第三章「不透明な共通点」




翌日、13時を少し過ぎた時間に、渡辺、輪島、京子の三人は、藤崎が勤務する国立東京病院に到着した。
「やあ、渡辺さん。お久しぶりですね」
「いやぁ、ご無沙汰でしたな。どうですか?お変わりありませんか?」
「ええ。相変わらずこの有様ですよ」
久しぶりに会った藤崎はまったくと言って良いほど変わっていなかった。
どうやら相変わらず仕事は忙しいらしく、藤崎のデスクには書類が散乱している。
「紹介します。今回我々と一緒に操作をしている霧島京子君だ」
「霧島です。警部からお噂は聞いておりました。事件に協力していただける事
心から感謝します」
京子はそう言うと、改めて藤崎を見ながら言った。
「藤崎です。昨日の電話で大体のことは聞いております。事件の方もテレビのニュースなどで
あらかた知っています。どうぞよろしく」
「早速ですが、今朝電話で話した件、いかがですか?」
「あの事件で入院した高校生に精神に悪影響が出るほどの悩みや問題を抱えていないか・・・でしたね。
渡辺さんの言うとおりでした。ここに入院しているのは28名ですが
全員何らかの悩みや問題を抱えてました」
「やはりそうでしたか!?」
藤崎の口から明らかになった驚くべき点に、三人とも驚きを隠せなかった。
「いずれも何らかの形でいつも頭の中にはあったそうです。恋人とのトラブルだったり
家族間での問題、人間関係だけではなく、自分の進路などで、相当なストレスを感じているようですね」
「それが引き金になったとは考えられますかね?」
話を聞いていた輪島が言った。
「考えられなくもないです。それが発端であった可能性は高いですし、ストレスのバロメーターで
各患者を調べたのですが、全員が相当数のストレスを感じている事実が明らかになりました。
ですから、考えられない事ではありません。ただ・・・・」
「ただ、なんですか?」
京子が続いた。
「はい。ただ、それだけで異常をきたしたとはまず考えられません。ストレスと言うものは常に溜まっていくものであって
引き金が無い限り、爆発する事はありません。ストレスが爆発するトリガーの存在が
どこかしらにあったはずです」
「つまり、悩みやトラブルを抱えているだけでは精神に異常をきたす事は無いという事ですか?」
渡辺も食い入るように尋ねた。
「そう言う事になりますね。ましてや今回は145人と言うあまりにも多すぎる人間が
同日の同時刻に異常事態に見舞われている。悩みやトラブルを抱えているだけで
こんな偶然が重なる事はまずあり得ない話です」
「異常事態に見舞われたきっかけがあると言う事ですかね?」
「恐らくそうだろう。何かあったんだ。あの日、あの時間それぞれの自宅で何かが・・な」
輪島の質問に渡辺が答えた。
しばらくすると、京子の携帯電話が鳴り、仲間から電話が掛かってきた。
「たった今裏が取れました。やはり145人全員が悩みや問題を抱えているそうです。
他の区へ調べに行った特班委員からの連絡です」
「そうか、やはり睨んだとおりだったな」
渡辺は自分の推理に確信を持った。
しかし、これで何かが変わったわけではない。145名が悩みや問題を抱えていたという事実だけでは
犯人へと繋がる有力な手掛かりとは言い難い。
それに、高校生と言う年代を考慮すると「悩みや問題などあって当然」と言われてしまえば
もはやそれまでである。つまり捜査の進展はないに等しい。
「今回の事件を観て、私疑問に思ったことがあるんですよ」
すると、藤崎が意味深な事を言い出した。
「というと?」
「ええ、どうして高校生なんでしょうか?まあ、無差別と言うことも可能ですが
仮に無差別であれば、別に高校生だけを狙わなくても良いわけですよね?
言い換えれば高校生だからこそ異常事態に見舞われたとも、考えられるのではないかと思ったんですが」
「高校生だからこそ・・・・・」
藤崎の着眼点は鋭かった。盲点ともいえるべき点が指摘された。

異常に見舞われたのが高校生のみという事は、犯人が「高校生だけを狙った」とも考えられる。
しかしながら、これを無差別と重ねて考えると「高校生限定」の説は信憑性が薄くなる。
と言う事は、犯人は「別に高校生限定でもなく、高校生だけを狙ったわけではない」と、考える事も可能である。
つまり「高校生だからこそ異常に見舞われた」と言う事である。
だが、明確な証拠が何一つない。共通点は145名全員が悩みや問題を抱えていたという点だけである。
145名はいずれも面識が無く、通っていた学校はほとんど別の場所である。
145名の共通の知人説は既に消えている。
そうなると必然的に「145名は異常に見舞われる環境や場所にいた」と言う事になる。
だが、ここで大きな問題が発生する。
もし、高校生だからこそ異常に見舞われたと言う環境が考慮されるとなると
犯人はどうやって145名の居場所を突き止めたのであろう。
必ずしも145名が自宅いるとは限らない。犯人は145名が自宅にいる事を確認していたとでも言うのだろうか?
それに月島純太の部屋には何の問題も無かった。外から侵入した形跡もない。
おまけに空気感染は既に否定されている。そうなると犯人はどうやって145人を異常事態にさせたのだろうか。
今現在の共通点は「145名が悩みや問題を抱えていた」と言うあまりにも不透明な共通点のみ。
犯行手口はおろか、一体どうやって異常事態にさせたのか、まったく分からないのである。
何より、一体どうやって145人もの人間を同時に異常事態にさせたのか、その手段も明確ではなかった。

「分からない事だらけですね。一体どうして高校生だけがこんな事になったんでしょう」
輪島が渋った表情でそう言った。
「駄目だ、まったく分からん」
先ほどからいろいろと考えを張り巡らせているのだが
渡辺にもそれは分からなかった。
さすがの京子もお手上げ状態らしく、先ほどから溜息が目立つようになった。
「高校生だからこそ異常事態に見舞われたと言う線が浮上するとなると
一度、入院している患者を詳しく調べた方が良いかも知れませんね。
万が一身体に何らかの影響があれば、何か分かるかも知れません」
藤崎が両腕を組みながらそう言った。
「やれやれ、また先生にご迷惑を掛けることになりそうですな」
「今に始まった事でもないでしょう」
藤崎は冗談っぽくそう言った。
「調べるのにどれくらい時間が掛かりますか?」
「しばらく掛かると思います。脳内の状況や体内の動きなどを観察する時間も含まれますので
何か分かり次第、こちらから連絡します」
「そうですか、それでは何か分かったらご連絡ください。飛んできますので」
「分かりました。ああ、そうそう。あの事件の事なんですが」
渡辺が座っていた椅子から立ち上がろうとすると、藤崎の言葉がそれを止めた。
「事件当日、入院した女子高生と一緒にいた女性がいるんです。
名前は木下桜さん。入院した黒川香澄さんとは同じ学校に通う高校生で
事件発生当時、木下さんは黒川さんの自宅にいたそうです」
「という事は、事件の一部始終を見ていたわけですな?」
「そう言う事になります。木下さんは黒川さんがあのような目に合ったのを見て
酷くショックを受けていました。念のため昨日まで木下さんも診察していたのですが
特に問題が無かったので、今は自宅に戻っているはずです」
渡辺たち三人にとっては大きな収穫であった。
下手をすれば「悩みを抱えていた共通点」以上の収穫である。
「分かりました。当たってみます。調べの方よろしくおねがいします」
そう言い残すと、渡辺は輪島と京子を連れ、一度署に戻って行った。

「警部、分かりましたよ。木下桜18歳。都内の私立高校に通う女子高生です。
入院した黒川香澄とは同級生で同じクラス。事件当日は黒川香澄の家にいたそうです」
「そうか・・・・」
「確かに収穫はあったけど、余計に分からなくなりましたね」
京子は意味ありげな発言をした。
「分からなくなった?それってどういうことです?」
輪島は興味津々な表情で聞いた。
「事件当日、入院した黒川香澄と一緒にいたのであれば
どうして木下桜は異常事態に見舞われなかったのかしら」
「あっ!?言われてみれば確かにそうだ・・・」
「どう考えてもおかしいわ。同じ環境にいたのに
どうして黒川香澄だけが異常になって木下桜だけが助かったのか。
藤崎さんの話で高校生だからこそ異常に見舞われたという可能性が出てきた矢先だったと言うのに。
これでは、高校生だから説も信憑性が薄くなってしまう」
「勿論、現段階では何一つ断言出来る事はない。言い換えれば藤崎先生がおっしゃっていた説も
まだ信憑性には乏しい。やれやれ、何もかもが不透明だ。何がどうなっているやら・・・」
渡辺は両手で顔中を拭い、深い溜息を付いた。
「現状では何一つ収穫が無いのと同じですからね」
輪島が呟くと、渡辺は「その通り」と言わんばかりに、再び溜息を洩らした。
「これから調べる点は、まず最初に事件当時被害者と同じ環境にいたと言う
木下桜に逢って話を聞くこと。もう一つは共通点です。被害者の高校生に何らかの共通点さえあれば
何か別のものが見えてくると思うんです」
「別のもの?」
渡辺は京子の力説に指摘を返した。
「はい。これは私の憶測ですが、犯人は高校生たちを異常事態に晒す事が目的ではないような気がするんです」
「ちょっと待ってくれ、どう言う事かね?」
輪島も渡辺も突拍子もない京子の発想に興味を持った。
「つまり精神異常にさせる事が目的ではないと言う事です」
「他に目的があるとでも言うのか?」
「ええ、勿論確証はありません。ですが、何か別の目的があるような気がしてなりません。
人を殺す事が目的であれば、何も精神異常というある意味での遠回りなやり方はしないと思うんです。
快楽的なものであれば自らが手を下しているでしょう。ですが、この事件は酷く遠回りなやり方です。
何か別の意味があるように思えるのですが・・・・」
「考えすぎじゃないですか?京子さんもご自分で言ってたじゃないですか
最近ではインターネットによる犯罪も増えていると。ネット犯罪自体が遠回りとも言えますし」
輪島が少々遠慮がちにそう返した。
「勿論、私の思い違いならそれに越した事はありません。私自身もそう願いたいくらいですから。
だけど、そうとは断言できない、何か異様なものを感じるんです」
京子の目は真剣そのものであった。とても中途半端な気持ちで考えているとは思えない。
それに京子のこれまでの経歴を合わせて考えると、刑事としての勘というものは持ち合わせているであろう。
エージェントと言う身分は違えど、物事に対する考え方や方向性
柔軟性を持ち合わせた思考能力には目を見張るものがある。
その京子がそう言っている以上、「勘違い」と言い切るには少々酷がある。
「よし、それじゃこうしよう。俺と京子君で木下桜を当たる。輪島は145人全員の通っていた学校のリストと
通学経路を調べて、実際にその経路を辿ってみてくれ。まだ見えていないだけで
明確な共通点を見過ごしているような気もする。それが何なのかさえ分かれば、また一歩前進だ」
渡辺はそう言い切ると、大きな伸びをした。
「早速調べてみます」
「頼むぞ」
輪島はデスクから145名の通っていた学校を調べるために地図を手に取り、そのまま署を後にした。
「俺たちも早速向かおう」
「はい」
そう言うと、渡辺は京子を引き連れ署を後にした・・・・。



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