悪 夢〜17〜
午後になると空を覆う雲は分厚いものへと変わり、冷たい秋風が吹くようになった。十月も後半に入ると、いよいよ冬へのカウントダウンが始まったように、朝晩は冷え込む。そも冷え込みは日増しに厳しくなり、やがて正式な冬を迎える。十月の後半とはそんな冬への準備期間と言えよう。 薄手のハーフコートを羽織った詩織は、家で印刷した画像を手に、未開発地区の中をうろうろと歩き回っていた。いくら見覚えのある場所とは言え、この区域はかなり広い。画像の端にわずかに映り込んでいる建物を探すのも一苦労だった。 未開発地区は秩父駅の真後ろに面した区域で、駅のある右側は商店街やオフィスビルなどが目立つ。だがそれも道一つ隔てたこの場所に来ると、まるで異国のような別世界が広がっている。忙しくなく動き回るクレーン車やブルドーザー。ヘルメットを被った作業員たちが広範囲に渡って散らばっているのが見える。どの作業員も急がしそうで、特定の場所を探している詩織にはまるで気付かなかった。 詩織は画像の端に映っているビルを探す事にした。位置的に見てもちょうど駅の真後ろ辺りではないかと思われた。時折後ろを振り返り、現在地を画像と確認しながら歩いた。舗装されている道もあれば、雑草が茂っている場所もあるため、歩くのが不便だった。 「あれだわ」 凹凸の激しい場所を歩いているうちに、詩織は画像に映っている建物を発見した。てっきり雑居ビルだと思っていたその建物はマンションだった。今年の初頭に完成したばかりのマンションで、空き室がいくつか残っていると聞いた事があった。 次に詩織は画像に映っているマンションの位置を確認した。その場所にもやはり雑草が茂っており、足場が悪い。画像のアングルに近い位置まで移動し、何度も確認した。 「ここだ・・・」 とうとう画像と一致する場所を探し当てた。間違いない。映っているマンションの位置と角度、そして映り込んでいる草の映像からも、今詩織が立っている位置がまさに画像の示す場所だった。 しかし、そこは特に何もない空き地である。一連の事件を彷彿させるような物など何もなかった。周囲を見渡したが、やはり変わったところは発見できない。 となると考えられるのは地中である。 「何か埋まっているのかも・・・・」 嫌な想像が脳裏を過ぎった。三度に渡って送られてきた不可解な写メの現場である。とても美しいものが埋まっているとは考えられない。もし、この場所に何かあるのなら、それは間違いなく目を背けたくなるような物だろう。そんな物を目にするのは勘弁したい。 だがそれでは何の解決にもならない。三枚の画像が示す場所に辿り着いた以上、例えどんな事実であっても直視する必要がある。それが事件解決の糸口にもなるし、何より死んだ真理亜への供養となる。怖いからと言ってこのまま見過ごすような真似は出来ない。 意を決した詩織は辺りを見渡し、何か掘れるようなものを探した。周囲には小さな木の枝しかなかったが、それでも手で掘るよりはマシだろう。詩織は数本の枝をかき集め、地面を掘り始めた。 一瞬、沖菜が来るのを待とうかとも思った。だがあまり沖菜に頼りきりも良くない。何より彼は刑事だ。穴掘りなどに付き合わせるわけには行かない。自分で出来る事は自分でやりたかった。 しばらく掘っていると、木の枝の先に何かが当たった。コツン、コツンと言う鈍い音がする。まるで陶器を枝で突いているような音だった。 「何か埋まってる」 掘る作業が進むにつれ、埋まっている物が見え始めてきた。土を被っているため見難いが、色は白で円形状の形をしている。大きなは恐竜の卵ほどで両手で持たなければ落としそうなほどの大きさのようである。その物体の上部には二つの大きな穴が開いており、その下には縦長の突起物が出ている。更にその下には四角い歯のような物が無数に・・・。 「これって・・・・・」 詩織は「それ」が何なのか、気付いてしまった。 「詩織!」 ちょうどその時、詩織の後を追ってきた沖菜が車から折り、詩織の名を呼んだ。 「いや・・いやああああああああっ!」 「詩織!」 地面に埋まっていたもの。 それは同体の無い、白骨化した頭蓋骨だった。 パトカーのサイレンが五月蝿いほどに響いた。パトカーには「秩父警察署」と書かれており、中から数名の刑事が降りて来た。彼らは沖菜が呼んだ秩父署の応援だった。詩織と共に同体の無い頭部の第一発見者である沖菜は、署から駆けつけた同僚たちと話をしている。詩織のいる位置からは何を話しているのか分からなかったが、その表情は険しかった。 詩織は悲鳴を上げた後、すぐに駆けつけた沖菜によって保護された。どうやら沖菜は詩織の身に何かあったのではないかと思っていたようだが、詩織の指差す場所を見て状況を察した。詩織は危険な目に合ったのではなく、危険な物を見つけたのだ。沖菜は勤務先の秩父署に連絡を入れ、応援を呼んだのだ。駆けつけた応援部隊にいた女性刑事に導かれ、詩織はドアの開かれたパトカーの後部座席に座らされた。詩織は中には入らず、ドア越しに足を外に出した状態で座った。 同じ女として事件に巻き込まれた女子高生の扱い方を熟知していたのだろう。女性刑事は詩織を座らせた後「気分が落ち着くようなものを飲みましょう」と言って、紅茶を出してくれた。どうやら常に飲み物を携帯しているのだろう。女性刑事はコンパクトサイズの水筒を持っていた。 紅茶を飲むと幾分落ち着いた。女性刑事は詩織から離れようとはしなかった。どうやら落ち着くのを待って話を聞くつもりだったようだ。 「一体どうしてあの場所にいたの?」 「それは・・・・」 詩織は言葉に詰まった。怨念の仕業ですなんて、口が裂けても言えない。例え言ったとしても信じてもらえるはずが無い。ここで下手な事を言うと、精神に問題があると思われてしまう。そうなっては厄介だった。 「あの・・・沖菜さんと話がしたいんです」 「沖菜刑事と?」 「はい。ちゃんと話しますから」 女性刑事はしばし考え込んだ後「分かったわ。呼んでくるわね」と言って沖菜の方へと向かって行った。今話をするのなら沖菜以外の適任者はいない。 しばらくすると、右手に書類を持った沖菜が詩織の元に駆け寄った。 「大丈夫か?」 「ええ、なんとか」 「なんて無茶な事をするんだ」 「ごめんなさい・・・・」 詩織は俯き、カップに入った紅茶を見た。手の動きでユラユラと揺れている。詩織は今にも泣きそうだった。 「まあ良い、過ぎた事だしな。鑑識の結果はまだ出ないが、発見された頭部は少なくとも十年以上前の物の可能性が強い。顎の骨格から、持ち主は女性のようだ」 「そうですか、そんなに前の」 「ああ」 「きっと・・・送られてきた画像の意味はこれだったんですね。見つけてもらうために送ってきた。そんな気がするんです」 「多分そうだろうな。これを見てくれ」 「これは?」 「見つかったんだよ。ビル作業員焼死事件現場で過去に何があったのか。やっぱり事件だったよ」 沖菜はそう言うと持っていたファイルを詩織に渡した。詩織ははやる気持ちを抑えながらファイルを開いた。 そこには大きな見出しでこう書かれていた。 「下校途中の悪夢。女子高生惨殺事件」 詩織は書かれている内容を読み、言葉を失った。あまりにも一連の事件と一致する点が多すぎるのだ。 「信じられない・・・こんな事が・・・」 「今から二十年前に起こった事件だ。殺害された陣内美月の首は切断され、その後首は発見されなかった。君が今日見つけた頭部は、陣内美月の頭部である可能性が非常に高い。そう考えると、さっき君が言った見つけて欲しかったと言う意見は信憑性を帯びてくる」 「陣内美月は殺害当時妊娠していたのね。そうか、だから真理亜の携帯を利用したんだ」 「なぜだ?」 「だって犠牲になった女子高生のうち、妊娠していたのは真理亜だけだから。きっと同じような状況だったから何か共鳴する部分があったんじゃないかな」 「それで君の夢に出てきて、意味深な事を言ったと言うわけか」 「多分・・陣内美月と言う存在を私に教えるために・・・」 そう思うと詩織の目から涙がこぼれた。何故か分からなかったが切ない思いが込み上げてきたのだ。 「君や田村の見た血塗れの女と言うのも、きっと陣内美月の怨念だろう。そう考えると全ての疑問に合点が行く。二十年前、異常者によって殺害された陣内美月は、ビル作業員たちの手によって眠っていた場所を破壊され激怒した。蘇った陣内美月の怨念は、当時自分が殺害された手段と同じように、犠牲者の腹を裂き、子宮を取り出し踏み潰した。だがその一方で君に陣内美月の存在を伝えようとした真理亜さんは、かつて自分が使っていた携帯を利用し、その存在を教えようとした。そしてとうとう君はその存在を発見した」 沖菜はそこで言葉を区切ると、詩織を見た。詩織は声を殺して泣いていた。何もかもが崩れ去り、傷付き、疲れ果てた天使のように。 「君の発見によって、警察は当時の事件を掘り起こして再び捜査に踏み切るだろう。例え時効と言う壁があっても、頭部が見つかったのは事実だからね。これで事件は鮮明になるだろう。君のおかげだ」 そう言うと詩織は静かに首を振った。 「もう・・・もう誰かを失うのは嫌」 「大丈夫さ。もう誰も死なない」 「終わったんだよね。これで全部終わったよね?」 「ああ、終わった。終わったんだ」 沖菜の肩にもたれかかった詩織の泣き声は、その後しばらく途絶える事がなかった・・・。 |