〜第3話〜「心理の裏」A意外な盲点




「これなんだけど、分かる?」
沙耶は先ほどまで観ていたページを開き、本を翔に手渡した。
そこには「クイズ・探偵編」と銘打たれており、以下のような内容が記されていた。

殺人事件推理

杉原家で一家の主である杉原幸一(すぎはら こういち)52歳が
書斎で死んでいるのが発見された。
第一発見者は杉原幸一の娘、真奈美18歳。
外部から侵入された形跡は一切なく、亡くなった幸一には病などに犯された事はなかったと言う。
状況から判断し、同家族の何者かが殺害したと判断。
警察は「殺人事件」として捜査本部を設置。本格的な操作に乗り出す方針である。

ここで殺された杉原家の家族構成を見ていこう。
杉原家は殺害された幸一を主軸に、妻の奈央(なお)48歳
長男の達也(たつや)20歳、長女の真奈美(まなみ)18歳
そして次男の憲次(けんじ)8歳の5人家族である。
司法解剖が行なわれていないため、殺害方法は断定できないが
外部から侵入された形跡もなく、自殺とも考え難い。
よって上記4名の中に犯人が居ると判断しているが
この4人には揺ぎ無いアリバイが成立している。
以下、事件の詳しい状況である。

杉原幸一が殺害された時間は21時ごろと見ている。
この2時間前の19時ごろ、家族は全員リビングに集まり夕食をしていた。
それは家族全員が立証している事実である。
夕食後は各自がそれぞれの過ごし方をしているが
この2時間後に幸一氏が遺体となって発見されている。
時間帯を視野に入れると犯行時間は19時以降と断定されるが、上記4名にはそれぞれアリバイが成立している。

まず妻の奈央は夕食後、地元の回覧で回ってきた付近に住む主婦が家を訪ねて来ている。
話は回覧以外のことでも発展し、訪れた主婦が自宅に帰ったのは21時を過ぎていたと言う証言が得られた。
彼女の話によると「話が盛り上がり、玄関先でずっと話していた」と言うことだ。
会話の最中、奈央は一度もその場から離れなかった事も裏付けが取れている。

次に第一発見者の真奈美だが、彼女にもアリバイが成立している。
真奈美は夕食後「風呂に入る」と言って入浴している。
そして出てきたのが20時過ぎであった事を長男の達也が証言している。
何故なら次に入浴する予定だったのが長男の達也だったからだ。
(結局達也はこの後外出したため、入浴する時間は大幅に変更されたが・・)
入浴を済ませ自室に戻るのをちょうど玄関先で近隣の主婦と話をしていた妻の奈央と主婦の両方が確認している。
自室に戻った真奈美は、それからずっと携帯電話で友達と喋っていたと言う
真奈美が携帯電話で喋っていた相手に確認を取ったところ、確かに喋っていたという事実が取れた。
そしてその電話が終わったのが21時半ごろだったと言う。
その後家の電話が鳴り、相手が父親の友人である事が分かり、電話が来た事を父に伝えようと書斎に入り
そこで倒れている父、幸一を発見したと言う件である。
入浴する姿を長男が、そして犯行時間に携帯電話で友達と喋っていた事実をその友人が証言している。

次は長男の達也だが、彼にもまた完璧なアリバイが存在する。
夕食を取った後、妹の真奈美が風呂に入ったのを目撃した後、友人から電話が掛かってきており、そのまま外出している。
外出先は近所にあるコンビニ。達也を呼び出した友人は「借りていたCDを返すため」と証言し
そこに達也が居た事も裏付けが取れている。
達也が帰宅したのは21時50分ごろ。達也が帰ってきた姿を母親の奈央と妹の真奈美が目撃している。
外部から侵入された形跡が無い事実から、達也も犯行には不可能だと断定している。

最後に次男の憲次だが、まだ8歳の幼い子供に父親を殺す事などまず不可能だと警察は判断しているが
憲次のアリバイも立証されている。
風呂から上がった真奈美が憲次がリビングでテレビを見ている姿を目撃している。
真奈美はてっきりテレビを見ているのだろうと判断したが実はそうではなく、憲次はテレビを見ながら眠っていたのだ。
その後、外出していた達也が帰宅後「ここで寝ると風邪引くよ。部屋に戻ろう」と言って
憲次を寝かし付けた事実も認められている。


以上4名には完璧なアリバイがあるが、警察はこの4名の中に犯人が居ると見ている。
さてそこで君の出番だ。持ち前の思考能力をフル回転させ
真犯人と殺害方法を割り出して欲しい。
犯人はこの4名の中に必ず居る。
上記の犯行状況と4名のアリバイを照らし合わせ、見つけ出して欲しい。

(ヒント)

上記4名には家族以外にも共通点がある。
それは文章を良く読めば分かるはずだ。その共通点に気付ければ
自然と犯人が誰なのか?そして殺害方法も分かるだろう。

(注意)

犯人は1人です。


それは殺人事件の推理がクイズになっていた。
なるほど、確かに先ほどのクイズとは違いかなりハイレベルな問題である。
翔は犯行の状況と4名のアリバイを何度も読み返した。
一見すると4名全員のアリバイに隙はないように思えるが、その「思える」が実は盲点だったりする。
クイズになっている以上、必ず犯人がいると言うことだ。
何か見落とし、あるいは現実に捕らわれ過ぎた部分があるのかも知れない。


(現実に捕らわれ過ぎている部分・・・?・・・)


翔は自分で思った事を心で反復させた。
「分かりそう?」
「う〜ん、そうだな〜沙耶はこの文章を読んだとき誰が怪しいと思った?」
「私は第一発見者の真奈美と長男の達也かな」
「根拠は?」
「真奈美が入浴する後に達也が入浴する予定だった・・・と言うのがなんだか気になる。
真奈美が入浴するのを確認した後に達也は出かけているでしょう。だけど当初の予定では入浴するはずだった。
でも文章では達也が外で友人と会っていた裏付けが取れているから無理なのかな〜とか」
沙耶は自分までも難しい顔をしている事には気付いていないだろうと、翔は思った。
「確かにちょっと偶然過ぎるよね。だけど、ここの注意書きには犯人は1人だと書かれている。
仮に真奈美と達也にここでは記されていない秘密があったとしても、それでは共犯になってしまう。
両方とも犯人ではないか、あるいはどっちか片方か。そのいずれかだろうね」
「やっぱりそうだよね。私も気になっていたのよ。犯人は1人って言う注意書きが」
沙耶は肩肘を付き、溜息を漏らした。どうやら分からないらしい。

殺人事件の推理をする場合、状況証拠と事件の状況をどのように見極めるかどうかが大きなポイントである。
ほとんどの推理小説の場合、犯行の裏には密接な人間関係や、犯行には関係ない事実が存在するケースが多い。
例えば被害者の胸にナイフが突き刺さっていたからと言って、それが致命的になったかどうかは定かではない。
ひょっとしたらそれ以前に首を絞められ絞殺された可能性もあれば
襲われた衝撃でショック死を遂げた可能性だって考えられる。
そのため、目で見える犯行が全ての証拠とは断定できないのだ。
ましてやそれを文章にし、尚且つクイズにする場合、必ず「記されていない意外な盲点」があるはずである。
それを考慮して考えると、目で見えるアリバイはアリバイでは無くなり
逆に「4名全てによる犯行」とも考える事も出来るのだが、この場合注意書きに「犯人は1人です」と記されている。
という事は必然的に「家族ぐるみの犯行」の腺は消える。
真奈美と達也の立ち位置が妙に曖昧なのは、読者を惑わせる典型的な形式と言えるだろう。
犯人が1人である以上、裏で真奈美と達也が繋がっている可能性はゼロだ。
登場する4名の人間は犯行時刻、皆自分以外の誰かにその姿を目撃されている。
しかし、犯人は1人と言うことを考えると、その犯人が嘘を付いている可能性までは否めない。
つまり犯人の誰か1人が嘘の証言をし、その対象を犯人に見せかけようとしていると言うことだ。
だがその件も信憑性は薄い。その根拠として上げられるのが「完全なる第3者の存在」だ。
そう、回覧で訪れた近隣に住む主婦の存在である。
犯人は4名の中の誰かと断言されている以上、この主婦が犯行に関与している可能性もまたゼロである。
そうなると犯人が予めこの主婦が家を訪れるであろう事を予期していたとは考え難い。
犯人にしてみれば主婦の訪問はまったく予期せぬ出来事で、犯行計画には明記されていなかったはずだ。
その場合、犯人が嘘の証言をしてしまうと自分に取って不利な状況に陥ってしまう場合がある。
主婦がどのような事を証言するか予想できない事に加え、何を見ているか判断できないからだ。
総じて真犯人が他の3名を犯人に仕立て上げると言う件もここで消える。
しかし犯人はこの予期せぬ訪問者が来たにも関わらず犯行を遣って退けたのである。
犯行時間が19時以降と言う事は、全員が夕食を取った後に行われたと言う事だ。
夕食を取るために、殺害された幸一を含め5人は一同に会したことになる。
そして犯行は誰の目にも止まらなかった。
尚且つ完全なる第3者の存在があっても犯行は可能だった。
以上の要素を考慮した上で犯行手段を考えるとなると、もはや手段は1つしかない。
「誰にも見つからずに殺害できる方法」つまり「殺害の遠隔操作」である。
その「殺害の遠隔操作」は誰が可能か?そしてその手段は?
事件の状況と4名のアリバイを良く読むと、それが可能な人物がたった1人浮かび上がって来た。
それはまったく予期しなかった意外な盲点だったのである。


以上のような説明を翔は手順良く沙耶に話した。
「ていうか、分かったのも凄いんだけど・・・」
「だけど、どうしたんだい?」
「この短時間で良く分かるな〜と思って。私なんかもう1時間くらい悩んでいるのに」
沙耶は「参りました」と言わんばかりの苦笑いを浮かべた。
「何度も何度も状況とアリバイを読んで、ある事に気付いたんだ。
ヒントでもあるように、この4名は家族以外にも共通している部分があった。
それが分かると自ずと犯人が見えてくるものさ」
「それが分からなかったのが私って事ね」
沙耶は「やれやれ」と言った表情で言った。
「それで、犯人は誰なの?」
「幸一を殺害したのは妻の奈央。殺害方法は毒殺」
「えっ!妻が犯人!?」
翔は自信有り気にそう言い切った。そして静かに話し始めた。
「さっき話したとおり、犯行は誰の目にも止まらずに行ない、確実に相手を仕留めていると言う点が大きなポイントの一つ。
そして殺害された幸一の司法解剖が行なわれていない点を考慮して考えると
解剖した後で殺害方法が分かってしまうから、司法解剖はまだだから分からないと言う表現が使われていると思う。
それとヒントの部分に出ている。家族以外にも共通した部分があると言う点は
全員が夕食を取った後、つまり夕食後と言う言葉を意味している。
文章を読むと分かるけど、この夕食後と言う言葉は全員のアリバイを説明している文章の中に頻繁に出てきている」
翔の説明を受けて沙耶はページをめくった
「ホントだっ!次男の憲次のアリバイの中には使われてないけど、他の3人には全て夕食後って書かれてる」
「そうでしょ。それが共通点だったのさ。つまり夕食後食べた後の犯行と言う共通点があるのさ。
更に遺体発見当時の時間21時に対して、夕食は19時と出ている。この時間差はおそらく服毒した毒の量を
調節したために起こった反応だ。毒は恐らくカプセルか錠剤のどちらか。
そのどちらかを妻の奈央は幸一の食事にだけ混入させたのさ」
「幸一の食事にだけ毒を盛ったと言う事?」
「そう。これが意外な盲点さ。良く考えてみて、母親と言うのは誰にも怪しまれずに家族を殺す事ができる。
何故なら夫や子供は出てきた食事にまさか毒が盛ってある事など、まず考えないからね」
「ああっ!そうね、確かにそうだわ」
「だろ?」
沙耶は納得した。自分に置き換えて考えればすぐに分かる事だ。
夕食に出てきたおかずのなかに、まさか毒が盛っているかも知れないと、一体誰が考える?
いつも何気なく作られている夕食だが、その何気なくが「まさか・・」と言う概念を打ち消していると言えよう。
「そうか、だから誰の目にも止まらなかったんだ。犯行を実行に移したときには
既にその凶器は夕食を通して殺害された幸一の身体に入り込んでいたから」
「そう言う事だね」
「まさか妻が、母親が作ってくれた食べ物の中に毒が混入しているなんて考えもしない。
考えないよね、普通」
「まあね。そんな事を疑うようになったらそれこそ家庭崩壊だよ」
翔は苦笑いでそう言った。
「はあ・・・なんだか衝撃的だな〜正解が分かったのも驚きだけど
まさか母親が・・・っていう部分が本当に盲点だったなぁ」
沙耶はいろいろな意味で憔悴し切っている様だった。
「正解を確認してみようか」
「そうね」
そう言うと沙耶は回答のページへと指を急がせた。
そこに掲載されていた回答は、先ほどと同じように翔が説明したのとピタリと一致している。
驚くほど見事なまでに、まるで先に回答を見たかの如く一致していた。
「正解。もう大正解ですよ、翔先生」
沙耶はお手上げのジェスチャーでそう答えた。
「ホント、意外な盲点ね」
「殺人事件を推理する場合、必要な部分だけを掻い摘んで、尚且つそれを深く掘り下げて考えるべきなんだ。
文章だからちょっと分かり難いだけど、今回の特に真奈美と達也の関係性なんかは
読者を引っ掛けるために作られたようなものだね。必要な場所だけを切り取り、それを全体に照らし合わせると
自然と見えてくるものなんだ」
「私には一生無理かも」
「まあ人には向き不向きがあるから・・・」
「ちょっと!それって私には才能が無いって事!?」
「あ、いや、そう言う訳じゃないよ」
翔は慌てて両手を降った。
「まったくもう」

二人が図書館を出ると、既に辺りは暗くなっていた。
時刻はもう20時を回っていた。
「あああっ!?」
「ど、どうした!?」
突然何かを思い出したように沙耶が叫んだ。
「水族館・・・・」
「あっ!忘れてた・・・」
ここでようやく思い出したようだ。二人は今日水族館へ行く予定だったのだ。
そのために沙耶は図書館で翔を待っていたわけだが・・・・。
気付いたときには遅かったようである。水族館の閉館時間が20時だからだ。
「ま、いっか。面白かったし、明日行こう」
「すっかり忘れてたな」
「翔が熱弁振るうからよ」
「ご、ごめん・・・うっかりしてたよ」
そうは言ったものの、沙耶は別に怒っていなかった。
むしろいつもながらの結末に面白おかしいものを感じ、顔は笑顔だった。


これがこの二人のパターンである事は、もはや言うまでも無いだろう。


END


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