10月3日 木曜日
     晴れ

ついに来た、旅立ちの朝
 午前7時、目を開けて天井を見上げる。いつもと同じ何気ない動作も、この日だけは何か特別のように感じる。この10月3日が、長年夢見てきたことが始まる最初の日だからだろうか。そう、布団の中や机を前に何度も思い巡らせてきた部屋から、ついに'その日'は始まった。
 家族に見送られ家を後にする。見送ってくれる人がいてくれるのは嬉しくもあり、その分独りになった時の寂しさも募る。たまたま父の出勤時刻と重なり、家から駅まで一緒に歩いたのは久しぶりというのもあるのか、何だか照れくさく感じる。「気をつけて行ってこい」と父との別れ際に聞いたその場からとうとう独りになってしまう。でも、これでようやく長年の夢を実現させるための'挑戦権'を手に入れることができた。



離陸直前!まさかの滑走路降り
 空港に行く用事でもなければ乗る機会もなかった初めての成田エキスプレスに乗り、「千葉って広いなー」などと思いながら景色に見飽きてきた頃、ようやく新東京国際空港に到着。って東京ディズニーランドより全然'東京'から離れてるじゃん!
 両替所で手持ちの現金をドルに替え、出国審査場をパスし搭乗ゲートへとたどり着く。「どれが乗る飛行機かなー」などと窓の外に駐機されているジェット機を眺めてはそわそわしている中、アナウンスが1時間の搭乗延期を告げた。でも延期はこれだけはで済まなかった。
 ようやく機内に乗り込み、飛行機が滑走路をタキシングしているまさにその時、機内アナウンスがとんでもない言葉を発した。
 「誠に申し訳ありませんが当機は一旦停止しますので、乗客の皆様は機の外に出られるようお願い致します」 え”っ!?
ざわつきながらも渋々降り始める乗客。理由も分からないまま滑走路の上に立ち、空港関係者でもなければまず見られない場所からの光景を眺める。飛行機の下でごった返している乗客の前には積まれているはずの荷物の他に、なんと消防車に警察の装甲車まで用意されていた。そんな非常態勢の中、なんと自分の手荷物を手に取るようにとの指示がスーツ姿の職員からメガホンで言い渡された。「やべぇ、荷物なかったらどうしよう··· 」と恐る恐る自分の荷物を確認しコンテナに戻す。職員に理由を尋ねたが答えようとはせず、戻った機内でも「荷物の確認」としか説明されなかった。おそらく荷物に不審物が見つかったか、あるいは乗客に危険人物がいたのか···
世界同時多発テロの影響で一触即発の事態は空港においていつ起こってもおかしくない。アメリカに旅立つ前から早くも緊張を味わわされた。
 お陰で13時55分出発の便の中で、夕闇に浮かぶ色鮮やかな滑走路灯を眺めることができた。19時をまわり、ようやく飛行機が離陸。渋滞する自動車のライトの帯がみるみる細くなっていき、すぐに窓の外には漆黒の闇が広がっていった。
              何なんだ、この光景は···



「アンブレラをぶっ潰しに行くのさ!」
 9時間飛行機に乗り続け、窓のバイザーを上げた時には日差し眩しいカリフォルニア上空を飛んでいた。いよいよこの飛行機から外に出るんだとワクワクしながらも、コリアンエア機は滑走路にタッチダウンを決める。ついに来た、ロサンゼルス国際空港。
 最初の関門は入国審査場。審査官が無愛想に「ネクスト!」と1人ずつ呼ぶ中、ドキドキしながらガイドブックに書かれていたアメリカ入国の手順を何度も思い返す。「聞き取れなかったらどうしよう」とか「予想外のことを聞かれたら··· 」と、入国最初のアメリカ国民とのアプローチに内心オロオロのまま、まるで小学校の予防注射の時の心境でついに自分の番が来た時、モーガン·フリーマンにそっくりの審査官は開口一番、「タイザイハ、カンコウデスカ?」と流暢に日本語で尋ねてきた。「えっ!?」と一気に緊張がほぐれたのか、思わずつられて日本語で「あ、ハイ!」と答えてしまった。「アンブレラをぶっ潰しに行くのさ!」
なんて言えるわけがない!



いよいよ独りぼっちに・・・
 ロビーの出入口には空港名物、募金を募る人が派手なスーツを着て外国人を選ぶように接していた。レンタカーの営業所へ行くシャトルバスのバス停を探していると、案の定私の所に近寄って来て「ニホンノカタデスカ?」と尋ねてくる。「ええ、ハーツのバス停を探してるんだけど」と答えると彼は愛想良く教えてくれた。そしてすかさず募金を募ってきたが、こちらも貧乏旅行者。ここで財布のヒモを緩めるつもりはなく、「アイハブノーマネー」を連呼。早速アメリカ社会の現実を体感し、ハーツ行きのバスに乗り込んだ。
 空港のシャトルバスだけあって車内のラゲッジ·スペースはかなり広くとってあり、ちょうど押入れ一間分ほどのスペースが備えつけてある。窓の外からじりじりと日が差し込むが、湿気は感じない。東京の10月とは思えない気候だ。空港を離れ、ただじっと窓の外を眺めていた。
 空港から7〜8分バスで揺られて着いたハーツの営業所は、言うなれば私にとっての第2関門。やはり列を並ぶ間中ドキドキするが、何のことはない、日本から持参したレンタカー予約確認書と各運転免許証、クレジットカードを提示すると、「ホケンハドウシマス?」とまたもや日本語。「なんでこんなに遅くなったんだ」などと言われるかと思っていたが、保険と返却時のガソリン購入オプションの有無を答え、契約書にサインすればあっさりとチェックアウト完了。
 探すのが大変なほど広い駐車場を貸出し表のメモを頼りについに見つけた車は、スポーツカーでもないのに真っ赤な4ドア·コンパクトカーで、思わず「これに乗るのかよ···」と口に出てしまった。しかもCDデッキではなくカセットデッキが付いている!これで旅のBGMは買ったCDではなく強制的にラジオとなった。しかしこの仕様が後に大いに役立つものとなる。
 とにかく荷物を詰め込んで、まずは駐車場の中を1周。インパネもシートの質感も違和感はない。問題は初めての左ハンドル。そしていよいよ駐車場の外に出て、ここからたった1人のアメリカ1周のドライブが始まる。時計は既に午後の2時になろうとしていた。



ロスの空の下
 ハーツの営業所を出てさてどこへ向かおうかと考えてみるが、初めて来た国でいきなり知らない住宅街に、まるで目隠しをはずされて置いていかれたような状況になると、どこをどう行けばいいのかさっぱり分からない。到着が遅れなければもっとまとまった時間が取れたのだが、宿にチェックインする18時まで4時間程となると、まともにどこかを見学するには中途半端な時間帯だし、なにより土地勘がないからどこかに行くにもどのくらい時間がかかるか見当がつかない。だけど悩んでばかりいても仕方がない。とにかく動かねば、とまずはガイドブックに載っていたロスのドライブ·シュミレーションをそのまんまなぞって走ってみる。
 おあつらえむきに本ではスタート地点がハーツのLAX営業所になっていて、最初の目的地は世界的に有名なヨットハーバー、マリナ·デル·レイ。でもまだ広い通りを走るのが怖いからと、ドライブ練習の前にさらに練習で住宅地の中でぐるぐる走ってみる。以前TVでタレントが「外国で左ハンドルの車を運転する時、自分じゃ右側を走っているつもりでもつい左側を走ってしまっていた」と話していたことに、「運転してれば普通、間違えないんじゃないの?」と鼻で笑っていた自分を覚えていたが、いざ自分で走ってみると··· やっちゃってるよ、本当に! 「あれ、向こうから来る車、こっちのレーン走ってる?」って自分でも気付かないうちにゆるゆると左側のレーンに入っちゃってる。ああ、住宅街でよかった···
 それにしてもアメリカの道路は広い!話には聞いていたが1車線の幅がまず広い。日本の一般道の5割増しくらいありそうだ。4輪ドリフトしてもはみでそうもない。もし路肩に車が駐車されていなければ、1番外側の車線だけで2台並走できるほどだ。規則正しく碁盤目状に置かれた交差点から真っ直ぐに伸びる道にだだっ広い青い空が、アメリカの広大さを象徴している。このアメリカの空の下を走るのが、長年の夢だった。そしてそれを遂にロスの青い空の下で実現させた。ヤッホー!
 けれどこの時はそれを実感する余裕など全然なく、ガイドブック片手にビクビクもので走っていた。それでもなんとかたどり着いたマリナ·デル·レイは、確かに世界的に有名なだけあって立派なヨットやクルーザーがうじゃうじゃひしめき合っている。それはまるで東京ディズニーランドの駐車場のような光景だ。マリーナを左手にグルッと周り、次にかの有名なサンタモニカへと向かう。
 
 

サンタモニカの風
 「♪きてーきてーきてーきてーサンタモーニカー」って歌詞につられてここに来た日本人はこれまで何人いたのだろう?'70年代以前に生まれた日本人にとってはもはや洗脳に等しい位に頭にこの地名が植え付けられているのだろう。
 昼食にしようとガイドブックをめくるも、チェックしておいた店はすでにランチタイムを過ぎて準備中なので、仕方なく車が停められてすぐ食べれる店を探す。···あった、そこは元祖マクドナルド。結局アメリカに来ても発想が変わらない自分に気がついた。元祖アメリカだけあって店の造りが違うのかなと少し期待してドアを開けるも、まんま日本のマックと変わらない店内。まあ違いといえば床に落ちているポテトの量が半端じゃなく多く、撒いてるのかと思ったほどだ。そして初めての注文に挑戦。学生時代にマックでバイトしていたのにもかかわらずビビってしまう。注文も無事に通じ、ようやく口にしたチーズバーガーの味はというと日本の物とさほど違わない。日本にはないメニューもあったので後日試してみることにする。
 午後3時の遅い昼食を済ませ、一段落したところで東京の両親へ国際電話をかける。オペレーターの日本語にほっとしながら待つこと十数秒、思ってたよりきれいな音声で母親の声とつながった。なんだか新宿あたりから電話をかけているような感じがしたが、やはり立っている場所は電車では帰れないサンタモニカだった···
 さて、せっかくだからビーチにでも行ってみるかとアーチの下までいくものの、広くて時間がかかりそうだからとビーチには降りなかった。夕暮れを待つのにも中途半端な時間だったので、歯がゆい思いでサンタモニカを後にする。



夢の町、ビバリーヒルズ
 ビーチから真っ直ぐ東へ伸びるSanta monica Blvd.をひた走る。まだ信号を先頭で発進するのにビクついてはいるものの、なんとか車の流れに乗って走れると町並みを見る余裕もできてきた。日本では発売開始されてもまだ走っている姿を見かけなかったニュー·フェアレディZがブルーのボディをピカピカさせて走っている(フロントをぶつけていたけど···)。エアコンの風じゃもったいないと、左右の窓を開けてカリフォルニアの風を浴びてのドライブ。これだよ、これ!
 地図を片手に10マイルほど走り続けると左手が次第に緑豊かになってきて、遂にビバリーヒルズのエリアにたどり着いたことを確信する。そして車は一流ブランド·ショップが立ち並ぶかの有名なロデオ·ドライブとの交差点を左に曲がり、Beverly Dr.を進む。映画の中でしか観たことのない町、ハリウッド。映画好きはもちろんのこと、そうでない人もそのゴージャスな土地柄に憧れるだろう。そんな世界中から羨望の的とされる場所に車を停めて立ってみる。車の流れの多いSanta monica Blvd.からちょっと入っただけなのに、とたんに静かになる。閑静な住宅街にしては無意味に思えるほど広過ぎる道幅に、空を隠すほど伸びるパームツリー。何だか日光街道の杉並木の下に立っているようにも思えてしまう。この閑静さに緑あふれる広い敷地こそがここに住む人の特権であり、ビバリーヒルズの地名をステイタスにさせる条件でもあるのだろう(ビバリーヒルズの上にあるもっと高級な住宅地ベルエアにも行ってみたっかたが、場所が場所だけによそ者が独りで写真なんか撮ってたら、それこそ門の奥から黒服のボディガードたちが出てきそうに思え、やめておいた)。
             
 住宅地の中に突然現れた、うっそうと茂るパームツリーの中に隠れるかのようにそびえ立つピンク色の建物、ビバリーヒルズ·ホテルはその造り構えから日本だったらまずラブホテルに間違わられるだろうが、ロスでは屈指の超高級ホテル。このホテルを横目にSunset Blvd.へ右に曲がる。それにしても走ってきた通りの名前がどれも憎たらしいくらいカッコイイ!ほんと土地によくマッチした名前だこと。



「マイアミ·バイス」見つけたっ!
 少し走るとそこはサンセット·ストリップと呼ばれるエリアで、道沿いには有名なレストランや各種ショップが軒を連ねる。そして立ち寄ったのがタワー·レコード。ここでのお目当ては「マイアミ·バイス」のCD。日本を発つ前夜、インターネットで急いで調べてようやく見つけた「マイアミ·バイス」関連の情報。音楽担当のヤン·ハマーが忘れた頃になって近頃発表したその名も「MIAMI VICE:THE COMPLETE COLLECTION」!日本で初放映してかれこれ16年、今でも頭の中は'80年代のまま、ずっとファンでい続けている私にとって、再び関連グッヅが出て来るなんて信じられないほどの嬉しさ。何が何でも手に入れなくてはという想いでアメリカにやって来たのだった。
 店内に入るとスーパーマーケットのような広さに圧倒される。ありとあらゆるジャンルの音楽がCD、カセット、レコードと用意されている。何故か日本製の洋楽ロックのCDも棚に紛れ込んでいた。そしてお目当てのCDはというと ···あった!!手にした時、あまりの嬉しさに大声で叫びたくなるほどだった。それだけこの番組の熱狂的ファンだということ。ついでにもうひとつの企みでもある、日本で調べてもどうしても分からなかった放送話中の挿入歌のタイトルとアーチMIAMI VICE:THE COMPLETE COLLECTIONスト名の解明。知りたい曲をビデオからカセットテープに吹き込んで(!)日本から持参したのだった。しかしこのカセットテープというのが仇となり、店員に聞いてもらおうとしたけれどデッキが無いから再生できないと言われ、悔しいながらも他の手を考えてまたロスに戻ってきたらここに来ようと心に決めて店を出た。
                             よくぞ出した、
                             ヤン·ハマー!


ワンダフル·トゥナイト、ハリウッド
 車の往来で賑わう町並みに夕暮れの色が帯びてきた頃、ようやく本日の最終目的地·ハリウッドにたどり着く。有名なグローマンズ·チャイニーズシアターを横にHollywood Blvd.を誇らしげに、半分小心な思いで通り抜ける。「さて今日のねぐらはどこら辺かな」などと地図を頼りにとろとろ走ると、なんとチャイニーズシアターのある大きな交差点から4つ目の路地を入った所にユースホステルはあった。オープンテラスにカラフルな文字が踊る看板。USA Hostels Hollywood、これがアメリカのユースか。それにしてもなんという好立地。まさにハリウッドのド真ん中!
 ロビーに入ると受付の前にはチェックインをしようとしている人が列を作って待っている。平日というのにこの大盛況ぶり。それぞれ手に持つパスポートも様々。さて初めてのチェックインといっても既に日本から予約してあるから何てことないだろうと「○月×日に日本から予約した橋本ですが」と切り出すも、「申し訳ないけれど予約を受けてないみたいだよ」とあっさり返される。「あれー!英語が通じなかったのかな?どーしよー」と焦っていると「ちょと待って」と受付。なにやら宿泊状況を確認した後、「オーケー、1泊だよね?それなら泊まれるよ」とのお言葉。再び車に乗って宿探しに出ずに済んでホッとしたところで、部屋を案内してくれる女性を見るとなんと日本人!受付のホステラーとも慣れた感じでやりとりしている。部屋を案内するその日本語が、アメリカで独り旅を始めた初日の心細い私にえらく懐かしく聞こえた。
 通された部屋はというと、宿泊施設とはまず思えないほどの散らかりようで、まるで友達の部屋に遊びに来たといった具合だ。日本人のホステラーも「うわっ、きたなーい」などと言いながらもベッドの番号を確認すると「じゃ、ここでーす」と言って部屋を出て行った。間違いではなくどうやら本当にここの部屋らしい。不在の長期宿泊者が散らかしまくったこの部屋で、アメリカでの最初の夜を惨めな思いで過ごすこととなった。まあ1泊17ドルじゃ文句も言えないが··· まったく、合宿に来たんじゃないんだぞ!
 さて晩飯はどうしようかなーとロビーに出てみると何やらいい匂いが··· 賑やかな食堂に入るとディナーメニューのチキンとサフランのプレートが4ドルで食べれるとのことで、ぎりぎり残り僅かの夕食にありつけた。外のテラスに出てみると先ほどの日本人ホステラーがテーブルのキャンドルに灯りを点している。ここで食べてもいいかと尋ねると、「あ、ぜんぜん大丈夫ですよ」と言って戻っていく。どうやら日本人宿泊者は珍しくないらしい。私もどうしてここで働いているのか聞こうとしたが、余計な詮索だなとやめておいた。既に外は暗くなっていて、車の行き交う音が風に乗って聞こえてくる。キャンドルの淡い灯りに、心地良い風。空を見上げながら、ずいぶん遠くへ来たものだと自分を感心してみた。
 ところでディナーはというと、サフランの味と硬さには閉口したが、チキンは圧力鍋で蒸したせいか身がパラパラとほぐれるほど柔らかい。さすが肉にはウルサイ国、アメリカ。
 


光の洪水
 夜のハリウッドでやっておきたかったこと、それは夜景スポットでの撮影。この旅行は撮影旅行でもある。もう「あそこの景色を撮りたい」とか「こんな写真を撮ってみたい」と日々頭の中で思い巡らせていたほどだ。そんな想いがこの旅には凝縮されている。憧れの一眼レフカメラを手に入れ、念願の‘アメリカ大陸撮影旅行’をファインダーを覗く度に実感するのが嬉しくて嬉しくてたまらない。そこで向かった先がハリウッドでは随一の夜景スポット、グリフィス天文台。
 夜のドライブにドキドキしながらも市街地を抜け、結構立派な住宅が立ち並ぶ麓から一気に山腹を駆け登ると、そこは車をどこに停めればいいのか困るくらい先客で既にごった返していた。カメラバッグと三脚を携え辺りを見回す。背後には漆黒の闇にハリウッドの山々が浮かびあがる。遠くでヘッドライトがゆっくりと蛇行しているのが見える。フェンス沿いを見ていて突然思い出す。そう、ここは「理由なき反抗」や「ターミネーター」が撮影された場所。その証拠にジェームズ·ディーンのブロンズ像が称えてある。
 ライトアップされ荘厳なシルエットを浮かび上がらせる天文台の裏へ回ると、目の前には信じられないほどの夜景が広がっていた。こんな夜景はこれまで見たことがない。まるで光の洪水だ。ロスの町の広大さを碁盤目状の光の線がそれを物語っている。いきなり旅の初日にしてこんな素晴らしい光景を目の当たりにすると、これから始まる旅のスケールに武者震いした。余りにも美しい光景だったので何度も目をつぶって見開いてみては、現実の世界にいる自分に感動した。ついに来たアメリカ。そしてついに立ったロサンゼルスの地。





朝食:機内食
昼食:マック
夕食:チキンとサフランのプレート

出費:48ドル5セント

走行距離:46マイル

家族に見送られて。

飛行機マニアもビックリのアングル。

楽しみの機内上映はなんと日本公開前だった「マイノリティ·レポート」。得した気分。

ハーツの貸出し契約書。

空港内では各国語で「玄関前にいる募金を集めている団体に関しましては、当空港は一切関係ありません」と繰り返しアナウンスしている。

レンタカーでは、借りる時を「チェックアウト」、返す時を「チェックイン」と言う。

ロサンゼルス国際空港は略語のスリーコードで'LAX(ラックス)'
と呼ばれる。旅行会社でチケットの価格を尋ねた時、「なんでこの人、シャンプーの名前なんて言ってんのかな?」と本気で思った(本当)。

ここがあの桜田淳子が歌っていたサンタモニカか···

ファストフード店で尋ねられる「店内で」は'EAT IN'、「お持ち帰り」は'TO GO'。知らなかった···

青い空によく映えるSanta Monica Blvd. 沿いの教会

マイアミ·バイス:アメリカで'84年、日本では'86年から放映されていた人気TVドラマ。国際リゾート都市マイアミを舞台に2人の刑事が犯罪に立ち向かう。高級ブランドを身にまとい、フェラーリやパワーボートで活躍するスリリングなストーリー展開に、MTV感覚で多くの楽曲を起用した点など、それまでの'刑事ものドラマ'の既成概念を見事に崩した事により一世を風靡し、世界各国でも大ヒットとなった。出演者、ファッション、乗物、音楽など登場したものは社会現象にまでなり(サントラにおいては異例の3作、ベスト版、BGMコレクション等を発表)、当時日本でも各分野において大きな影響をもたらす。2004年で放映開始から20年が経つが人気は健在。

自宅→成田空港→ロサンゼルス国際空港→サンタモニカ→ビバリーヒルズ→ハリウッドYH→グリフィス天文台

何故か2005年まで閉鎖中。近年では「チャーリーズ·エンジェル·フルスロットル」でも撮影された。

帰国してビデオで「理由なき反抗」を観たら、丁度写真を撮った場所はジェームズ·ディーンがナイフで決闘した場所だった!

大ヒットゲーム「バイオハザード2」での名ゼリフ。
ハーツ貸出し契約書