悪 夢〜18〜
未開発地区から白骨化した頭部が発見されて二日が過ぎた。頭部は現在鑑識の手に渡っており調査中だ。いくらテクノロジーの発達した現代でも、白骨の調査となると、それなりに時間が掛かってしまうものだ。今頃鑑識たちは躍起になって調査を進めているだろうが、あの頭部は大方二十年前に殺害された陣内美月の物だろうと沖菜は判断していた。 発見された白骨についてだけでなく、解決の日の目を見ない一連の事件における捜査など、現在も進行中である。例えあの頭部が陣内美月の物だったとしても、それが事件を解決してくれるわけではない。なにより警察が怨念による殺害など認めるはずが無かった。 あの日以来詩織とは会っていない。所詮は女子高生と刑事だ。ある程度事件が落ち着けばまたそれぞれの役割と立場に戻る。そんな現実が少々寂しくもあったが、幸いな事に、お互い携帯電話の番号とメールアドレスの交換だけはしており、時折詩織からメールが届いた。そんな些細な事が沖菜には嬉しく感じられた。 恋愛感情なのかどうかは分からない。事実、詩織と沖菜の年齢差はちょうど一回り、つまり十年も離れている。後二年もすれば沖菜は三十路を迎えるが、彼女はまだ二十歳だ。最近では歳の離れたカップルなどが目立つが、大の大人、まして刑事が女子高生とそういう関係になるのは、言葉や文字的にも何処と無く如何わしさが感じられてしまう。それでも後二年経てば彼女も二十歳だ。そうなれば周囲の見方も変わって来るかも知れない。詩織が十歳も歳の離れた男に興味を持つかどうかは分からないが、沖菜の中には常に詩織の存在があった。 しかしそれは妹の麻衣に似ているせいと言うのもある。それほど多くを望むわけではない。ただ偶然にも麻衣に似た彼女が幸せならそれで良い。 詩織からの他愛の無いメールに返事を打ちながら沖菜はそんな事を思った。 ふと気付くと、同僚の里村がテレビのニュースを見ていた。チャンネルは一般的に有名なチャンネルだった。時間的に昼のワイドショーだろう。キャスターが一連の事件について様々な議論を述べている。 ビル作業員焼死事件から始まった一連の事件は、未だ解決の一口が掴めていない。解決などするはずがない。何故ならこの事件には二十年前に殺害された陣内美月の怨念が関わっているのだから。例え警察の上層部にこの事実を伝えても、腹を抱えて笑われるだけだ。そういう観点から考えても、この事件は未解決のままで終わるような気がした。無論、そんな事はあってはならない。だが現実では常識では考えられない事が起こっている以上、未解決事件のファイルに名を連ねる結末は回避できないだろう。 沖菜は事件の起こった場所を確認するように地図を広げた。その地図に事件が起こった場所をマーキングしていく。一連の事件で犠牲になった人たちの住居、そして殺害された現場をそれぞれ異なる色のペンでマーキングした。そうしている間にもテレビのニュースでは警察の威信を題材にある事ない事喚き散らしていた。 本当にこれで終わったのだろうか?そんな疑問は詩織が陣内美月の物と思われる頭部を発見した当時から感じていた。消化しきれない違和感とでも言うべきか。その違和感は二日経った今も消えずに残っている。どうしても釈然としないのは何故だろうか。 何か重要な事が抜け落ちているような気がする。そう思いながらマーキングをしていた時だった。 「なんだこれは・・・・」 マーキングを続ける沖菜の手が思わず止まった。事件が起こった場所を地図で見ていた沖菜は、奇妙な事に気付いたのだ。 おかしいではないか。 ビル作業員焼死事件の現場で発見されたあの祠。事の発端はあの祠を破壊した事で弔われていた陣内美月の怨念が蘇ったと思っていた。だが当の陣内美月の頭部が発見されたのはビル作業員が焼死したあの現場ではない。まったく正反対にある未開発地区である。その未開発地区を荒らした事で陣内美月の怨念が蘇ったと言うのであれば納得行くが、そもそも一番最初に事件が起きたのはビル作業員焼死事件の現場である。しかし陣内美月の頭部が発見されたのはその逆の未開発地区だ。 つまり、祠を破壊した事が事の発端ではなかったという事になる。そう考えるとあの祠が二十年前に殺害された陣内美月の物とは考え難いではないか。 「待てよ、一体どういうことだ。あの祠は陣内美月のものじゃないのか・・・」 しかしそうであればあの祠は何なのだ。 様々な思いが交錯する中、沖菜は事件の起こった場所を示す地図を食い入るように見つめた。 そして、とうとう見つけてしまった。 その事実を・・・・。 「そうか・・・そう言う事だったのかっ!」 沖菜は気付いた。そしてそれと同時に最悪のシナリオが脳裏を過ぎる・・・。 「まずいぞ、このままじゃ詩織が・・・」 沖菜は腕時計に表示されている日時を確認した。十月二十八日と表示されていた。 「間に合ってくれ」 沖菜は我を忘れ、詩織の元へと急いだ。 「一体どうしたんだ?ここ数日で得意先の客からクレームが四通も来ている。お前らしくも無い」 「すいません」 「すいませんで済んだら仕事は成り立たん。まったく、しっかりしてくれよ。得意先の期限を損ねたら修理工場はやって行けないんだからな」 沖菜が重大な事実に気付いた頃、秩父市内の自動車修理工場では緊迫した雰囲気に包まれていた。真っ青な顔をして田村が頭を下げるその傍らには、得意先のクレームを受け取った受付嬢が同情の眼差しで田村を見ている。 「それにしても顔色悪いな。風邪でも引いたのか?」 「ええ、ちょっと具合が悪くて」 「そうか。まあいい。今日はもう帰れ。明日からまた気分入れ替えて頼むぞ」 「はい、ありがとうございます」 言葉とは裏腹に、覇気のない声を残して田村は工場長の部屋を出た。 わけもなく悪寒が走った。両腕に鳥肌が立ち、気分が落ち着かない。まるで感情を逆撫でるような空気が常に充満しているようだった。田村はロッカーから荷物を取り出すと、工場を後にした。 すれ違う同僚たちが田村に尋ねる。「高野とは連絡取れたか?」と。そんなやり取りがもう一週間近く続いているため、「ないよ」と答えるのもいい加減嫌になっていた。そう、未だ行方不明の高野の所在は明らかになっていなかった。 家族の人間が警察にっ捜索願を出して既に一週間が経つが、彼が見つかったという連絡は入っておらず、携帯に連絡しても応答がない。電源が切れているのか、あるいは電波の届かない場所にいるのか、繋がる事さえなかった。一体何処へ行ったのか、何かの事件に巻き込まれたのか、有力な情報は何一つ入って来ない。これが単なる家出とかの類であれば、田村もここまで心配はしなかっただろう。家出なら携帯が普通になることはない。しかし、今回は特に気掛かりな事があった。 先日、あの時の女子高生と共に尋ねてきた沖菜と言う刑事が言っていた言葉。 「事件に関わった者が次々と殺されている」と言う言葉がどうしても頭から離れないのだ。先ほど工場長に言った体調不良の原因は全てここから来ている。あの刑事の言った事など当てにならないと思いながらも、高野が行方不明になっている事実に、不気味なものを感じてしまうのは事実だった。心では関係ないと思っていても、現実までそうとは言い切れないのだ。 馬鹿馬鹿しいと思った。事件に関わった人間が死んでいくなど単なる偶然に決っている。出来ればそう思いたかった。しかし、では高野はどうした?と考えると、浮かぶべき返答は無い。あるのは、事故当時高野も血塗れの女を見たと言う事実だけである。 仮に血塗れの女を目にした事が原因で行方が分からないのなら、自分はどうなるのだろう。あの女見たのは高野だけではない。田村も見たのだ。そこにあの刑事が言った事を重ね合わせると、自分も無傷で済むとは考えられないのではないか?いいや、そんな話あるわけが無い。技術の進歩した今の時代に幽霊などいるはずがない。 精神的なダメージによって朦朧としている頭では、そんな天使と悪魔の戦いが日々繰り広げられていた。 後二時間ほどで就業時間と言うだけあって、空の太陽は沈みかけていた。もう十月の後半である。冷たい風が身体に刺さるように吹き抜けていく。田村は足を速めた。きっと疲れているんだ。高野の事を考えすぎて気持ちが滅入っているだけさ。今日は家でゆっくり休もう。やっぱり人間睡眠は大事だな。 そんなことを思いながら路地に入ったときだった。 「・・・ママ・・・」 「えっ・・」 ふと自分の背後で声が聞こえたような気がした。だが振り返ってもそこには誰もいない。自分からは少し離れた場所から聞こえたようだったが・・・。 「ママ・・・・」 「ひっ!」 今度は気のせいなんかじゃなかった。確実に聞こえた。田村の真後ろで「ママ」と言う声が響いたのだ。 「ママ・・・ママ・・・」 「なんなんだよ・・・」 「ママ・・・ママ・・ママ・・」 「やめろ・・・・やめろ・・」 確実に聞こえる「ママ」と言う声。しかし田村の後ろには誰もおらず、ただ「ママ」と言う声だけが田村に近づいて来た。 そのヴォリュームは次第に大きな音量へと変わっていく。聴き間違いではない。明らかに「ママ」と言っている。 「やめろ・・・やめてくれっ!」 田村は両耳を塞ぎ走り出した。 「ママ・・・ママ」 「うわあああああっ!」 その音量はもはや耳のそばで囁いているような大きさにまでなっている。耳を塞いでいるというのにその声は鳴り止まない。 「やめろ!やめてくれ・・・誰か!誰か助けてくれ!殺される・・・」 田村は急いで家の鍵を開けると靴も脱がずに部屋へと入った。 「ママ・・・ママ・・・ママ・・・」 「やめろぉ・・・・やめてくれぇ」 それは凄まじい音量だった。ヘッドフォンをした状態で音量を最大まで上げたような大音量の声が耳の奥で鳴り響く。 田村はサイドボードから耳栓を取り出し、それを耳に装着すると布団の中に潜った。 「俺が何したって言うんだ・・・俺は何にも悪い事なんかしてないぞ・・・殺さないでくれ、頼む。死にたくないよぉ」 それもはや言葉ではなく嗚咽に近かった。あまりの恐怖で失禁し、流れる涙と鼻水でとても日本語とは言い難い口調だった。 「ママ」 「うわあああああっ!」 かつてない音量の「ママ」と言う声が響くと、田村は布団の中で頭を丸め念仏を唱え始めた。 どれくらいその格好でいたか分からない。田村は念仏を唱えながら「ママ」と言う声が消えた事を知った。聞こえるのは自身の嗚咽だけで、他には何も聞こえなくなっている。 田村は布団の切れ目から恐る恐る外の様子を伺った。そこはいつも目にしている自分の部屋で、変った様子は見られない。更に布団を大きく広げ、頭を外に出してみた。左右を、そして天井を確認するが変化は無い。声も聞こえない。 「なんだったんだ・・・もう居ないのか」 震える身体をやっとの思いで動かし起き上がった。そして耳栓を取った。取った瞬間再びあの声が響くのではないかと警戒したが、意外にも何も聞こえなかった。 起き上がった布団は失禁した尿によって汚れている。この年になって失禁とはみっともない話だが、今はそれどころではない。田村はしばらくそのままの体制で様子を伺った。 どうやら何も起こらないようだった。 「もう嫌だ、こんな生活・・・・」 まるで崩れ落ちるように項垂れたその瞬間、田村の背後で凄まじい殺気が走った。 「ひっ!」 いる・・・何かがそこに・・・。 |