第八章「ゲームオーバー」
渡辺と京子が署に戻ったのは時計の針が13時を示す頃であった。 藤崎の下から帰って来た2人に詳しい事情を聞いた輪島は、とりわけ進展がなかった事を悔やんだ。 藤崎の説明により、被害者の耳から入った不快な音、あるいは電磁波によって 神経に異常が見つかった事は、確かに新たな進展ではあったが それも科学的な面だけであって、犯人へと繋がる明確な証拠ではない。 もはや捜査は絶望的とされつつあった。 周囲を捜査している他の刑事たちからも、有力な情報は入っておらず 苛立ちばかりが募る。 輪島は資料室で見つけた「一家心中事件」を渡辺と京子に見せ、詳しい説明をした。 「確かに何か引っ掛かるな」 渡辺は静かに唸った。 「園田家の長男が行方不明というのが気になりますね。 警察に通報したのに、こちらは真剣に受け止めなかった。 それが原因で家族は死んでしまった。警察に悪意を抱いてもおかしくないです」 参考資料を見つめながら京子が続いた。 「長男の健一については、今現在も行方を追っていますが、有力な情報は入ってません。 警察の包囲網を潜り抜けるにしても整形などをして顔を変えてしまえば 分からないですからね。事件があったのが半年前ですから変装や整形などをして遠くに逃げている可能性もありますね」 「ああ、だが見逃すわけには行かない事件だな。なんだか嫌な空気を感じる」 渡辺は輪島を見ずに、参考資料を見ながら返事を返した。 時計の針は刻一刻と時を刻んでいる。 現在13時30分。犯人が提示した時刻まで残り1時間半しかない。 そうとは言え、もはや何をどう捜査したら良いのかさえ分からない状況だった。 「くそっ!どうする・・・・もう時間が無い!?」 渡辺はとうとう焦り始めた。 「警部、自分は一家心中の件について調べてみます。 事件を担当したのは港警察署なので、情報提供を呼びかけてみます」 「分かった。頼むぞ」 「はい」 そう言うと、輪島は急いで駐車場へ向かった。 「京子君、ちょっと手伝ってくれないか?」 「良いですが、どうしたんです?」 「俺の思い過ごしかも知れんが、被害者たちの部屋の様子を撮影した写真。 そして、その被害者たちが通っていた学校名と、その所在地。 どうにも引っ掛かるんだ。何か見落としがあるような気がしてならない」 そう言うと、輪島が調べてきた学校の所在地リスト、地図。 そして被害者の部屋を写した写真を取り出した。 ちょうど渡辺と京子が調べ始めた頃、捜査本部に乱れのような動きがあった。 犯人が予告してきた時間が迫っているにも関わらず、何一つ有力な手掛かりが入ってこない事実に 本庁も捜査本部も焦りの色を隠せない。 「警部、一体何が引っ掛かるんですか?」 「被害者が通っていた学校・・・・その所在地だが 何かで繋がっているような気がする・・・・何か思い当たらんか?」 「そう言われましても・・・・・」 京子は渡辺から受け取った地図と、学校名のリストを見比べた。渡辺は被害者たちの部屋の写真を調べている。 「何かがあるんだ・・・あまりにも普通過ぎて気付いていない何かがあるはずだ。 それにヤツが言っていた「暗闇には気をつけろ」と言う言葉・・・何だ、何が隠されてやがる!?」 渡辺は興奮しながら言った。 その間にも時間は過ぎていく。時刻は14時を回った。残り1時間を切った!? だがその時だった!? 「これは!?もしかしたら・・!?」 「どうしたのかね?」 突然、京子が声を荒げてそう言った。 渡辺は何事かと尋ねると、京子は何も言わず、紙に被害者の通っていた学校名 そして被害者が利用していた最寄の駅、更に学校の所在を書き出した。 「目黒高校・・・・港区東高校・・・・中野区中央高校・・・・やっぱり!?」 「どうした?」 「これを見てください」 京子は輪島が記した学校の所在地リストと、地図を広げて渡辺に見せた。 「被害者たちの学校名と所在地を、地図上ではなく文字や言葉にすると気が付きにくいのですが こうして地図を見ると、被害者たちの通っていた学校の共通点が分かるんです」 「共通点?見つかったのかね!共通点が!?」 「ええ。今まで私たちは被害者そのものに共通点があるのではないかと考えていましたが そうじゃなかったんです。共通点は通学路にあったんです!?」 「通学路?」 「そうです。見てください。145人の被害者たちは、通っている高校に向かうために 皆地下鉄を利用しているんです!?」 京子は地図上に記されている駅の名前、そして路線図。 更に被害者145名の通っている学校のリストを指差しながら説明を始めた。 「まず月島純太ですが、池袋の駅から東京メトロに乗って港区の東高校に通っている。 そして黒川香澄は同じく走る大江戸線で中野区中央高校に向かっています」 「バカな!まさか145名全員が地下鉄を・・・!?・・」 「そのまさかです。ピッタリ145名の通学路の中に地下鉄が含まれています」 ここに来て京子はとうとう被害者たちの共通点を発見した!? 145名の通っていた学校と、通学路を照らし合わせたところ 京子の指摘通り、全員が地下鉄を利用していた事が発覚した。 「ちょっと待てよ。と言う事は事件発生当時、黒川香澄の家にいた木下桜は・・・・」 「木下桜の通学路に地下鉄は存在しません」 「何てことだ・・・・・・・」 「偶然とは思えません。木下桜は地下鉄を利用していなかった。そして、大きな悩みを抱えていなかったから 同じ環境にいたにも関わらず助かったんではないでしょうか」 「そんなバカな!145人が地下鉄を利用していたからと言って 何故精神に異常をきたしたんだ・・・・。地下鉄に何かあるとでも言うのか。あっ!?」 「暗闇には気をつけろ」 渡辺の脳裏に犯人が残したヒントが浮かび上がった。 「待てよ待てよ!まさか犯人が言っていた「暗闇」ってのは、地下鉄の事か!?」 「可能性は高いと思います。私、捜査員を引き連れて地下鉄に行ってみます! 何か分かるかも知れません。警部はこの事を藤崎さんに。藤崎さんなら何か分かるかも知れません」 「分かった。もう時間が無い、頼むぞ!」 「はい!」 もはや渡辺も京子も必死であった。京子は数人の刑事を連れ、まず、水上所の付近にある地下鉄へと向かった。 時を同じくして、渡辺の携帯が鳴り響いた。輪島からであった。 「警部、意外な事が分かりましたよ!」 「どうした?」 「一家心中の件ですが、事件発生から1ヵ月後、東京都23区内で、園田健一らしい人物が 数回に渡って目撃されています」 「23区内でか!?」 「ええ。港署では園田健一がまだ23区内に身を潜めているのではないかと言う見方を強めてます。 警部、東京都23区って言えば・・・・」 「ああ、今回の事件が発生した地域だ」 「はい。やはり園田健一は何かありそうですね。どうしますか?」 「その件についてはまだ手を出すな。それより被害者たちの共通点が見つかったんだ」 「なんですって!?なんだったんですか?」 「実はな・・・・」 渡辺は輪島に京子との取りとりで発覚した地下鉄の件を話した。 「なるほど、さすがCIAエージェントですね」 「ああ、お前も地下鉄を当たってみてくれ。もう京子君が先に行っている」 「分かりました」 通話はそこで切れた。 京子の手によって導き出された「地下鉄」と言う有力な共通点。 だがしかし、それだけでは犯人は見当も付かない。 見つかったのはあくまで被害者たちの共通点であって 犯行方法や、明確な犯人像はまだ見えないのだ。 これでは動きようがない。 渡辺は早速藤崎の下に電話を入れ、事情を説明した。 「・・・・というわけなんです」 「なるほど、大体のことは分かりました。恐らく音ですね」 「音ですか、電磁波とかではなく、音であると」 「ええ。人間には聞くに耐えられない周波数の音があるんです」 「耐えられない音・・・・ですか」 「はい、人間がその音を一定の時間聞き続けていると 脳波に大きな乱れが生じて、狂ってしまう音があるんです。それが周波数40ヘルツの音、あるいは音声です」 「周波数40ヘルツ・・・・」 「人間誰でも不快な音というのが一定の周波数決っているんです。 例えば小鳥が鳴く音は、心に安らぎを与える周波数の音。 方やガラスを金属の爪で引っかく音は、不快を与える周波数の音と言った具合に その音を聞いただけで心が乱れる音が存在するんです」 確かにそうである。 赤ん坊の泣き声に腹を立て、虐待を繰り返す親と同じ原理で 人間には「耐えられない音。あるいは音声」と言うのが存在するのである。 打ち寄せる波の音を聞いていた人間が、その後車の激しいブレーキ音を聞いたことで 体中に緊張感が走ったと言う実験が実際に行われており それは科学的にも証明されている事である。 「周波数40ヘルツ音に最も近い音とされる音が2つ存在します。 1つはパイプオルガンの一番低い音。そしてもう1つが 地下鉄で電車がホームに入ってくるときの音なんです」 「ま、まさか!それは本当ですか!?」 「事実です。ホームと言っても、限りなくトンネルに近い場所。 つまり地下鉄の先頭車両、あるいは後部車両付近に限られますが この時の音は周波数40ヘルツに最も近い音とされ、医学的にも問題になっています」 「それと今回の事件とではどんな繋がりがあるんだろうか・・・」 渡辺は独り言のように呟いた。 「被害者が全員高校生だったと言う事実は、被害者が全員地下鉄を利用していたからと言う理由が付きます。 犯人は意図的に高校生だけを狙ったのではなく、あくまで重度の悩みを抱えており 尚且つ地下鉄を利用していた人間だけを狙った。 それを裏付ける事実として、木下桜が無事だったと言う謎も解けます。 悩みを抱えていて、地下鉄と言う周波数40ヘルツに最も近い音を聞いてしまったがために 精神に異常をきたした・・・・そう言えるのではないでしょうか?」 藤崎の読みは鋭いものがあった。言われたとおりの結果ではないか。 確かにそう考えれば、犯行声明文の中で「次は高校生だけとは限らない」と言う 犯人からのメッセージにも合点が行く。やはり無差別ではなかったのだ。 しかし、まだ大きな問題が残されている。 この事件は同日の同時刻に発生している。 地下鉄なんてそれこそ網目のように走っているのだ。 1時間に何本の電車が走っているのかさえ分からない。 同じ時間に145名もの人間を一斉に狂わす手段が、これだけとはとても考えられない。 つまり、まだ何か決定的な手段があると言う事である。 145名もの人間を、同じ日の同じ時刻に狂わすための、最後の「仕上げ」が確実に存在する。 それが分からない限り、犯人まで辿り着く事は出来ないであろう。 とは言え、もはや残された時間はまずである。 時刻は既に14時53分。京子が見出した共通点に辿り着くのがあまりに遅すぎた。 「残り7分・・・・クソッ!一体どうしたら良いんだ!?」 既に渡辺のいつもの冷静さは無かった。 渡辺は地図を見渡した。犯人の犯行予告がはったりとは到底思えない。 「何が!何があるというんだ!?」 渡辺が自分のデスクを叩いた瞬間・・・・・ 時計の針は約束の15時を示した・・・・。 「ゲームオーバー」 渡辺の脳裏に犯人があざ笑う声が響く・・・・。 しかし、どれだけ悔やんでももう遅かった。 10月12日、時刻は15時から16時に掛けて。 この日、東京都23区内で、精神に異常をきたした人々が再び続出。 都内の病院では、気の狂った患者が屋上から飛び降り自殺を図った。 死者4名。精神異常者は1度目の連鎖時を含め、述べ380人に達した・・・・・。 |