第十章「決定的なミス」
木下桜の証言は、かつてないほどの衝撃を捜査本部にもたらした。 渡辺を始め、輪島と京子は、木下桜の証言を裏付ける決定的な証拠を探るため 今まで入手した膨大な情報の整理に務めた。 やはり渡辺の勘は間違ってはいなかったのである。 渡辺がずっと気になっていたあの写真。 木下桜の証言は、あの写真に隠されていた謎を裏付ける決定的な事実になった。 そして、輪島が発見した「一家心中」の事件。これも大きな鍵となった。 渡辺は早速入手した情報と写真を改めて捜査会議に提出。 現段階で家宅捜査の手続きを踏むのは危険かと思われていたが 何せ第2連鎖以降、世間だけでなく、世の中そのものからの信用が薄くなって来ている。 会議では事の信憑性が重視されたが、渡辺や京子が調べた事実 被害者全員が深刻な悩みを抱えていた事。そしてその被害者の高校生が全員地下鉄を利用していた事。 更に、医学教授の藤崎から明らかになった「周波数40ヘルツ」の事実。 そこに輪島が調べてきた「一家心中事件」と、木下桜がもたらした証言を重ね合わせた事で 一人の人物が浮上したのである。 第2連鎖で病院内で自殺者が出た事実は、第1連鎖とは状況が異なり 被害者が高校生とは限らなかったが、これも藤崎が勤務する病院の状況 そして自殺した患者の部屋の調べによって、その状況が第1連鎖の状況とまったく同じだった事実が明らかになった。 つまり、自殺した患者の部屋でも、第1連鎖のときと同じ状況だったのである。 しかも、自殺したのは全員精神的な病を抱える患者に限定されていたのだ。 患者の状態と部屋の状態を調べると、その全てが第1連鎖のときと符合したのである。 捜査線上に浮かび上がった一人の人物。 早速捜査本部はその人物には内密にして、その人物が勤務していた会社(場所)に 家宅捜査に入った。勿論、家宅捜査の令状は取ってあり 事の重大性は本庁の重役たちも熟知している。 これ以上犠牲者を増やさないためにも、そして世間からの信用を取り戻すためにも もはや一刻の猶予もなかったのである。 そのため、捜査令状はあっさりと下ったのだ。 家宅捜査という形を取らない限り、渡辺たちの集めた情報はあくまで「仮定」でしかない。 その「仮定」を「証拠」にするためには、実際の目で確かめるしかない。 だがしかし、今回の証拠を掴む家宅捜査は、実に「賭け」であった。 木下桜から提示された事実は、非常に変則的で 捜査線上に浮かび上がったその人物の仕事上、既に明確な証拠が消されている可能性があった。 そうなってしまえば、もはや逮捕は不可能となる。 だがその人物の仕事上、証拠が消されたとしても周囲の人間たちの証言によって 例え消された証拠でも取り戻す事が可能になる場合もある。 医学的、そして科学的な面が事件に大きく関わっている事から 捜査本部は急遽、藤崎を呼び寄せ、渡辺たちと合流させた。 万が一その場で科学的な事実が関わっている場合、即座に対応出来る事を考慮しての派遣であった。 藤崎は捜査本部の申し出を快く承諾し、渡辺たちと行動を共にした。 家宅捜査は静かに始まった。 その人物が出社してくる前に、捜査員述べ200名がその会社を取り囲み、家宅捜査が行われた。 そして、その最前線に選ばれたのが渡辺、輪島、京子、藤崎の4名であった。 本庁では、渡辺たち4人の掴んだ情報が非常に有力で、また確かなものであったため 捜査の最前線を彼らに任せたのである。 この事実は過去に例がないほどの「異例の捜査」であった。 通常、所轄の刑事たちが掴んだ情報を元に、本庁の人間(専門分野の刑事)たちが 現場に赴き、その最前線で指揮を取るのだが 今回の事件を重く受け止めていた本庁の幹部たちは 「自分たちが指揮を取るよりも、有力な情報を掴んだ刑事たちの方が鼻が利く」と判断し 捜査の指揮だけでなく、捜査方針まで彼らに委ねたのである。 本庁としては世間からの眼差しが気になっており、これ以上に失態は許されない。 確たる証拠を掴んだ刑事たちを現場に向かわせる事で、余計な混乱や時間を無駄にする事を避けたのである。 そのため、渡辺を筆頭に家宅捜査はスムーズに行われた。 今回の家宅捜査で調べるべき点は2つ。 1つは機械的な操作の手順。もう1つは事件当日の犯人(らしき)人物の言動である。 家宅捜査に入って2時間後には、その明確な証拠を掴むことが出来た。 やはり渡辺たちが睨んだとおり、確たる証拠はそこに残っていたのだ。 それを裏付ける証言も、同僚の職員たち、および機械オペレーターからも十分すぎるほど取れた。 これで、全ての証拠、そして事の真相が明らかになったのである。 後は、犯人が出社してくるのを待ち、仕事場に姿を表したときが最後だ。 犯人は、自分が決定的なミスを犯していたことに、まだ気付いていない |