笠間悠友窯 つつみ庵工房編

笠間市福原悠友窯
第四回焼
平成12年1月21日〜24日

 今回の焚きに際して窯の焚き口の増設他、前回までの結果を踏まえ、改善すべきは対処してきた。又、作品作りにも今までに無く力を入れた経緯がある。特に今回はいろり舎の案内看板として陶板を作ったり、大物壺やオブジェなどがあり、いつにも増して力の入った焚きとなったとともに、個人的にも印象深い事件などがおこり忘れられない焚きである。

 1月21日夜9時現地に到着、準備を開始する。笠間は東京から比べると2〜3度気温が低い。まして一月である、気温は氷点下に近い。耐火モルタルに混ぜるため水道から水をバケツに貯めるが、そのままほって置くとすぐに表面に氷が張る。すぐに焚き火をして温まりながらの作業となる。といっても部屋の中と違い寒さはそうは変わらないので、お湯を沸かしコーヒーやお湯割で内側からも温まりながら作業は進んでいく。

 5時間後の午前2時、今回は脇焚きも予定していたので脇焚口より奥部分に2列の棚組みと灰被りや転がしを並べ終わるがまだまだ作品は残っている。脇焚きスペースと中央燃焼スペースを開けた手前側の左右に棚組みをする。中央燃焼スペースが少し狭まってしまったが仕方がない。全てが終了したのが午前4時前と約6時間の時間がかかってしまった。早速口を閉じ、バーナーに点火したのが4時半頃、ようやく一段落着く。


 午前7時(3)80度と上がらない、気温のせいであろう、バーナーを強めにして様子をみる。12時(8)になっても195度と依然鈍い上昇なのでここから薪もくべていくことにする。午後6時(14)45分400度を超えたところでバーナーは止めて薪だけに移行する。午前零時(24)半に600度を越えた時点で脇くべも開始する。この脇くべは温度より、灰被りを狙ってのもので、今回は早めに行い燠を貯めることとした。尚1000度以下の温度帯では、火力や火もちを考慮に入れても松以外の雑木で十分との判断で焚口の薪はまだ太い雑木中心である。ただし、自然釉への影響を考えると全てを松割り木にすることが理想だといえるが、雑木のみでもそれなりの自然釉が出る(色合いは別にして)らしいとの情報もあった。 

 さて、今回は増設された焚き口から燃焼部奥までは2m以上のスペースがあり、長さ1.5m位の丸太は余裕でくべることができた。そこである程度燠ができた時点で長めの丸太をくべていたのだが、手前両サイドに組んである棚が張り出しており、皆注意してくべていた。私がくべていたときの事、注意したつもりだったが燠の山におされたせいか丸太の節が左の棚組み中ほどの支柱に引っかかり、上部二段を崩してしまった。ここには、景山氏の大壺や平泉氏の皿など4〜5点があり、えらいことになったと頭を抱えてしまった。おりしも景山氏は睡眠中であり、しばらくその場で考え込んでしまった。このショックは暫く続いた。落ちた作品を見ると景山氏の壺は真中に斜めに居座っている。棚1枚が完全に中央に落ち斜めになっている。せめて壺だけでも無傷でいてくれと心の中で祈りながら薪をベていると、平泉氏がやってきて事件を知る。「景さん怒るぞ〜」と脅かされながらも、対策を検討しているうちに、景山氏の起床時間になった。意を決して事情を説明し謝罪する。「ごめん!崩れた!」。と景山氏怒りもせずに、状況を確認してから、「誰かやるんじゃないかと思ってた。でも、比較的被害は少ないようだ」と慰めてくれたので、救われたのだった。それからは焚きやすいように棚を動かし壺の位置を少しずつ変えていく作業が始まった。といってもいっぺんに動かすと下手をすると右の棚を崩すことになりかねない。慎重に慎重を重ねて少しずつ様子をみながら数センチ単位で動かす。棚の下敷きになってしまった作品はあきらめるとして、壺だけはどうしても助けたいと景山氏も懸命だったようだ。どうにか位置も落ち着き焚きに支障がなくなったので予定通り焚きを続けられることになった。

 尚、今回はお客様も見えられる等、日中は割と賑やかな焚きとなったが、私個人は焚きに集中していて余裕がなく景山氏と平泉氏に対応はお任せ状態であった。近隣に住む陶芸家や窯元も冷やかしでよくみえられるが、付き合う余裕が無く残念だ。そのうちご挨拶に回りたいと思っている。


 翌朝7時(27)に1000度に達し、これはいけると思いきや、これから2時間以上も行ったり来たりの停滞状態が続く。ようやく上がり始めたのが午前10時(30)前である。ここからは比較的順調に午後3時(35)1150度まで上がってくれたが、やはりここから2度目の停滞。2時間余り停滞が続いたので、思い切って午後5時(37)20分に木ブタをしてみることになった。開始してまもなく温度が上昇し始めるとその後順調に午後9時(41)には1230度まで上昇した。煙突の炎も雰囲気も安定したとみて、投げ入れに戻すがこれ以上上がる気配はない。午後11時(43)に1174度と1200度を割り込んだところで、平泉氏の大くべ実験に入る。一時間ほど大くべして窯焚きの醍醐味を満喫し満足したあと、景山氏と私で通常投げ入れで午前1時(45)1200度と持ち直したところで今回は限界と見て終了した。

(ポイントAは窯上部手前の比較的炎の影響が大きい位置。ポイントBは窯の奥右側の中間的な高さにあり窯全体の温度を反映しやすい位置。)

 今回の焚きのまとめ

 1000度までが27時間と第二回の28時間についで時間が掛かっている。その後下がっているので実質29時間とすると一番遅いことになる。手前に作品が多かったことから慎重になりすぎたか。測定ポイントBは確実に上昇しているが低めなのは、高温度帯が窯の中心部分に偏ったせいだと考えられる。これは窯詰のレイアウトによるところが大きいと思われ、窯全体の平均温度は1180度を超えていないのではないか。ただし、ねらし時間において焼締まりは十分であろうと思われる。棚崩れにより壺が中央の転がし灰被りの位置に落ち、かえって面白い窯変が期待される。と怪我の功名になればよいがひびが入っている可能性があるのが心配。ただ、脇くべを十分して、灰が十分被っているはずなのでどの様な窯変が出ているかも楽しみだ。
 燠の量・質・温度分布が薪の投入量と投入位置に関係するのはわかるが現時点ではこうすればよいという方法は確定していない。木ブタの効果としては燠の良質化と温度分布の平均化と共に燃焼中心を手前に戻すことが考えられる。これを効果的に使う努力はしているが窯の雰囲気をつかむポイントがまだ把握しきれない。
 最高温は1230度であったが、あと10時間焚ければもう少しは上がったと思う。薪の残りが少なくなかったので終了したが今度は十分準備してあたりたい。

 窯開けは4日後1月28日(金)に行なった。夜はやはり凍りつく寒さだが窯はまだ暖かく、早速焚口を開けてみる。今回は崩れた作品が注目の的となっているがさてどんな焼き上がりか楽しみだ。

 早速手前から出していくが問題の壺はどうかというと、ひびも無く見事に垂れが出ていた!?。窯変もきれいについており、レンガとの引っ付きが気になったが、初めて納得の行くものになった。怪我の巧妙どころか瓢箪から駒以上の驚きと感激であった。崩した当人としてもほっとしたとともに驚いたが、さすがに落ちた他の作品は欠けたりひびが入っていて全滅。申し訳ない!。
 次々と出される作品を並べていくがやはり全体的に自然釉の量が少ないようだ。掛からないところと強く掛かるところがはっきり分かれているのは引きが強すぎるせいだろうか。皿は火表の一部分だけ自然釉が掛かるのみで窯変などは無く面白くない。置き方や角度を変えたり、窯変を出す工夫が必要か。小物は焼締まりは十分だが緋色はごく一部にしか出ていない。


 一番奥の一番下に置いたいろり舎の陶板はひびもそりも無く焼締まっていたのでほっとした。オブジェの長ものは一本が傾いていたが2本とも無事であった。しかし灰被りや窯変に大きな変化が無くおとなしく焼きあがっていた。
 全体におとなしい窯変で自然釉も少なめだったが、灰被りの可能性を棚崩れというハプニングで確認できたことは大きい。

今回の焚きの問題点と対応

 今回、手前両側の棚組みには少し無理があったのではないか?。燃焼スペースを広めに取ると共に、支柱を倒れにくくしたり、薪止めを設置したりと工夫する。引きは十分あるのに黒煙が出るのは、窯の雰囲気と焚き方の問題ではないか?。薪投入回数を増やし分散してみるとともに、燃焼中心地を常に一定に保つように注意して焚いてみる。焙りをもっと短くできないか?。バーナー調整と共に早いうちから薪も使用してできれば1000度まで24時間以内に収めたい。温度上昇の停滞時間を短くする焚き方とは?。早いうちから多めに燠を溜めておくことと、燃えやすい薪の使用などで対応してみる。又次回は1100度以上の温度を24時間以上にして灰かぶしを十分行いたい。緋色や窯変をきれいに出す工夫とは?。現状では不明。

 次回はもう少し長時間の焚きで、ビードロなどを狙ってみたい。又最高温度も更新したい。



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