悪 夢〜16〜
翌日。 日曜日と言う開放的な日であるにも関わらず、詩織は早くに目を覚まし、とある作業に入ろうとしていた。 昨日、沖菜と別れてから自分なりに考えたのだが、やはり送られてきた三枚の画像が大きなポイントではないか?と詩織は思い始めた。昨日から今日に掛けて、特に何も起こっていないが、出来る限り早期のうちに全てを解明させたい。そんな思いが詩織に一つの突破口を発見させた。 送られてきた三枚の画像はいずれも携帯電話の画像データとして保存してある。この三枚の画像は連動した一枚の画像ではないか?と言う見方が強まっているわけだが、一つ一つ個別に見たとしてもその場所が何処なのか、明確な割り出しには及ばなかった。せめて三つの画像を同時に表示できないか?と考えたときに、名案が浮かんだのだ。 カメラ機能で撮影した画像は、メールの添付ファイルに載せることで画像を他の携帯電話に送る事ができる。それがいわゆる写メールと言う機能だが、送信先は何も携帯電話でなくても良いのだ。詩織が日常で使っているパソコンに送る事だって出来る。そうすれば三枚の画像を同時に表示できるだけでなく、角度を変えたり回転させる事も可能になる。 早速作業に取り掛かり、三枚の画像をパソコン画面に表示させると、詩織は驚いた。 「これって・・・・」 表示された三枚の画像はそれぞれ別の角度で撮影されているが、一つの画像の断面が、他の二枚の断面とピタリと一致したのだ。つまり、この三枚の画像をパズルのように組み合わせる事で一枚の画像になるのだ。 「あっ!」 三枚目の画像を貼り付けたとき、詩織は思わず声を上げた。 やはり知っている場所だった。 三枚の画像が組み合わさった一枚の景色は、カーナビが故障し、いつも左側の道を示すその先にある未開発地区の空き地だったのだ。詩織は何度かその辺を通った事があり、一枚の画像になった事で、それは確信に変わった。間違いなく未開発地区にある空き地である。 「だけどどうしてあの場所を・・?・・」 それが疑問だった。未開発地区は文字通り開発している最中の場所が多く、立ち入り禁止になっている区域が多く存在する。そんな場所をどうして撮影し、送って来たのだろうか・・・・。 謎は深まるばかりだが、分かった事実を沖菜に知らせておく必要がある。 詩織は携帯電話から沖菜のアドレスを表示させ、通話ボタンを押した。 同じ頃。秩父警察署にある地下の資料室は、昨夜からずっと電気が灯され、とうとう朝まで消える事はなかった。場所が地下と言う事もあり、当然窓はない。そのため身体に受ける光と言えば蛍光灯の明かりしかなく、外がどのような天気なのか分からない状態だった。 昨日から寝ずに進められている過去の資料探しは、沖菜だけでなく、同僚の里村をも巻き込み、夜明けまで続いていた。沖菜の隣では時折里村のあくびの声が響く。もう何度も繰り返されたあくびには、嫌と言うほどの疲労が伺えた。 いくら小さな街とは言え、過去の事件を遡る作業は熾烈を極めた。過去と言ってもどれだけ遡れば良いのか判断できないため、新しいものから順に過去へ下がって行くしかなかった。同じ場所で同じ体制を取っているため、妙に身体が軋む。おまけに文字ばかりを見ているため、眼球に掛かる疲労の負担は想像を絶するものがあった。 「もう夜が明けちまったな。どうする?まだ探すか?」 里村が伸びをしながら言った。 「見つかるまで探すつもりだ」 「冗談だろ、仮に見つかったとしても、それが本当に関わっているかどうかなんて分からないんだぜ」 「そうだが、関わっていないとも言い切れないだろ」 「そりゃそうだが」 「付き合わせてすまないと思ってる。だけど重要な事なんだ」 「そういうもんかね」 里村も人の良さでは右に出るものはいない。疲れたとは思っていても、自分だけ作業を終えることは出来なかった。 「眠気覚ましにコーヒー買ってくる。お前はどうする?」 「ああ、僕もコーヒーをたの・・・」 不自然な部分で沖菜の言葉が途切れた。 「見つけたぞ、これだっ!」 「マジかよっ!」 そのファイルに記されている年月は今から二十年ほど前の記録になっており、ファイルにはご丁寧にも当時の新聞記事までが挟まっていた。 見出しにはこう書かれていた。 「下校中の悪夢。女子高生惨殺事件」 「女子高生惨殺事件だとっ!」 その見出しに驚いた里村が叫んだ。女子高生惨殺事件といえば、現在まだ未解決のままになっている一連の事件と符合する。 沖菜は書かれている内容を食い入るように読んだ。 今から二十年前の十月二十八日。当時十八歳の秩父市に住む女子高生、陣内美月と言う女子高生が帰宅途中、精神病院を脱走した精神異常患者、拝島琢磨に襲われ惨殺された。犯行の手口は極めて残忍。ナイフを使って生きたまま彼女の下腹部を切り裂き、子宮を取り出した。取り出した子宮を拝島は食ったと証言している。事件当時、陣内美月は妊娠しており、拝島は子宮にいた胎児までも食い殺すという類稀な残虐性に秩父市内は震撼したという。発見された遺体の損傷は激しく、彼女の首は切断された状態で見つかっている。その後の司法解剖の結果、切断された彼女の首は、彼女が絶命した後で切断されたものとの判定結果が出た。切断された首は未だ見つかっておらず、DNA鑑定の結果によって被害者が陣内美月であることが判明した。 逮捕された拝島は、残忍極まりない犯行によって死刑が言い渡される見込みだったが、判決が下る数日前、搬送先の精神病院で怪死している。拝島の怪死も未だ不明のままで、原因が分かっていない。 沖菜はそれ以降の新聞記事全てに目を通したが、殺害された陣内美月の首が発見されたと言う内容は何処にも記されていなかった。 そして改めて犯行現場の位置を確認すると、二十年前のこの事件現場は、ビル作業員焼死事件が起こった場所にピタリと一致したのだ。 「これだっ!」 もはや疑う余地はないだろう。昨日見たビル作業員焼死事件現場にあったあの祠は、殺害された陣内美月の霊を弔うための祠だったのだ。だがビルの建設で邪魔になり、作業員たちは祠を破壊してしまった。それによって眠っていた陣内美月の霊が現在に蘇った。詩織や田村が見た血塗れの女と言う点に置いても、「女」と言う共通点がある。二十年前に殺害された陣内美月も女である。 更に、陣内美月の殺害手段は、一連の事件で起こった女子高生惨殺事件の手口とほぼ一致する。二十年前、陣内美月は生きたまま下腹部を切り裂かれ子宮を取り出されているが、その二十年後の現在、犠牲になった女子高生たちはいずれも子宮を取り出されている。踏み潰したという点に置いては過去の事件と異なるが、仮に怨念となった陣内美月が子宮と言う存在に嫌悪感を抱いていたとすれば、踏み潰したという事実も合点が行く。 そう考えていくと、あの場所で見つけた祠は、やはり殺害された陣内美月を弔うための物だったと言う線が濃厚になる。 「本当にこの事件が関わっているのか?」 「断定は出来ない。だけどあまりにも一致する事実が多い。過去の殺害現場と焼死事件の現場が同じなんて、あまりにも偶然過ぎるじゃないか」 「確かに・・・・。て事は本当に怨念が関わっているのか・・・」 里村の顔に冷や汗が流れた。まだ断定できないとは言え、沖菜の言うように、現代で起こっている女子高生惨殺事件と、過去の陣内美月殺しの犯行手段はあまりにも酷似し過ぎている。いずれにしても過去の事件が大きく関わっている事だけは事実のようだった。 沖菜は立ち上がり、事件ファイルをコピー機に掛けた。この事実を詩織に見せるためだった。 コピー機のスタートボタンを押したとき、沖菜の携帯電話が鳴り響いた。沖菜は急いで携帯を取り出し画面を見た。そこには朝丘詩織と表示されている。通話ボタンを押し、受話器を耳に当てた。 「もしもし、沖菜さん」 「ああ、どうしたんだ?」 「分かったんです。あの三枚の画像の意味」 「なんだと、本当か?」 「うん。三枚の画像をパソコンに取り込んで並べて見たんだけど、あれは三枚で一つの画像だったの。ジグソーパズルのバラけたピースと一緒で、組み合わせる事で一つの景色が完成したのよ」 「風景・・・・やはり人物ではなく風景だったのか」 「ええ。その風景なんだけど、私知ってる。何処かで見たことあるとは思っていたけど、やっぱり知っている場所だったわ」 「何処なんだ、そこは」 「沖菜さん、以前カーナビが故障した事故を起こした交通事故の後処理をしたと言っていたよね」 「ああ」 「特定の場所に来るといつもカーナビはまったく別の方向を示すって言ってたでしょ。この三枚の画像に隠されていた場所は、故障したカーナビが表示していた場所だったの」 「なっ、なに・・・」 「この画像に納められている場所は、未開発地区にある空き地なのよ。つまり、いつもカーナビが故障する際に示していた、左側の道の先にある場所の事よ」 とんでもない事実が明らかになった。という事はつまり、カーナビは故障していたのではなく、あの三枚の画像が撮影されていた場所を示していたという事だ。それはおそらく何かを伝えるための手段に違いなかった。 だがこれは一体どう言う事なのだろう。昨日発見した祠が二十年前に殺害された陣内美月を弔うための場所なら、詩織の元に送られてきた三枚の画像が示す場所には何があると言うのだ。そして何故、カーナビはそれを知らせようとしたのだろう。怨念と化した陣内美月が暴走するのなら、何かを発見させるためのシグナルなど送るだろうか? 「私これから行ってみます。何かあるかも知れないから」 「待てっ!何があるか分からないんだぞ、危険すぎる」 「大丈夫です。子供じゃないんだから。それじゃ、また後で」 「おい待て!詩織!」 既に時遅し。沖菜の言葉は通話が途切れた後に虚しく響くだけだった。 「バカなっ!なんて無茶な事を」 「一体何があったんだ」 里村が聞いた。 「すまん、詳しい話は後だ。署には上手い事言って置いてくれ」 「待てよ、沖菜!」 沖菜はそう言うと大急ぎで印刷したファイルを整え、その場を後にした。 「クソッ!嫌な予感がする」 |