笠間悠友窯 つつみ庵工房編
古代・中世のころに使われた古窯の一形式で、須恵器や中世陶器の大半を焼きました。丘陵斜面に築かれたトンネル状の地下式ないし半地下式のものが一般的です。古来からの穴窯の基本型は、崖になったところに穴を掘って造られました。大きさはたいしたことはなく、主室は幅約1.5メートル前後、高さ約1メートル、奥行き約4メートル前後、約30度の傾斜をつけて掘られていました。入り口は人がひとり這ってやっと入れる程度の大きさで、後端には地上へ抜ける吸込穴があけられています。窯には粘土の混じった砂質の土地が選ばれました。岩石の混入している土地では、火を入れた場合に小石がはぜたりするためです。窯詰めをするときは、成形品を抱えてもぐり込み、傾斜した床面と器の間に楔型の粘土を挟んで、器が傾かないように置き、じかに積み上げていました。窯の入り口で火を焚くと焔は器物の間を通り、後端の吸込穴へと抜けます。
桃山時代から登り窯が普及してくると穴窯は次第に衰えてきました。しかし、最近また穴窯で創り出される自然釉に魅了されて復活してきています。現在の穴窯は、地中に穴を掘る作業が危険を伴うため、その多くは地上に造られています。又、技術の進歩により、窯のデザインや材料は大きく変化し、ロストル、ダンパーなどが付いた耐火製品(煉瓦他)製の窯が多く見られます。尚、焚き方はそれぞれの狙いや構造により様々といえます。

下画像左から悠友窯内部。焚口部。煙突部。



本体両側面には色見兼脇焚用の口が左右2個ずつあり、又、ロストル部分の底面煉瓦と保持鉄板は取り外すことができ、掃除を容易にするとともに多様な窯詰や焚き方を可能にしています。