い瞳。
緑と名乗った少女は、黒にかたどられていた。
「僕は、高彦」
「高彦・・・・」
緑はかわいらしく微笑んだ。
至近距離で見つめると、肌の白さが際立って見える。
自分も白い方だと思っていたが、彼女のは数倍白い。
「緑はどこから来たの?」
自分がこの母の田舎に療養に来て、初めて会う顔だった。
この近所はほとんどが縁者だ。もしかしたら、親戚かもしれない。
「私はずっと、ここにいるわ」
「ここって・・・、森?」
「ん。そう。ここで、待ってたの」
ずっと、この森で暮らしていたということだろうか?
変なものを感じて、眉をひそめる。
「待ってたって、何を?」
ふっくらした唇が綺麗な半月を描く。
黒目がちな瞳がうっとりと微笑む。
「さぁ・・・何かしら。もう、忘れてしまったの」
「?」
死にたかった。
ただ、それだけ。
そのために、僕は森に向かった。
今の時代、ただ森に入るだけで死ねるわけがないのだ。
樹海であるとか、僕のことを知っている人が世界で一人もいないとか、そういう状況なら死ねるかもしれないが。
ああ、そうだ、餓死することならできるかもしれない。
だが、僕は森に入れば何だか死ねるような気がしていた。
あの、暗さと、陰鬱な雰囲気。
あれが僕を殺してくれそうな気がしていた。
「そう、辛かったのね」
思考の森から帰ってくると、緑が顔をのぞきこんでいた。
「うん、辛い・・・・今も」
発作が近づいているような気がしていた。
先天性の心臓の疾患があって、薬がないと生きていけない。
父や母はこの病気のせいで疲弊していた。
発作が起きれば、薬を飲ませ、病院に連れて行き、ずっと夜中も心配しながら見ていなければならない。
あやまっても、あやまりきれない。
そんな罪の意識が、こびりついて離れない。
「僕はもう帰れない」
あの発作の痛み、
忘れたい、
両親の疲れきった顔、
忘れたい
何もかも忘れて眠りたい。
「思い出さなくていいよ。もう」
「え?」
緑は後ろから僕の目をふさいだ。
「もう何も見えなくていいから」
やさしい声に包まれて、目を閉じた。
「一緒に眠りましょう」
手をなにか冷たい感触が這う。
蔦が手に巻き付いている。
ひんやりと心地がいい。
しばらくすると体温と同化し、すっかりと包み込まれる。
ほっとした。
もう何も考えなくていいのだ。
病室からはすすり泣く声が聞こえる。
殺風景な病室の中のベッドには、少年が横たえられている。
腕からは管が伸び、口元には呼吸を助けるための器具。
しかし、それは少年をくくりつけている様だ。
無機質な医者の声が少年の永遠を告げる。
光が木々の隙間から降りそそぐ。
「僕は高彦・・・君は?」
「私は、瑠璃・・・」
足を止めて、少し考える。
瑠璃は自分が何故ここにいるのか、憶えていなかった。
「高彦、何でこんなところにいるの?」
憶えもない場所、そして、知らない少年。
「待っているんだ」
少年は目を伏せた。長いまつげが影を作る。
「何を?」
首をかしげて、少女は問う。
「さぁ・・・もう、忘れてしまったよ」
白い顔にやさしい微笑を浮かべた。
<了>
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