悪 夢〜6〜



真理亜の母、涼子との話を終え、家路に付く頃にはすっかり日も暮れ、辺りは薄闇に包まれていた。涼子との別れ際、「またいつでも来てね」と言われた詩織はとても嬉しくなった。真理亜はもう居ないが、彼女の家に行くと、まるで真理亜と会っているような感触を覚えるからだ。
 家に戻り、一通りやるべき事を済ませると、時刻は既に二十一時を回っていた。例え誰を失っても時間は止まらない。その無情さに若干嫌気を感じながらも、詩織の心は落ち着かなかった。昼間涼子が言っていた事が妙に気になるのだ。死ぬ前に真理亜が残した奇妙なセリフ。そして前後の事件との関連性。あまりにも合致しすぎる共通点。それは必然的に「何かあるのでは・・・」と思いを馳せる要因に他ならなかった。
 詩織はここ数日の新聞をかき集めた。新聞の廃棄は一ヶ月に一度、廃品回収によって持って行かれるため、事件は発生当時の新聞は新聞受けで綺麗に納まっていた。朝刊と夕刊を含め、詩織は根こそぎ手に取ると、そのまま部屋に篭り、一連の事件だけを掻い摘んでみた。事件発生から今日までこの事件は大々的に取り上げられており、朝刊夕刊ともに一面や社会面に大きく掲載されていた。
 詩織は事件の記事だけを取り出し、書かれている文章を食い入るように読んだ。しかし、どの記事にも既に明らかになっている事実しか掲載されておらず、有力な情報は無い。そのほとんどは既に知られている事ばかりで、尚且つ現実的だ。
「これじゃ駄目だわ」
 詩織は溜息を付きながら新聞を床に置いた。既に知っている事だけを復習しても意味が無いのだ。新聞には明らかにされていない、秩父市内の細かな詳細が載っていなければ得るものは無い。
「そう言えば、会報誌があったはず・・・」
 新聞に挟まっていたフリーペーパーを見て、詩織は秩父市内で発行されている市内の会報誌の存在を思い出した。さっそく階段を駆け下り、母親に会報誌の事を聞いてみた。
「あるわよ。新聞と同じで廃品回収は一ヶ月に一度だから」
 母はそう言うと、雑誌の積み重なった束の中から今月の会報誌を多数取り出し、詩織に渡した。
「でも今頃見るの?もう終わって事ばかりのはずだけど」
「良いの。ちょっと調べたい事があるだけだから」
 詩織は母にそう言い残すと、そそくさと部屋に戻った。
 この市内会報誌は一週間に一度、同市内の自治体が発行しているフリーペーパーの一つである。会報誌のサイズはB5で、二つ折りにされて毎回新聞と一緒に投函されている。内容は主に市内で行なわれるイベントや市長のコラム、市内の経済状況、事件・事故などが掲載されている。そのため新聞よりも市内の様子が事細かに書かれているのだ。地域密着型で一週間の市内の動きが一目で分かるようになっている。
 かき集めた会報誌は三種類あり、号外と称した冊子が含まれていた。どうやら急遽発行した会報誌のようだ。会報誌の表にはこう書かれていた。

「秩父市始まって以来の大事件。ビル作業員焼死事件〜女子高生惨殺事件〜乳幼児焼死事件」

 この号外が事件を書き連ねている事はすぐに分った。詩織ははやる気持ちを抑えながら会報誌を開いた。
 やはり思った通りだった。そこには新聞よりも遥かに明確な詳細が掲載されていた。事件現場、事件発生時刻、関わっていた人たちの会社名など、細かな詳細が載っている。詩織は一通り読み漁った。
 新聞ではビル作業員焼死事件で唯一生き残った一人のことはあまり書かれていなかったが、会報誌にはその情報が載っていた。生き残ったのは建設会社トートリックに勤務していた蛯原友喜と言う男で、市内にある病院に現在も入院しているらしい。
「どうして一人だけ無事だったんだろう」
 自分でも気付かぬうちに言葉が洩れた。
 細かな詳細はビル作業員焼死事件だけではない。女子高生惨殺事件についても新聞では得られなかった情報が載っていた。
 殺害された女子高生たちの通っていた学校名とその場所が地図によって明記されていた。犠牲となった女子高生たちが通っていた学校の場所はどこもバラバラであるが、半径数キロ内に密集している。その場所はやはり秩父市内に限られており、隣の市名は載っていなかった。つまり現在のところ市内だけで留まっているという事だ。何か意味があるのだろうか?
 有力な情報を逃すまいと熱心に見ていると、会報誌の右側の欄に「交通事故」を伝える記事が掲載されている事に気付いた。
 事故は一連の事件が発生した翌日に起こっており、事故原因は「カーナビの故障」と出ている。運転していたドライバーと助手席に載っていた男は奇跡的に軽い怪我で済んだという。ドライバーの話に寄れば、いつもこの場所(事故現場付近)に来ると何故かカーナビが故障し、予め入力していた場所とはまったく別の方向を示した。その原因を探ろうとカーナビに手を伸ばしたと、書かれている。察するに故障したカーナビに気を取られ、半ば脇見運転のような形になったのだろう。その後に書かれている電柱に激突したと言う事実からも、それが脇見であったと考えるのが濃厚だろう。そう思った詩織だが、案の定、更に下の文章で、警察では脇見運転の可能性が強いと見ていると書かれていた。
 しかし現実的に考えて、同じ場所でカーナビが故障すると言うのはいささか不自然ではないだろうか。運転するたびに故障するというのなら別だが、ドライバーは「いつもこの場所」と言うかなり明確な場所を特定している。言い換えればその場所に来ない限り、カーナビは故障しないと言うことだ。これもやはり偶然と言えるだろうか。とてもじゃないが、偶然と言う言葉で済ませられるような事ではない。詩織は奇妙な感触を覚えた。一定の場所に来ると毎回故障するカーナビなど聞いたことが無い。
 つまり運転手の言う「この場所」には、カーナビを故障させる何かがあるのではないだろうか。詩織は文面の下に掲載されている事故現場の地図を見た。そして愕然とした。
 事故が起こった場所を地図で見ると、ビル作業員焼死事件が起こった現場と程近い場所に位置していたのだ。おまけにその道路は惨殺された女子高生が通っていた学校と住居が密集している。更に乳幼児焼死事件の現場となった住宅もその付近に点在している。どう考えても奇妙である。ここまで事実が密集してくると、もはや偶然とは呼べず、何か意図的なものを感じざるを得ない。詩織の両腕に鳥肌が立った。なにか知ってはいけないものを知ってしまったようで薄気味悪い感触が纏わり付く。だが、偶然ではないとしたら一体どういうことだろうか。一連の事件と交通事故。一見すると共通点は無さそうに思えるのだが・・・・。
 その時、突然詩織の携帯電話が鳴った。詩織は本能で嫌なものを感じた。
 まさか・・・そんな気持ちで時計に目をやると、時刻は二十一時四十分を示している。これは昨日、紛失した真理亜の携帯からメールが送られてきた時間と同じである。今日も同じ時間に携帯が鳴っている。しかもやはり昨日と同じメールの着信音だ。
 詩織の手は自然と震えた。着信音は尚もなり続けている。だがもしかしたら学校の友人かも知れない。いや、そうであって欲しい。
 躊躇いを振り切るように詩織は携帯の液晶画面を開いた。
「あああ・・・・・」
 それは有り得ない現象だった。
 開いた液晶画面には「真理亜」と表示されていたのだ。これは一体どういうことだ。
 真理亜の母、涼子に寄れば、紛失した携帯電話を悪用されないために、今日の昼間契約を解除しに行ったと確かに言っていた。本来なら解約された真理亜の携帯は既に不通となっており、使う事は出来ないはずだ。それなのに送信先が「真理亜」と出ているのはどういうことであろう・・・・。
 これは通常では考えられない現象だ。あってはならない、いや、あるはずのない現象である。
「ど、どうして・・・・」
 詩織は身体を縛り付ける恐怖をひしひしと感じた。それでも真実を確かめようと、受信したメールを開いてみた。
 そこには昨日と同様、意味不明な画像が映し出されていた。やはり何処かの風景らしき画像だった。しかし奇妙なのは昨日送られてきた画像と似たような場所で撮影されているのが伺える事だった。アングルこそ違えど、どうやら同じ場所で角度を変えて撮影した画像のようだ。今回の画像は建物の屋上が画像の下の部分に見え、その上は空が映っている。昨日送られてきた地面とは対照的な画像だ。
「ここって・・・・」
 詩織はやはり見覚えのある感触を覚えた。その場所に立った事は無くても、過去に通った事のあるような場所のような気がする。明確な場所までは思い出せないが、記憶の片隅で眠っているような場所である事に違いは無かった。
 詩織は何度も画像を眺めた。やはり何処かで見た記憶があるのだが・・・。
 とその時、再び携帯電話の着信音が響いた。
「うわあっ!」
 あまりにも突然だったため、詩織は驚いて携帯を落としてしまった。ゴトンと言う鈍い音がフローリングの床に響く。
 だがしかし、驚いたのは突然着信だけではなかった。詩織は着信の瞬間、液晶画面に真理亜と表示されているのを見てしまったのだ。今度はメールではない。着信である。着信とは通話であり、受話器の向こうには人がいる事を意味する。使われている携帯は今日解約したはずの真理亜の携帯。しかも相手は死んだはずの真理亜である。
「なんで・・・一体どうなってるの!」
 もう尋常ではなかった。詩織はこの不気味な事態に慄き、自然と後ずさりしていた。まるで携帯電話から逃げるように。
 しかし依然として着信音は鳴り響いている。さも取らなきゃ止まらないと言いたげに。
 このまま放置していても着信音は止まらないだろう。電源を切ることも出来た。だが詩織の中にある真実を確かめたいという思いが恐怖を打ち消した。詩織は震える手で携帯を拾うと通話ボタンを押し、そのまま耳に当てた。
「もしもし・・・・」
 意を決した震える声でそう言った。
 しかし聞こえてくるのは不気味なノイズ音と、その音に混じった連続した足音のような音だけだった。しばらく何も言わずに耳を傾けていると、わずかだが乱れた吐息が耳を捉えた。少なくとも相手は受話器を耳に当てている。
「もしもし、誰なの?」
「お願い・・・た・・助けて・・・」
「えっ!」
 お願い助けて・・・・。確かにそう言った。
「もしもし・・・」
 詩織がそう言った時だった。
「ああああっ!あああああああああっ!」
 凄まじい大絶叫が鼓膜を突き破らん勢いで放たれた。腹の底から恐怖を感じ、命の危機に晒されたときに出る、真の悲鳴だった。
 詩織はかつてない恐怖に包まれた。だがそれでも受話器を耳から離すことが出来ない。あまりの恐怖に身体が凍り付き、身動き一つ取れないのだ!
「や、やめっ!ぎゃあああああああっ!」
「うぎゃああああああああっ!」
「ぐええええええええっ!」
 その悲鳴はまるで人が誰かに殺される瞬間に上げる悲鳴のようだった。
 大絶叫は尚も続く。
「なんなの・・これ・・いや・・・もう嫌!いやああああっ!」

 大絶叫が大絶叫を呼んだ・・・・。



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